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親友なかなおり大作戦

49999キリ番ゲットされたアールさんにご献上。とあるお話から続いています。
バク転なくてごめんなさい(笑)

親友なかなおり大作戦

 オベルを出航して七日。
 根性丸は今日も大海原をたゆたっていた。
 戦争のゆくえは今回のお話には関係ないので、あまり深く考えないでよろしい。

 みごとな焦げっぷりの古代ガニをぶらさげて帰艦したあの厄日以来、テッドは好奇に充ち満ちた視線の集中砲火にさらされるようになっていた。
 ルネとかいうお宝マニアが震源地であることは火を見るよりも明らかだ。あの娘があることないこと処かまわず言いふらしてまわっているにちがいない。
 待ち伏せしてひっつかまえて「お口にチャック」と牽制しようとしたが、いやな予感がして手を引っこめた。
 気をつけないとノアちゃんだかリタちゃんだか知らないが火に油をそそぐ係が張っている。お宝娘に接触をはかったらスキャンダルまちがいなし。火の粉がふりかかるどころの騒ぎでおさまるわけがない。
 冗談は趣味とナマ脚だけにしてほしい。船でも一心不乱に穴だけ掘っていてくれればいいのに(ただし浸水しない程度に)。
 ともかくこのたびは迂闊だった。他人に関わるとろくなことがないという教訓を再認識させてもらった。テッドは脳内の反省ノートに忘れないように赤い字で書きとめた。今後は同情禁物、手助け厳禁、なにがあっても無関心をつらぬくべし。とくに若い娘は要注意。
 借りを返すべくは罰の紋章の持ち主であり、船上のネズミどもではない。ゆめゆめ、混同するべからず。
 自戒する百五十歳少年をあざわらうかのように、本日も群島はお日柄よく、暇を持て余した船内はテッドの話題でもちきりだった。
 解説しよう。根性丸を旗艦とするオベル連合艦隊においては、古代ガニを振る舞った者は英雄とみなされるのである。軍の最高責任者であるノエル少年が偏執狂レベルのカニ好きであることからいつのまにやらそういう風潮になったのであるが、新参者のテッドはそのことを知るよしもない。
 古代ガニは甲板をヨコバイしているカニどもとは基本的に別の生き物と考えてよいだろう。少なくとも普通のカニは見あげるほど大きくはないし、口から焔を吐いたりもしない。
 身はまさしく上質なカニの味で食べ応えもある。だがこのカニを潮干狩りの対象にできるのは気の違った群島人だけだ。その棲息地からして危険きわまりない古代ガニを高級食材と位置づける輩(やから)の思考回路は、棺桶が増幅装置になっていてもおかしくはない。
 見るからに凶悪なこのカニ、節足動物甲殻亜門属性の正真正銘「危険度スペシャルクラス」なモンスターなのであるから、素手でそんな獲物を捕獲してきた(ルネに言わせれば、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの華麗な舞いでひれ伏させた)テッドに向けられる賞賛は容易に想像がつくと思う。
 そう。窮地に陥ってソウルイーターを最大出力で叩きこんだはいいものの、もったいないからと死体を引きずって帰ったのがまちがいのもとだったのだ。獲ったら食う、食わぬなら獲らぬという祖父の厳しい躾がこんなところにも暗い影を落とした。聞くも涙の切ない話ではないか。
 さて、カニに関する考察はひとまずここまでにして、矛先をテッド少年に戻そうと思う。
 彼は現在、カニを上回る窮地に陥っている最中であった。
 前門の虎、後門の狼、東門の豹、西門の山猫。
 これを称して四面楚歌という。
 少し離れたところでアのつく馬が心配そうにうろうろしているのが見えた。
 逃れたいが、カニのときのようにソウルイーターを使うわけにはいかない。訓練所では脅し程度に発動してみせることもあるが、こんな状況で生身の人間相手に紋章を持ちだすのは大人げないような気がする。人を集団リンチさながらに取り囲むやりかたが大人のすることかどうかはともかく。
「あー、だからさ。そう怖い顔でにらまないでちょんだいよ。おれたちゃべつに、ボクをどうこうしようってわけじゃないんだからさ、な?」
 ボクで少しカチンときた。たしかに見かけは虎のほうが五つは上の感じだが、こんな寝ぼけたツラの若造にボク呼ばわりされるいわれはない。
「怒らせて、どーすんの。バーカ」
 額に逆三角の印がある山猫が呆れたように腕組みした。ぱっと見華奢な感じの女の子だが、ボディビルダーのような筋骨隆々とした二の腕にドキリとする。アクセサリーよろしく腕にいくつも装着しているのも実はウエイトパワーベルト。下手をしたら虎よりも危険な存在かもしれない。
 背後から妙に落ち着いた声がした。狼だ。
「きみがこういうことを好まないのは知っています。話だけでも聞いてくださったら、それでいいのですが……」
 彼がひとりで来たらあんがい耳を傾ける気になったかもしれない。まことに残念だが、却下である。
 他人には関わらないと誓ったばかり。観客がざわつきはじめるよりも先にきっぱりと拒否の意志を伝えるにかぎる。断る、と言いかけたとき横から豹が割ってはいった。
「フルーツパフェ、好きですか? わたし、おごりますよ」
 タイミングをことごとく狂わすエルフの魔力に出鼻を挫かれてしまったテッドは、けほんとひとつ咳払いをして動揺をごまかした。
「よし、みんなでパフェだ。食うぞ!」
「だれがタルのぶんまで出すといいました? 自分で支払ってください」
「あたし、あんみつにしよー!」
「いまの時間ならコック長も忙しくないだろうから、いいかもしれないな」
 中心人物を差し置いて勝手になごみモード突入の気配。まるで別世界で事が進行しているかのようだ。テッドはいらだつのもすっかり忘れて、ぽかんと大きな口をあけた。
 いつもだったら、おれに構うな、の決めぜりふが炸裂していた時分だ。
 一匹狼をよそおうには経験値がまだ足りず、問答無用の四対一に応用が利かなかったとみえる。
 だが、テッドの敗北に疑いの余地はない。事実、完敗であった。その三十分後、スペシャルサービスのフンギ特製バナナパフェを鼻っつらに置いて、テッドはもごもごとクリームを口に押しこめていた。
 甘いものはふだんあまり食べ慣れないせいか、おいしいのかおいしくないのかよくわからない。しかし次にいつこういうものにありつけるかわからないので、完食してしまうのが悲しいサガである。虎改めタルはすっかりよろこんで、テッドのぶんまでおかわりを注文してくれた。
 さすがに二つ目は手をつけようという気がおこらない。遠慮しているうちに横から四つのスプーンが伸び、テッドのバナナパフェは確実に消化されていった。
 まるでツバメの兄弟である。こういうノリをなんと言うのだろう? テッドには縁遠い世界であった。理解不可能とはいわない。こういう関係もたしかに世の中には存在する。
 醒めた目で観察している自分に気づき、テッドは口の端をわずかにゆがめた。輪の中にいるようでいて、いつだってひとり取り残されている。自分がそうしたいのだから、結果として自然そうなる。まわりを恨むわけではない。しかたがないのだ。
 以前は自分自身を傷つけることでかろうじてバランスをたもってきたが、いまはもうそんな真似をしなくてもだいじょうぶ。
 いまさら寂しくもない。こうなってしまった原因に文句をつけるつもりもない。
 ただ、疲れる。そしてわけもなく悲しくなる。
 老いたということだろうか。人並みにガタがきているのか。疲労を訴える頻度があきらかに激増した。あまり歓迎もしたくない兆候だ。
 甘味をついばむ若者たちが、圧倒的に遠い存在に思えてしかたがない。見たくもない芝居をむりやり見させられているようなもので、ともに居ても時間の無駄に思える。
「話とやらがあるんだったら、さっさと済ませてくれ」
 離脱を望んで、テッドはできるだけぶっきらぼうにぼそりと言った。
 そのセリフに弾かれたように、四人が四人ともそろってピクンと動いた。
 だれが最初に切り出すか、目と目で押しつけあっていたにちがいない。わかりやすい人たちだ。
 テッドは目を伏せていたが、背後で小突きあう気配がはっきりと伝わってきた。
 そんなに言い出しにくいのなら、最初からこんな拉致まがいのことをしなければよいのに。
 ようやく代表選考が終わったようで、ためらいがちに声がした。ケネスとかいう、男の冷静沈着なほうである。もうひとりのほうでなくてよかったと、テッドは少しだけ安堵した。
「じつは、テッドくんを信頼して、ひとつたのみが、あるんだ」
「だから、なに」
「スノウ・フィンガーフート……知ってる?」
 テッドはあからさまに不機嫌な顔をした。
 知っているもなにも、これほど有名な人物はこの船におるまい。敵対する勢力から寝返った仲間は複数いるが、彼はその中でも異例の存在である。首を刎ねられても文句は言えなかった。それなのに、軍主ノエル自身が助命嘆願したのだ。
 正直、テッドも不快に思った。この青年が我が身かわいさのために行ったことが、群島を揺るがせたのだ。ノエルはその最たる被害者ではなかったのか。なのに、なぜ、生かしておこうというのか。
「親友……だった、んだよ」
 過去形でケネスはつぶやいた。痛々しいほどに、苦しみに耐えようとする声だった。
 噂は聞いている。スノウはノエルと主従関係にあったということ。一方はガイエン公国領ラズリルを治める領主の嫡男、もう一方は身寄りもなく、フィンガーフート伯に小間使いとして育てられた。幼いころから光と影のような存在として生きた二人。そのあいだに恨み諍いがなく、道をたがえてなお親友と呼べる絆があるというのか。
 ノエルはスノウに復讐するために、ぶざまに生かしておく道を選んだのだろうとだれもが思った。事実、いまは完全に立場が逆転している。ノエルは軍主、スノウは一戦闘員。いい気味だ、とノエルの英断を賞賛する者もなかにはいた。
 テッドはノエルの胸の内をはかりかねた。感情をあまりおもてにださないノエルだけれど、そのなかでもスノウに対する想いはどこをどうさぐっても見えてこない。
 もし人の噂することがほんとうなら、ノエルに対する評価を少し変えなくてはならない。スノウ・フィンガーフートに味方するわけではないけれど、そのような陰湿な手口はノエルらしくない。
 テッドもノエルに対して特別な感情を抱いていた。ともに真の紋章を宿す者として、通じるものがたしかにあったのだ。
 互いの苦しみや過去について語ったことはなくとも、自分たちは支えあっている―――そんな願望が、テッドに錯覚させたのかもしれない。ノエルは友だと。おれのことも、わかってくれるのだと。
 どす黒い不安は、スノウ・フィンガーフートが連れてきた。青年をともに戦う仲間のひとりと紹介されたときから、テッドはノエルのことがわからなくなった。
「おれに、なにをしろって」
 喉がからからに渇く。いやな感じがした。
 決定打はケネスではなく、そのとなりのボンクラが口にした。
「だから、あのふたりが仲直りするのに一役買ってくれねーかっつーの!」
「……はあ?」
 テッドは自分でもうろたえるくらい頓狂な声をあげた。
「なんで、おれが」
 当然の疑問である。それくらいは訊ねてもバチは当たるまい。
「だって、テッドさん」とポーラ。「ノエルに信頼されているじゃないですか。チームを組むときだっていつもいっしょだわ。わたしたち、ずっとノエルといっしょにやってきたから、わかるんですよ。ノエルがほんとうに信頼しているのはテッドさんだってこと」
「こないだのカニ食ってから、ノエルのやつ、テッドの自慢ばっかりするんだもんな!」とタルもVサインをした。
「いや、それはただ単にカニがうれしかっただけじゃ……」
「あたし、聞いちゃったのよね」とジュエルが意味深なしぐさでさえぎった。「スノウってば、ぼそっと言うのよ。”ノエルにも心からわかりあえる親友ができたんだ、よかったね”って。ああ、あの寂しそうな顔といったら! どんなにあたし、”スノウだって親友じゃないの”って叫びたかったことか……」
「ちょっと待てよ!」
 テッドにしてはめずらしく声を荒げたので、食堂にいた全員がなにごとかと振り返った(とくに馬の狼狽ぶりは見ものであった)。
「だ、か、ら、なんで! おれが! ノエルとそういうことになんのよ!」 「ぼくが、なんだって?」
 ふいに聞き慣れた声が背後でして、テッドはぎくりと硬直した。
 話題の人物は海の色の瞳をぱちくりして、それから三度うなずいた。
「楽しそうだね、テッド。みんなと仲良くなったんだ。よかった」
「いや、これは、その、あの」
 しどろもどろで周囲を見回すと、アのつく馬を含むたくさんの目がすでにこちらを向いていた。
 しまった。エキサイトしすぎた。
 さらに悪いことに、元凶となった連中どもがてんで勝手な弁解をおっぱじめる始末。
「あー、あはは、こないだのチョーでっけえカニさ、また食いたいって思うだろ? へへへ、じつはよ、もいっぺん獲ってきてくれるようにまさに今頼んでたとこなんだよ。こんどは例の無人島のあの、いいエサ食ってコロコロ肥えてるスペシャルなヤツをドーンとな。テッドもやるっていってるし、な、なっ?」
 言ってねえし! そんなに食いたかったらテメェが泳いで獲ってきやがれ、タル男!
「バナナパフェもわけっこしたんですよ。また食べましょうね、テッドさん?」
「テッドってけっこうおもしろいじゃん。あたし、こんどチーム組ませてもらっちゃおっかな。協力攻撃とかあみだしちゃったりして。キャッ、いいかも!」
 寡黙なケネスが無言でこくこくとうなずくのを、テッドは血走った眼でにらみつけた。
 その視線の先に、かの青年が控えめに通りすぎるのが見えた。
「スノウ」
「あっ、ノエル、よかった、ここにいたんだ。さがしてたんだ」
 予期せぬオールキャスト勢揃いに、元騎士団候補生たち(+1)に緊張が走った。
 スノウは白いひらひらのついたセンスのない服を身につけていたが、女の子のようにノエルの目の前でくるりと一回転してみせた。
「ど、どう?」
「うーん」とノエルはうなった。「いつもの服のほうが、いいかもしれない」
「えっ!」
 ………。
 えっと言いたいのは、こちらのほうだった。
(ぜんぜん心配ないんじゃねえの、こいつら)
 テッドの脳裏を横切ったそれを、連中がどうとらえたかはさだかではない。
 目下の懸念は、クールからかけ離れたテッドの評価をどう修復するかの一点に尽きると思われた。

エピローグ

 アのつく馬は一部始終を見ていた。


2007-01-26