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#31【盛り場の決闘】

【踊り場の決闘】のつづきです

 トラン地方の南に位置する群島諸国。六つの島と七つの小島、無数の名も無き無人島の点在する、海の恵みを授かった国々である。
 陽気で気さくな人々の住むそこはいま、戦乱のまっただ中に置かれている。
 北のクールーク皇国が採った南進政策は、群島を一方的な支配下に治めるという許されざる強攻策であった。もとは群島諸国の持つ技術であった紋章砲を不正な手段で独占したあげく、見せしめのためだけに国境の有人島をひとつ生贄にしたのである。大国の名の下で行われた、神をも畏れぬ暴挙。狗も喰わない悪辣な手口に、正義と勇気の王リノ・エン・クルデスが屈従するはずもない。
 群島諸国はリノ王のもと、手に手を取って立ちあがった。
 騎士団、商人、海賊、王族、異人種、学者、一般人、子供―――難民の寄せ集めともいえる軍隊は、駆けこむ者を等しく受けいれた。むしろその雑多さこそが、群島をまとめる原動力になったのだと思う。
 表だった力のもとはたしかにオベル王の人柄と威光だが、それを陰で支えているもうひとつの大きな力があった。テッドがこの戦争に荷担する気になったのは、むしろそれが理由だった。
 そこまではいい。いや、よくはないが、百歩譲ってひとまず了承の範囲内。
 問題は、援軍を陰で支えているもうひとつの大きな力の持ち主が、天下無敵の天然野郎だった、その一点に尽きる。
「満を期して、テッド出陣です。一同、盛大なる拍手でお見送りを!」
 わけのわからない煽りかたをするな、バチアタリめ!
 ”テッドさん”がいつの間にか呼び捨てになり、口調もぞんざいになり、崖から飛び下りる覚悟で訴えた目安箱のアレもブリキ缶だの冷や水だので返しやがって(バレてないと思ったら大間違いだ)、果てには腐れたデバガメのような真似。そのうち絶対に毒入り饅頭であの世に葬送ってやる。
「テッド、ちゃんとエスコートしろよ?」
 どこのダレだが知らないが声援ありがとよ。不慮の事故でくたばっちまえ。
 お祭り好きの出歯亀どもに壮行されて、テッドはヨロヨロと船を下りた。左腕には本日のお相手がぶらさがっている。露出狂一歩手前の上着、まんま露出狂の下半身。目立つことこの上ない。
 途中でいたたまれなくなったらコートを貸してやればいいのだ。抵抗しても着せてやる。この任務を意地でも遂行するためだ。そうだ、これは軍主命令である。いわば任務である。決してデートなどではない。決闘に敗れたから相手をするはめになったとかではけしてけしてけして。
「なあにブンむくれてンのォ」
「悪い。こういう顔なんだ」
 ”何の因果で戦時下デート”と明確に刻まれている童顔をまじまじと眺め、腰布ヒラヒラ少女ミツバはニヤッと笑った。
 おもしろい。そのツラの皮、ひっペがしてやろうじゃないの。
 変わり者で引きこもりとみんなから敬遠されている少年。陥落す手応えはありそう。手懐けられるかどうかは微妙だけど、弱味のひとつも握ってしまえばこっちの勝ちよ。
 かくして、火花散るデートはミドルポートを惨劇の場、もとい舞台としてその火ぶたを切ったのだった。

 自慢するわけではないが、百五十年あまり生きてきて女性と二人っきりでデートするのはこれがはじめての体験である。人を金で買った女に連れ回されたのはデートの範疇にはいるまい。
 事の顛末ははなはだ不本意だが、テッドはそれなりに腹をくくっていた。こうなってしまったからには、もう割り切るしかない。女性としてどこか間違っていようが、守るべき立場はこっち。休日のひとときを楽しく過ごせるよう、気を遣うべきであろう。
 どんなに厚顔無恥な娘でも、夕方には脅迫したことを反省するにちがいない。
 言い換えればすなわち、年の功を思い知れ、ガキ。
 果たして手練手管に長じているのはどちらなのか。
 運命の女神(※男)はしばらくのあいだ遠めがねでカップルの様子を監視していたが、肩を叩かれてびっくりして振り返った。
「気になるよな~あ? ノエル」
「あは、ははは、リノ様こそ」
 王様はまじめくさった顔で「行くか」と訊ねた。
「行きます」
 ノエルはまるで親子のような顔で(※本編に伏線あり)即答した。
 デバガメ隊結成である。
 乗員チェックを任されているラクジー少年は大きな瞳をくりくりとさせて、「いってらっしゃいませ!」と叫んだ。供も連れずに二人でおでかけとは、めずらしい。きっと極秘の任務にちがいない。人の上に立つ者は、どんな困難が行く手を阻んでも冷静に切りひらいていかねばならぬのだ。ラクジーは憧れと尊敬のまなざしで、王様とリーダーを見送った。
 少年よ大志を抱け。澄んだその瞳を曇らすな。
 ミドルポートの街は相も変わらず活気づき、戦争の影など何処吹く風だ。この自治都市は戦火に巻きこまれる以前から華やかであった。盛んな交易が人々を開放的にしたのであろう。明るいだけでなくしたたかで、群島だけでなくクールークとも深くつながっている。
 領主が群島側を黙認したことでこの地における危険はなくなった。補給基地として、物資の集まるミドルポートは外すわけにはいかない。風は少しずつではあるが、群島に向けて吹いている。
 まあ小難しい説明はともかく。
「いた、いた。うわー、アイスクリームなんか買ってますよ。お約束ですねー」
「お嬢ちゃんはマロンアイス。ボクはイチゴと見た。意外にお子様嗜好だな」
「あっ、交換した。やだなあ、間接キ……ごほっ」
「あーあー、見てらんねー。まんまガキのデートじゃねえか。チクショウ、昔を思い出すなー」
 小麦粉のつまった袋に隠れて言いたい放題の怪しい二人組を、オベル国王と根性軍リーダーと見破る通行人のいるはずもなかった。
「へっくしょっ」
「ヤだ。風邪?」
「いや、なんか急に鼻がムズムズ……くしょっ!」
「……ビッキーちゃんに伝染つされた?」
 とまあ他愛もない会話をこなしたあと、ミツバはギルドなる店舗に行こうと提案した。
「ギルド?」
「ミドルポートの裏路地とかでね、せせこましく商売してるらしいよ。意外に繁盛してるって噂だから、いっぺんどんなもんか見てみようかなってね。ほら、食いブチなくなったあとの保険みたいなもんよ。金になるかどうかだけでもチェックチェック」
 なんというがめつさ。たくましさ。むしろ尊敬に値する。こうでなくてはこのご時世、満足に食ってはいかれまい。
 ジジくさく感心しているテッドをミツバは引っ張って、路地裏に連れこんだ。
「人通りのないほうに行きましたよ!」
「陽の高いうちからいきなりか!」
 脳味噌の膿んでいるデバガメ隊はひとまず放っておくとしよう。

「いらっしゃいませ」
 あからさまに貧乏くさい看板を下げた店のカウンターには、お下げの少女がひとりで座っていた。
「あんたがギルドの店番?」
「……すみません、私が店長です」
 お下げの少女は無粋なお客ににっこりと清純なほほえみを向けた。
 可憐だ。
 テッドはぽっと赤くなった。
 ミツバに気づかれたら半殺しである。
「お仕事をお探しですか?」
「んーとね、アタシたち、こういうとこはじめてなの。後学のためにちょっとシステムを説明してもらおうかと思ってね」
「ああ、そういうお客さまは大歓迎です。わたしもここはまだ仮のお店ですし、はじめたばかりでノウハウもわかっていませんから、逆に勉強になりますわ。ギルドはいわゆる派遣業のようなものでして、わたしはお仕事を依頼されるお客さまと、お仕事を探しているお客さまを仲介させていただいてます」
「具体的に、どんな仕事依頼があるの?」とミツバ。
「ハウスキーパーから店番、子守、犬の散歩、用心棒、海賊退治に至るまでそれはもうさまざまです。基本的に法に触れなければなんでもありです」
「資格や登録はいるの?」
「とくに必要ございませんが、経歴をかさねて高評価がつけば、さらに難度の高い、それによって格段の収入が期待できる仕事を受けることができるようになります」
「ふーん、ナルホドね」
 テッドは依頼物件の一覧表をつまらなそうにながめながら、なかの一項目を指さした。
「盛り場を荒らすチンピラを退治してください。ランクE。仲介料二百ポッチ。こんなん、得意中の得意なんじゃねーの? ものはためしでやってみるなら、二百ポッチくらいおごるぜ」
「テッド、あんた漢だね!」とミツバは立ちあがった。「いっちゃおういっちゃおう! チーム”タイマンズマグナム”、これドカンと承るわよ!」
「いやチームなんとかじゃなくて、やるのはあんた」
「きょう一日、なんでもいうことをきく……それが条件だったわよね?」
 にたり。
 テッドは渋柿を噛んだような顔をした。
「うーん、でも初心者の方がふたりで、だいじょうぶかしら。いちおう荒事ですし、もしお仕事中に怪我をされても補償はできかねるんですよ。危険のない物件もいっぱいございますし、まずはそちらから経験されては」
 ミツバがなにか言いたげな顔をしたその時、入り口が乱暴にあいて数名の男たちがぞろぞろと入ってきた。
「おい、ララクルちゃん! こいつら、さっきからこそこそ店をのぞいてたぜ。怪しいからとっつかまえてやった。こないだ営業妨害した連中の仲間じゃねえのか」
 ミツバの目玉が大きく見開き、テッドの頬がひくついた。
「や、やあ、テッド、ミツバちゃん、ぐうぜんだね」
 天地がひっくり返っても偶然なはずがあるものか。
 しかし役者はそろってしまった。これを因果と言わずなんと言おう。
 気まずそうなノエル。渡世術を駆使した開き直りの・エン・クルデス。右手暴発寸前のテッド。そして紅一点はといえば。
「いいところへ」
 にたりにたりにたり。
 彼女はもう報酬のことしか頭にないらしい。
「ミドルポートの治安を乱す悪者、いざ決闘よ!」
 タイマンズマグナムのリーダーにおさまる気まんまん。
 かくしてテッドの人生初のデートは、金目当ての大乱闘で幕を閉じたのであった。


初出 2006-11-26 再掲 2006-12-09