オベルの地に第一級御宝処あり。
交通至便、王宮隣接徒歩五分。
入場無料、見学自由。
ただしモンスター出没情報あり。よって探索は自己責任でお願いします。
「テッドさん! 行きません?」
誰だっけ、とテッドは思った。
丸フチ眼鏡に見覚えがある。ぱさついた金髪の女の子。ドン深のポケットがむやみやたらに張りついた、歩くツールバッグみたいなその特異な格好。
記憶を手繰ると見覚えがあるという程度ではなく、かなり頻繁に顔をあわせる間柄だということをテッドは思いだした。
「テッドさんてばあ!」
テッドは我に返って、「はあ?」と言った。その声には動揺らしきものが多少含まれていて、そのぶんだけ裏返った。
……逆ナンパ?
潮風は爽やか。カモメの声は空高く。解放されたオベルの街は活気があって、久しぶりの自由時間に沸きたった総員こぞって外出中。
お船で昼寝の残留派に交じってみなさまご存じ例の百五十歳。
上部甲板右舷にあるお気にいりの場所で暇潰しのところを狙われた。
(相手、選べよな……)
テッドは嘆息した。
群島にたゆたうのんびりとした時間にあわせて、彼女の正体を怠惰気味に掘り起こす。いつも図書室に入り浸っている小娘だ。大机にボロっちい紙切れをひろげて、虫眼鏡と辞書をひっつかみながらなにかブツブツ言っている。
図書室籠城組の一員であるテッドも御挨拶無用主義であったが、彼女も自分のことでめいっぱいのクチらしく、ただの一度も言葉を交わしたことはなかった。
だから実際のところ、名前も知らない。
だがあちらさんは自分の名前を知っている。
微妙に気まずい。女の子だからというわけじゃないが、よくよく見るとちょっぴりかわいかったりして。
彼女は不敵に笑って図星をさしてきた。
「ウフフ。あたしが誰だっけ、って思ってる顔ですね。はじめまして、ってゆうのヘンだけど、今後ともよろしく! ルネっていいます。何度か前線でご一緒しましたよね」
あ。
わかった。今度こそ完璧にわかった。人が生死をかけて闘っている背後で目を爛々と輝かせながら素手で穴を掘りまくっているヘンなガキ!
「思い出してくれました?」
人の心が読めるのかと一瞬焦るほどの鮮やかさであった。
ルネはきゃぴきゃぴと笑いながらテッドの座っている木箱の隣に自分も腰掛けた。健康そうな素足の両膝に泥んこがついている。
「ねえ、オベル遺跡。あたしといっしょに行ってもらえませんか?」
テッドは喉からから生唾ごっくん動悸ばくばく指先ふるふるを必死に隠して、渋面をこしらえた。
「なんで、おれがあんたにつきあわなくちゃいけないんだ」
「だってえ」とルネはよじよじした。頼むから動かないでくれ。目のやり場に困るっての。
「遺跡には怖いモンスターがいるんですよ? 誰か腕に自信のある方に援護をお願いするつもりだったんだけど、地図を解読するのに時間がかかって、気がついたらみんなどこかに行っちゃったあとだったの。すっごいチャンスだから、逃したくないじゃないですか! で、ウロウロ探してたらテッドさんがいたの」
左様ですか。
そういう経緯でしたら。
「お断りだ」
テッドはごく簡潔に突き放した。理由は単純。他人と関わりあいになりたくない。以上。
ルネはぷーっとふくれて拗ねた。
「へー。テッドさんって、いやーなくらい噂どおりの人なんですね。人のことなんてぜんぜん関係ないよって感じ? いいです。あたし、ひとりで行って掘ってきます。こんなに重要なときなのに、事前の準備ができていなかったあたしが甘かったの。お宝のためなら死んでも本望です。じゃあ、テッドさんさよなら。あたしのことは忘れてくださって結構よ。ではごきげんよう」
「ちょ、ちょっと、おい!」
踵を返してすたすたと去っていくルネをテッドは大あわてで制止した。
オベル遺跡に穴を掘るだけしかスキルのない女の子がひとりで乗りこむだって?
無謀にもほどがある。遺跡には何度か足を踏みいれたけれど、百戦錬磨の一軍でさえ苦戦するほどのヤバいモンスターが棲息しているんだぞ。
「チッ」
テッドは舌を鳴らして大声をあげた。
「わかった、わかったってば! ついてってやりゃー気が済むんだろ!」
ルネはきらりと振り返って、天使のほほえみを浮かべた。
前言撤回。悪魔のほほえみを浮かべくさった。
「やっぱりノアちゃんの言ってたとおり。テッドさん、とっても生真面目でやさしい方なんですね。ちょっぴり不器用なだけですよね。くすっ」
ボワン。
少年(過ちである。正しく言い直そう。老人)の頬が茹でたての蟹もかくやと紅潮した。言わずもがな、これは特筆すべきひじょうに珍しい現象である。真の紋章持ちを陥落させるとは恐るべし天然少女ルネ!
「デートですか?」
昇降階段で野良猫を構っていたラクジーが、邪気のひとかけらもない笑顔でふたりを見送った。責めるまい。
遺跡の入口で注意を喚起する係の兵士が、ちびっこい少年少女ペアに目を丸くした。
「きみたち、ここは安易にデートするような場所じゃないよ。わかってんの?」
度重なる悪意のない方々の暴言にテッドはいまにもキレそうだったが、かたやルネは最高に生き生きとした表情で訴えた。
「おじさん、このあたしを知らないわけ? 職務怠慢ね! いい? あたしはオベル王様おかかえのスペシャルトレージャーハンターよ。この遺跡にとんでもない宝が隠されていることをつきとめたから、王の命により探査にきたの。彼はこう見えても群島一の弓使いよ。なんならあなたのそのなまくらな剣とどっちが強いか、試してみましょうか」
異議を唱えるヒマすらない。
兵士はあきれかえった顔で、「危ないと思う前に引き返してきなさいよ」と門を通してくれた。
「いざ、おたから、ゲーッチュ!」
腕をぶんぶんと振りまわしてうきうきと突き進むルネ。
その後ろからすでに疲労の色をまんまんとたたえたテッド。
陽の光が届かない場所まで来ると、ルネはポケットからL字型に曲げられた金属棒のようなものをふたつ取りだした。右手と左手に一本ずつ持つ。
「なに、それ」
「ダウジング・ロッドよ」とルネは解説した。「あたしの潜在意識とおたからの発する微弱な磁気を引きつける仲立ちをしてくれるありがたいアイテムなの。口で言っても理解できないでしょうからまあ見てなさいって」
ルネはふらふらと歩き出した。なんとなく危なっかしい。右も左もあまり見ていないような気がする。
ぽかんとするテッドの目前で、ロッドの先端がぴくぴくと揺れはじめた。
「あっ!」
ルネは期待に顔をほころばせると、眼鏡の奥をさらに寄り目にしてユラユラと幽霊のように移動した。もう完璧に周囲を見ていない。こちらにスーッと近づいてきたかと思うと、テッドに再接近して止まった。
ロッドの先端どうしが磁石のようにくっついた。
「ここよ!」
「わわわわわっ!」
「おどき!」
ルネはテッドを突き飛ばすと、猛然とその地面を素手で掘りくりかえしはじめた。まるでモグラである。かける言葉すら、見あたらない。
五分も掘っただろうか。
泥だらけの手がなにかに触れて、ぴたりと止まった。
「ありました!」
至福の表情。歓喜の悦楽。本日は晴天なり。
「ファーストおたから、ゲーッチュ!」
たかだかとあげられた手に握られたものは、永き眠りからさめたばかりの金鉱石。
感心してよいものやら呆れるべきなのやら。テッドは虚ろでなげやりな拍手を献上した。
「さあ、この調子でどんどんいくわよ。レッツゴー!」
「……どんどん?」
ルネがふたたびダウジング・ロッドを持って”どんどん”行こうとした先にやはりというか、当然というか、蠢く危険な生命体。テッドは自分の使命と閉ざされた明日に暗澹となりつつ、弓矢を数本矢筒から引き抜いた。
「あっ!」
古代の神より贈られたひと筋の磁力を脳運動神経細胞に感じとった快感の叫び。
「わーっ! そっち行くなーッ!」
テッド、ひとり乱れ撃ち攻撃炸裂!
いわく火事場の馬鹿力ともいう。
テッドにとっては一時的に同居人状態だったため、慣れ親しんだ感のあるアンデッドのスケルトンが三体もんどりうった。揃って床に溶けるように撃沈。
安全を確認しようともせずルネはとことこ走っていった。と、なんの前触れもなく、バナナの皮を踏んだかのようにこけた。
なにやってんだ。
テッドはしかめつらをすると、弓矢の回収に向かった。ひとりで持てる数は限られているうえにルネがどこまで奥に行くつもりかわからないので、多少貧乏くさい行動でも本数を確保しておくことは重要に思えた。
ルネは起きあがるかと思いきや、うつぶせになったそこの地面を掘りはじめた。が、なにも発見できなかったようでがっくりを頭を落とした。
「あーあ」
こっちのほうが、あーあと言いたい。
「あっ!」
弾かれたように跳ね起きる。お約束どおりその行く手にはモンスター。ただしルネにとってはアウトオブ眼中の、立場のないモンスター。
テッドはもうやけくそであった。圧倒的に数の多いモンスターたちにありったけの弓矢をじゃんじゃん射た。こういうときに限って遭遇率も平常比数割増しだった。ルネの発する怪電波がモンスターを喚んでいるのじゃないかとテッドは疑った。
ルネ、脇目もふらずに掘りまくる!
「せめて矢の回収くらい手伝ってくれ~~~っ!」
テッドの悲鳴にルネはふと振り向くと、にっこり笑った。「はい! 一蓮托生ですね!」
だから、それはいやだってば娘さん。
肩で荒い呼吸をしながらテッドは襲いくるモンスターを次々と退治した。ルネはちょこまかと無謀な移動を繰り広げ、「あっ!」と「あーあ」と「ありました!」をかわるがわる発した。
「た、頼むから……先に、いかない、で、くれ……ぜいぜいぜい」
「はい! がんばりましょうね!」
おれはさっきからこれ以上ないほど頑張っている。だがルネさん、あんたのそれは楽しみましょうねの間違いだ。
「あっ!」
「わーっ!!」
テッドが叫ぶ間もなく、ルネはフライリザードの軍団に突っこんでいった。一羽のリザードが圧倒的な速さで風の魔法陣を発動する。
虹色の渦がルネをやわりと包みこんだ。
「ル、ルネ!」
テッドは色を失って弓を番えた。言わんこっちゃない。
ところがルネは倒れもせず、ロッドを手にしたその立ち姿のままで、
「ぐう」
といびきをかいた。
「……」
できればそのままずっと眠っていてほしかった。
モンスター軍団に囲まれていなかったらその案を推進した。
テッドは一羽につき二本ずつ弓矢をお見舞いすると、とてつもなくいやだったけれど、ルネの頬を遠慮がちに張り手した。
「おい、起きろ!」
「いったーい」
テッドは苛々とルネの腕をつかんだ。「もう満足しただろ。ポケット満タンって感じじゃないか。これ以上先に行くな。帰るぞ」
ルネはクジラのように膨らんだ。
「えーっ」
「えーっじゃない!」
「だって、宝の地図はこの先にものすごいおたからが眠っているって示しているのよ! ここまで来てむざむざ引き下がれるもんですか」
「この先って、どこだよ!」
「すぐ。もうすぐそこです。そこ……あっ!」
もう、なにも考えたくはなかった。考えれば考えるほどどん底まで落ちこみそうなモノが目前にゆらゆらとゆらめいていたのだ。
天を突く大きさの古代ガニ。
口から泡ならぬ炎を吐いて、美味しそうな餌を舌なめずりしながら見つめている。
ルネのロッドが気が狂ったように反応を開始した。
「あそこです!」ルネは叫んだ。「あの大きなカニさんのいるあたりの地面に、ものすごいおたからが埋もれています!」
なんですとー
ロッド。おまえに訊こう。反応しているのはお宝か凶悪なカニか、どっちだ。
どっちでもいいですと言いたげにロッドは激しく首を振った。
「やっちゃえー! テッドさん!!」
やっちゃえではありませんルネさん。
やらなければ命がないことは明白だった。弓矢の回収も間にあわなかった。残された手段はただひとつ。
テッドは革手袋につつまれた右手をきつく握りしめた。
もう、これしか、ない。
だが、発動すればルネに正体がバレることになる。低レベルの発動なら何度か実戦中に試したことがあるが、古代ガニに身ひとつで対抗するためには出力をあげなくてはいけまい。だが、そんなものを見たらルネは。
古代ガニは侵入者を食べやすくするために丸焼きスイッチを点火しようと大口をあけた。
やむなし!
テッドの右手が赤く黒く輝いた。これほどの高出力で発動するのは数年ぶりか。攻撃を一点に叩きこむために精神集中する。そして。
「……ソウルイーター!」
大きな破壊音が轟いた。死神の鎌が巨大モンスターを一閃した。
遺跡が地震のように揺れた。
もうもうとほこりの舞いあがる中、テッドは軽い後悔とともにちらりとルネに目をやった。
いなかった。
「……」
ルネはとっくの昔に走りだし、いい具合に焼き目のついたカニのわきで、一心不乱に穴を掘っていた。
もちろん。ソウルイーターの発動という異常事態には、ルネはまったく関心がなかった。というか、ぜんぜん見てなかった。
微妙な時間が経過した。
「あ、ありました!」
ありましたか。
そうですか。
それはそれは。
いったいそれのどこに価値があるのかと疑いたくなるようなボロボロのコインに、テッドは年相応に憔悴した瞳を向けた。身も心もよれよれだった。一刻も早く船に戻ってひと風呂浴びたかった。
だがルネは、まだまだ疲れを知らぬ元気なお年頃の少女だった。
別のポケットからうやうやしく、もう一枚の地図を取りだす。
そして。
「……あっ!」
テッドがひとりで捕獲してきたらしい古代ガニはその晩の食堂を賑わせたが、当人は極度の神経症で医務室とのことで宴には姿を見せなかった。
ノエルはカニの足を器用にほじほじとほじくりかえし、うっとりと口に運んだ。このリーダーは饅頭と蟹さえ与えておけば機嫌がよいのである。
半眼で瞑想するように味わったのち、ノエルはぼそりと呟いた。
「無人島のより……大味かな……」
はい。それはソウルイーターのお味です。
おわり
ラプソディア仕様のルネたん。
執筆時の仮題は『オベル捜査網』でした。もちろん大江戸捜査網を意識しました(アホタレ)。
2005-11-26