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IV様(副題:Noel)

 本日のノエルご一行様の最大の関心事は、パーティのひとりの普段にも増した異様な惨状だった。
 すでに彼はかなりヤケになっているみたいだった。無理もない。上陸後いきなり蠅のバケモノに背後から吸血されてぶっ倒れ、現れたむささび軍団に風船を大量に押しつけられ、上空はるか10メートルからモルド島温泉の天幕に突き落とされ、挙げ句の果てはフライングした味方の攻撃をお尻でキャッチする始末。無惨にも傷だらけでぜいぜいと喘いでいた。ほかのメンバーはなんの労もせずまったくの無傷なのに。
 さすがにそれ以上黙っているのも気が引けたのか、ユージンがおずおずと声をかけた。
「あの……ありがとうございます。おかげでたすかってます。でも無理しないでくださいね」
「ああ?」
 寝起きの貧血患者のような形相で睨まれて、ユージンはそそくさと退いた。
「よかったねえ、ユージン。ほた坊(注。ほたるの紋章持ちの意)の汚名返上じゃん。これからずっとテッドさんとチームを組めばい……ギャッ!」
「ああ、ごめんね」
 ノエルに思いっきりシッポを踏まれてチープーは悶絶した。
 余計な気遣いをされなくともテッドにはぜんぶ聞こえていた。すべては仕立屋フォルとリノ王の策略だ。ちくしょう、船に帰ったらあいつらただじゃ済まないからな。
 なにが「お前にぴったりだと思ってな」だ。ああ、確かに袖を通して驚いたよ。力が増幅されていくのがしっかりとわかった。通常比150パーセントという感じだった。紋章の発動も苦もなく行える。すごいと思った。
 仕立屋のヤツが茶を濁したのが気になったけど、リノがわざっとらしく牽制して似合う似合うと言い張るので、うっかり真に受けた自分がバカだった。
「その服ね、おそらくあなたならきっと着こなせると思うのですけれど……いかんせん素材がその、ナンですし、かといって普通の方には少々酷かと思われますし……ごにょごにょ」
 デクレッシェンド。グラデーション透明化。尻すぼみ。そんな感じ。
「ま、まあ細けえことはいいじゃないか! おれはな、こいつは絶対お前のためにこの世に生まれた服だと思ってるんだよ! 遠慮せず受け取っておけってははははは!」
 こっちはアバウト。大雑把。愉快犯。自分本位。うんこキング。
 死者のローブだぁ?
「人をなんだと思ってやがるんだー!」
 南国の大空にテッドの心の叫びがこだました。やがるんだー。るんだー。だー。
 その隙をついてまたもや吸血蠅ご来襲。当然やられたのはテッドひとりであった。
(それにしてもあの強烈なほたるの紋章すらも無毒化してしまうなんてすごすぎだよな!)
 ノエルは本気で感心した。ひとまず所詮は他人事だったから。

「あら、またお弁当には手をつけなかったの」
 お弁当箱の意表を突く重さにパムはがっかりしたようにため息をついた。弁解の余地もなく申し訳なさそうにアルドは蓋を開ける。
 白飯の上にイワシ(硬骨魚綱ニシン科マイワシ属マイワシ)の塩焼きが2匹。以上。
 箸すらつけていない。
 アルドはしょんぼりして謝った。「ごめんなさい」
「あら、なんでアルドさんが謝るの」パムはちょっぴりふてくされたように言った。横で皿を洗っていたパムの旦那ケヴィンが口を挟む。
「そうだそうだ。テッドくんも育ち盛りなんだからちゃんと食わないといけないと忠告しておけ。好き嫌いばかりじゃ背も伸びないとな」
「でも背のことは気にしているみたいだから、あんまり……」
「それにしてもあの子は食べなさすぎですよ。いくらお魚が好きでないからってほかに何もないときくらい我慢して食べなくちゃ、ねえあなた?」
「それに関しまして目安箱にこんな投書がはいってたんですけど」
 テーブルに肘をついて座っていたノエルが手紙を一枚ぺらりと振って見せた。「読むよ? ええと、『まんじゅう屋ならまんじゅうを売るようにノエルからも言ってくれ。テッド』」
「きーっ。文句があるなら直接言いに来ればいいのに」とパム。
 その時どたどたと賑やかな足音がして階上からウゲツが大きな箱を持って下りてきた。
「ひゃっほーっ。またまた大漁っスよ~。ケヴィンの旦那、ドンドン料理してやってくださいよ。イワシ(硬骨魚綱ニシン科マイワシ属マイワシ)が大漁!」
「またイワシ(硬骨魚綱ニシン科マイワシ属マイワシ)ですかい」ケヴィンは心持ち満腹そうにボソリとつぶやいた。
「今日は別の魚もあるっスよ! トビウオ(硬骨魚綱トビウオ科ハマトビウオ属オオメナツトビ)がこんなにたくさん! こいつは天日に干してダシをとると最高っス! それからサバ(硬骨魚綱サバ科サバ属ゴマサバ)がいま入れ食いでシラミネの兄貴が奮闘中ですわ。じきに第二弾で搬入……」
「もういい、もういい」
 ケヴィンはウゲツを黙らせるとトロ箱を受け取り、ヤケクソ気味で包丁を研ぎ始めた。
 厨房業務を一手に引き受けているフンギがハシカでひっくり返り、軍の空きっ腹担当の重責はケヴィンとパムのまんじゅう屋夫婦にのし掛かった。悪いことは重なるもので、まんじゅうに必要な小麦が北方から入荷しない。クールーク軍の買い占めにあったと言うのがもっぱらの噂だが、暇な誰かが流したデマかもしれなかった。おまけにここのところの異常気象で穀物や野菜の値が高騰し、軍の経済的事情が深刻になるのと比例して倉庫の食糧備蓄が寂しくなっていった。たくさんあるのは……
「ネコじゃあるまいしサカナばっか食えっかよっ!」
 はい、自室で枕に八つ当たりしているテッドさん、落ち着いて。
 ノエルは思案した。一応リーダーとして。戦略も大事だけれどそれ以前の問題はもっと重要だ。ここ数日何故かテッドの生傷が絶えないのも気にかかったし、一緒に戦闘していて非常に便利(ノエル的勝手事情)なテッドには精をつけてもらわなくてはならなかった。
(だいたい魚が嫌いだなんて海の上で生活させてもらってる人間として間違ってるよな)
 食べられるものなら魚の内蔵でも食べてきたノエルには理解の外であった。なんとかしてテッドにまともな食事をさせる(すなわち魚を食べさせる)方法を考えなくては。方法。ほうほ……
「あっ、そうか」
 ノエルはぱあっと表情を明るくしてケヴィンに言った。「素材一辺倒では駄目なんだよ、ケヴィン。ケヴィンの料理は塩焼きとか味噌煮とか、魚が好きな人のために素の味を大切にする方法だろ。けど苦手な人にはきっと違うんだよ」
「料理人にとって素材は命ですぜ、ノエルさん」
 反論しかけるケヴィンにノエルはちっちっと指を振った。「人の心がわかってないようだねケヴィン。信念は大事だと思うよ。でも料理はおいしく食べてもらうのが一番幸せなんじゃないの? いいことを思いついたんだ。軍にはこんなにたくさん人がいるんだし、中には意外な庖丁人がいるかもしれないよ?」
 珍しく饒舌なリーダーの熱弁に場の人々はびっくりした。アルドはぽかんと口を開いている。
「料理イベントだよ! こうしちゃいられない早速作戦室に行かなくちゃ。ちょうど戦局もヒマになったしな!」
 ノエルは楽しげにスキップをしながら去っていった。残された人々のあいだに嵐の予感が漂った。

 誰がほだされて用意したのやら。「第一回ノエル杯愛のエプロン」と書かれた垂れ幕を見ながらテッドは本気でこの軍から逃げようと思った。
「見張り担当と操船担当以外は問答無用で全員参加。拒否した者は三日メシ抜きの上甲板掃除」
 壁新聞がセンセーショナルに報道したのは今朝早く。
 すかさずアミダで決められたという組割りと対戦表が張り出され、その前は黒山の人だかりとなっていた。
 おれは関係ないと脳内で叫びつつ、この先三日の断食を無意識に秤にかける自分が情けなかった。
「テッドくん! 頑張ろうね!!」
 誰かアミダに細工したな。テッドは目をきらきらさせているアルドを睨みつけた。
 しかもノエルまで同じチームに組み込まれている。ノエル杯ならおとなしく審査員にまわりやがれ。ひょっとして、陰謀か?
 施設街に設けられた特設会場には幾多のキッチンが用意され(どこから出したんだ)、審査員席には薔薇の飾られた白テーブル。そこではリノ王と軍師エレノアが優雅にレモンティーを楽しんでいた。
(バカだ。この船のヤツら全員バカだ)
 テッドは意識が遠のくのを感じた。平気なふりをして現実はカルシウム不足だった。

 異様に熱狂したお祭りは終わり、みなそれぞれの持ち場に散り始めた。たまにはこういうイベントもよいじゃないか、とノエルは成功裏に終了した自らの企てを心で褒めた。
 ノエルの眼は賞状を持って憮然と去っていくテッドの後ろ姿を追っていた。その口元は押さえようとしてもにじみ出てくる笑いを堪えている。まさかとは思ったが、それはノエルにとって最高の結末であった。
 何のことはない。軍一番の料理人というのはテッドその人だったから。
 明日から皆のテッドを見る態度が変わるだろう。人嫌いの大料理人。ノエルはまたも我慢できず吹き出す。
 エマやリキエといった優勝候補を差し置いて、あのエレノアの口から「美味しいね」という言葉を引きずり出した唯一の。
「テッドくんて意外な才能があるんだね!」
 大量のサバ(硬骨魚綱サバ科サバ属ゴマサバ)のアラを掃除しながらアルドは嬉しくてたまらないといった感じで飛び跳ねた。ノエルもうきうきとした口調で言った。
「うん。これで決まりだ」
「なにが?」
 アルドの問いにノエルは確信犯の表情で答える。
「フンギが復活するまでの臨時厨房担当だよ。みんなも旨い魚料理を食べたいだろ?」
 リーダーは常にリーダーらしく、本日も確実に業務を遂行するのだった。


ノエル変人。テッド特エプ。
執筆BGMは珍しくB’zだぜ! ノリノリでゴーだぜい!!(意味不明)
参考文献:「新さかな大図鑑」(釣りサンデー刊)
ラプソディア発売後の蛇足あとがき:夕飯のおかずのカニ捕獲に真の紋章発動したり、ハンマー少女リタを巻き込んで諸刃の剣喰らわしたり、苦手属性地面に特攻して自滅したり、公式でもやっぱりノエル最強の変人。

2005-03-17