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#29【踊り場の決闘】

「ハッ!」
 横一列にならんだ射手たちの矢がいっせいに放たれる。
 的への到達を見る間もなく次の矢が。速い速い。圧巻。
 おのおの五本ずつの矢を撃ち終わるのにほんの十秒とかからなかった。見学者のあいだからため息と賞賛がもれた。
 だが、訓練所の教官であるラインホルトは渋い顔をした。武芸に秀でた彼には見えているのである。たしかにひとりひとりは期待した以上の能力を発揮している。だが、実戦で肝心なのは味方の弱点を補おうとする努力、いわゆるチーム力というやつである。弓チームにもっとも欠けているのがそれだ。
 向かって右よりロウハク。スピードも思い切りのよさもピカイチであるが、いかんせんやる気が足りないし飽きっぽい。フレデリカ。彼女が武器として弓を選んだのは正解だ。育てれば育てるほど天井知らずに腕をあげるだろう。しかしよくも悪くも女性。体力や、基礎となる運動能力はやはり男性よりも劣る。隣にいるフレアも同じだ。それに加えてお姫様ときた。前線に送りだしてもし怪我でもしたら、責任はだれがとるのだ。その隣、いちばん背も高くて男前でなにかと目立つアルドは、狩人の経験をもつだけのことはあり、安定した技術を誇る。だが彼の欠点は攻撃心のなさ。やさしいのは結構だが敵に情けをかけすぎる。いちばん左端にいる最年少のテッドは、潜在能力はひょっとしたら最高かもしれない。しかしこの少年ははなから論外。どういう育ち方をしたのやら、協調性というものが皆無に等しいからである。
「そろいもそろって問題児どもめ」とラインホルトはひとりごちた。
 耳ざとくそれを聞きつけた少女がにんまりと笑った。
「ラインホルトさん、あたしが訓練てつだってあげるゥ」
 ラインホルトは微動だにせず、眼だけで少女をちらりと見た。
 まずい、とその三白眼は人知れずうろたえた。
 ミツバはすっかりやる気まんまんで、制止する間もなく弓部隊に突撃してしまった。
「ハアイみなさんお疲れさん! 本日後半の訓練は、野外実習といくわよ。ああ、でも、うーん……人数がちょっと多すぎるかな。じゃあフレアさん、フレデリカさん、あなたたちは午後もラインホルトさんに見てもらいなさいね。ほかの人たちはお昼ゴハンを食べたら、デッキに集合!」
「野郎ばっかりじゃんかよ」とロウハクは伸びをした。
 カメムシが口に飛び込んだかのような顔をしたのはテッドである。
 訓練に参加させられるのは軍規定だからしかたないとしても、教官が腰布ヒラヒラの露出狂の小娘であってよいはずがない。こういう場合は拒否する権利を行使するにかぎる。
 昼メシすんだら自室で昼寝。決定。
「テッドくん、時間になったら迎えにいくからね」
 心やさしき弓使い青年をテッドが邪険にする理由はきっとこのあたりにあるのだろう。
 テッドはぶんむくれて、ものも言わずに訓練所を出て行ってしまった。
「無愛想なあの子、まずは減点十ね」とミツバは、百歳以上も大先輩のテッドにあかんべをした。「まずはあの子からだわ。超特訓よ」
 なにがどう超特訓なのかは知らないが、ミツバは豆電球がぺかっとともったような顔をして、小走りにテッドを追いかけた。いろいろと気まずい過去のあるラインホルトはとってもいやな予感がした。
「テェエッド、くん」
 語尾に音符をいくつもぶら下げて、ずんずんと歩いていく背中に声をかける。
 テッドは聞こえなかったのか聞こえないふりをしたのか(絶対後者だろう)、そのまま階段を上がりかけた。えれべーたには目もくれない。
「テッドくん、ちょっとハナシがあんだけど」
 ミツバは三段飛ばしで駆け上がって、テッドの鼻先をさえぎった。
「なんか用」
「そう! ご用よ。キミとはいつかお話してみたいなーって、思ってたの」
「悪いけど、その気はないから。じゃ」
「ストーーーップ!」
 ミツバはあろうことか背中から大剣を引き抜くと、百五十歳少年に向けたのだった。
「どーしてもいやっていうなら、決闘よ。一対一の勝負!」
「……はあ?」
 極論に文句を言うひまもなかった。座高ほどもあろうかという大剣がぶん回され、一瞬前までテッドのいた位置にどかんと振り下ろされた。
「逃げたわね! 必殺、狂牛砕きィ!」
「だれが狂牛だ! 冗談じゃねェ」
 逃げるが勝ち。そう判断して残りの階段を駆け上ろうとしたテッドの行く手を塞いだのは、騒ぎを聞きつけてなにごとかと見に来た野次馬ご一行様。
「わーっ、どけ!」
「ほほほ、追い詰めたわ」
 ミツバは一部で風紀問題となっている例の腰布をヒラめかせ、テッドに迫ってきた。
「この勝負、あった!」
 南無三。ソウルイーター。
 一瞬頭をよぎったが、そんなもん使ってどうすんのと脳内天使(白)に叱られるテッドくんであった。
 ミツバは満足げにギャラリーを見渡し、高らかに宣言した。
「ここにいる全員が現任者よ。決闘に負けた者は、なんでもいうことをきく。それがルールよね。テッドくん、覚悟はよろしくって?」
 そんな一方的な理屈を押しつけられて、ハイとうなずけるはずもない。反論しかけた口は、だが、群衆のなかに立っているとある人物に気がついて凍りついた。
 マズイ現任者が約一名在中。
 テッドは、この人だけには逆らえなかった。さらに追い打ちをかけるように。
「ははは、テッドさんの負けー」
 他人事だと思って、そいつ―――根性丸リーダー、ノエルはぱんぱんと手を叩いた。
「よっしゃあ!」とミツバはガッツポーズをした。「テッドくん、あたしとデエトして。場所は次の寄港地のミドルポート。一日中エスコートしてもらうからね。逃げたら、わかってるわよね?」
 微塵もわからんわい!
「わーい、カップル誕生だね、おめでとう」
 無邪気な軍主に、いますぐ怒濤の天罰が下ればいいのに、とテッドは思った。
「歳もつりあってるし、背の高さもいっしょくらいだし、顔もそんなに悪くないし、前々からツバつけてたのよね!」
 天下無敵のヒラヒラ少女はくるりと回って、鴨ゲットのVサインを高々とかましやがったのだった。

 本日の鴨 テッド(150) ―――時価


初出 2006-10-19 再掲 2006-11-11