果てが見えない。底が、見えない。
驚いた。なんて広く深いのだろう。
こどものころから憧れつづけた、これが、海。
あ、鼓動。
生きているみたいだ。
風に音があるのといっしょだ。海にも音がある。
草をざわざわと揺らせるごとく、水をざわざわと揺らせているのだ。
幼い手をくすぐった麦の穂。あのときのように、無邪気に触れてみたい。
でも波の音はまだ遠い。
足を踏み出してみようか。
抱かれてみようか。
けれど、足元には真っ暗闇がひろがっている。
その一歩を、躊躇する。
自嘲した。
それっぽっちの勇気すらない愚かな自分。
戻ることをせず、進むことをせず、虚ろに漂うだけの存在。
価値のない。
人は価値があるから生きるのではなく、生きることに価値があるのだと賢者は説く。
ならば価値あるものになるまであとどれだけ我慢しろと言うのだ?
もう疲れた。
意味なんてもう要らない。
すべて、手放したい。
皆の願いも、託されたものも、それから自分自身も。
ざわざわと揺れる波の底には意味など必要のない世界があるにちがいない。
熱も、光も、音もない世界があるにちがいない。
おそらくそのためにこそ海は広く深いのだ。
封印されるべきものを横たえるために。
嗤う。
行けるはずがないのに。
憧れて、憧れて、憧れて。
そんな身勝手な意志を海が抱擁するはずがないのに。
そして、こいつも。
右の手を手繰る。
許すはずがないのに。
波音だけが闇の中を寄せて、返す。
ざわざわと、その音色は月光の祝福を享受する。
ほとりで惑う小さな存在を嘲笑うかのよう。
虚ろな瞳を蔑むかのよう。
いつまでも戻ることをせず、進むことをせず。
世界が霧に彩られていく。
どうぞたすけてください。
神様は信じない。だから手をさしのべるものが悪魔でもかまわないんだ。
たすけてください。
もう行くところがない。
どっちへ行けばいいのかわからない。
海しか見えない。
もう、海しか見えない。
30のお題の20題めに、この「海」があるんですよね、イメージ的にここが第二章のはじまりであるような気がします。少し文章も雰囲気を変えて、幻想水滸伝4のオープニングイメージで書いてみました。暗すぎたかな?
2005-05-20