Press "Enter" to skip to content

葬列

山岳地帯でそこだけ鮮やかな色彩の一群と出会った。怖いほど青いと畏れた空も少年はいまではもう慣れっこになったが、 列をなす人々のまとうあの極彩色はどういうことだろう。黒いよな、喪服は。ふつう。
男たちが鉦(かね)を鳴らし、女も子供もおよそ旋律というもののない歌をてんでにうなりながら、ぞろぞろと脇をとおりすぎていく。 あの鉦。どういう構造であそこまで癇にさわる騒音になるんだ。
葬送の列はそこにいるよそ者に気をとめることもなかった。砂塵よけの一枚布を肩に巻きなおしながら(まるでそうすることで 少しでも鉦の攻撃から逃れようとするように)、少年もまた道を譲るべくひっそりと退く。
ふいに。少年の前に、葬列から駆け出たひとりの女が膝をつく。嗚咽ともつかぬ異国の言葉でなにかを 訴えると、少年の右手をとってしきりに頭を下げた。フードの下は漆黒のお下げ髪。年老いてはいない。かといって若くもない。それは少年の見た、 感情をあまりおもてに出さない山岳民族の最初の慟哭であった。むしろ少年の瞳に何の感情も見てとれない。ただ つかまれた右手を、ほんの一瞬ぎゅっと固めただけであった。
大男がひとり、つき添っていた棺を離れ、女の背を叩いて立ちあがらせた。この地方独特のざらついた言葉で女に 語りかけると、いたわるように棺のそばまで誘った。やけに小さな棺。死んだのは子供だろうと少年は思った。おそらくは あのふたりの。なんの根拠もないが、そんな気がした。瞬間、はじめて少年の表情が歪む。誰にも気づかれることなく、小 さく呼気をひとつ吐く。
まったく反対だったらどうだ? 子供がたったひとりで、村じゅうの人々の棺に慟哭するのだ。怖いほど青い空の下、 極彩色の衣をまとい。幾千万刻にも及ぶ長い長い葬列。
いつか彼も道端の見知らぬ少年の手をとり嘆くのだろうか。


執筆日忘却 初出2004-11-22