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ザ・ミスティシップ

※コンセプトは「もしも4テッドが鼻持ちならない軽薄男だったら」です。

ザ・ミスティシップ

「あのさ、顔貸してくんないかな?」
 悪趣味な模様のローブを目深にかぶったあからさまにあやしげな男は、横づけされた船から根性丸に乗りこむと第一声からいきなりケンカを売ってきた。
 千里眼を自称するニコですらその船の接近に気づかなかったというのだから面妖である。これが敵船だったら一巻の終わりだった。いや、まだ敵船でないと決まったわけではないが。
 みな戦々兢々として、遠目に船をのぞき見た。
 奇妙なことに、帆がない。いったいどんな動力でもって海上を移動するのだろうか。船体は巨大マグロさながらのぬるりとした有機質な姿。甲板は濃密な霧におおわれて全容がわからない。
 幽霊船じゃねえの、とその場のだれもが思ったことだろう。
 いつもは血の気の多いグリシェンデ号の連中も、声を押し殺してなりゆきを見守っている。海賊たちにとって大海原は庭のようなものであるが、こんな不気味な船に遭遇したのはみなはじめてなのだ。
 いましがたまでたしかに晴れわたっていた海上は、その船の出現とともに灰色の霧がたちこめ、それと同時に磁気コンパスが狂ったように回りはじめた。太陽も霧のむこうに隠れ、北も南も判然としない。
 大海原の真ん中なので座礁の危険性はそうそうあるまいが、潮に流されて岩礁帯に引き寄せられることも考えられる。深度があるため錨はおろせない。こうなったら操舵手の勘と経験だけがたよりだ。
 ところが操船主任のジャンゴは狼狽した。操舵輪がぴくりとも動かないのである。ぎしぎしときしむだけでまるっきり言うことをきいてくれない。
 霧に足を止められたのだと納得したジャンゴは、ぶるりと身震いした。
 その不気味な船が異世界からあらわれたのか、それともこちらが異世界に迷いこんだのか。
 いずれにせよ、先方さんは根性丸に用事があるらしい。
 いや、むしろご指名は。
「ええと、ぼく?」
 蒼い眼をぱちくりとするノエル。
 ローブの男は大勢がたむろする中から、迷うことなくノエルを選んで交渉をふっかけた。あきらかに彼は、ノエルが根性丸のリーダーであることを知っている様子だった。
「どういうつもりか知らねェが、大切なボスをうさんくさい商談に遣るわけにゃいかねえな」
 リノ王が警戒して、割って入った。
 ローブの男は淡々とした声で、それに応えた。
「そんなに心配なら、アンタもついてくりゃいい、王さま」
「ほう? おれのことも知ってるってか。おたく、どちらさん」
「名乗るほどのもんじゃないですよ」
 男のしゃべりかたは単調だが、声に幼さがかいま見えた。まだ子どもだな、とリノは確信した。
「あんたの船にご招待してくれるってわけね」
「船長がな」と男は言って、背中を向けた。ついてこいという合図だろう。
「おい、まだウンっていってねえぞ」
「じゃあ、永久にこのへんをただよってるか? 幽霊船になんのもイカスよな」
「くそ、脅迫か……」
 ローブの男はうつむき加減に振り向いて、かすかに口元をゆがめた。笑ったのだろう。
「ノエルさんと、王さまと、用心棒が必要ならあとひとりだけ認めてやってもいいよ。悪いけどウチ、定員三名様なんでよろしく」
「あんだ、それ」
「シナリオ上の都合ってやつさ」
「ああん?」
 リノの疑問を中途半端にあしらって、男はローブのすそをひきずりながら(サイズが微妙にあっていないと見た)むこうの船に渡っていった。
 唖然とするリノのわきをするりと抜けて、ノエルは無防備にも、小癪なローブマンのあとをテケテケと追っていった。
「あ、おいノエル、こら待て、早まるな」
 慌てふためくリノの背中を、ぽんと叩く者がいた。海賊の女頭領、キカだ。
「ぼやっとしてんじゃない。行くよ」
「お、おう」
 渡し板を渡りきらないうちに、根性丸の姿が霧につつまれて見えなくなった。リノはごくりと唾をのみこんだ。
 いやな感じだった。罠の予感がひしひしとする。
 内部は己の手先も見えないほど暗く、ひんやりと肌寒い。
 しかも妖気がただよっている。
 この感触は、オベル王宮の中庭にある立ち入り禁止の遺跡と同質のものだ。
 服装が思いっきりトロピカル仕様のリノは、毛むくじゃらの腕に鳥肌をたててぶるっと身をちぢめた。
 暗闇に、ぼうっとほのかなあかりがともった。どうやって点灯したのやら、ローブの男が手にたいまつを持っている。
 さっきは男の口元しか見えなかったが、たいまつの焔に照らされて少しだけ相貌がわかった。やはり、子どもだ。おとなしそうな印象を受ける。
 鳶色の眼が客人をひとりずつ眺めまわした。
「チェッ。野郎ばっかか、つまんねーの」
 もうひとつの焔が女海賊を中心にぽっともえあがった。
「あたしは女だが、なにか」
 苦笑いも凍りつくほどの、地獄の声であった。
「暗かったもんでよくわからなかった」
 キカの端正な顔にピキッと青筋が刻まれた。
 乗船三十秒でいきなり一触即発の様相である。
 ローブの男、ハヤブサ斬りにされなければよいが。
「ガイコツころがってっから、つまづいてコケんなよ」
 気遣いなのやら、脅しなのやらなんとも釈然としない態度。
 ご招待の質がいかほどのものであるかは、一分後にほぼ判明した。
 ぞろぞろとおいでになったアンデッドモンスターたちは、手加減も遠慮もなしに危害を加えてきた。しつけのなっていない住人どもである。
 一同は武器と紋章を駆使して撃退したが、ローブの男ひとりだけが手伝ってくれなかった。それどころか、客人がピンチに陥るのをにやつきながら傍観している。モンスターもローブの男だけ襲おうとせず、両者のあいだに結託があるのは見え見えだった。
 戦闘が終了すると、ローブの男は大丈夫かのひとこともなしに、平然と先を歩き出す。プッツンしたリノは声を荒げた。
「ぜいぜいぜい、どういうつもりだ、コラ、ガキ」
「……ガキ?」
 男はなぜか最後の単語にだけ反応した。
「どこに眼ぇつけてんだ……? もうろくキング」
 と刃向かってこられても、ガキにしか見えないのはたしかなのでリノの圧勝に思える。それに一国の王に向かってもうろくキングとは、無礼千万。
 だが男は自信たっぷりに言ってのけた。
「四十五十ぽっちでモーロクしてりゃ世話ァねえよな。王さまなんだからちっとしゃきっとしてっかと思ったらよ、め○ら(※差別用語につき鋭意伏せ字)じゃんかよ。おれのどこがガキに見えんだよ、クソガキ」
「絵に描いたようなガキじゃねえかよ! いくつだ、十三か、十四か、まさか十五ってこたぁねーだろうな?」
 わめきちらすリノに、ローブの男は傲然と言ってのけた。
「ま、あんま憶えてねーけど百五十ってとこかな、ザマーミロ」
 わなわなするリノの肩にそっと手をおいたのはキカであった。
「相手にするな。マジギレするだけばかばかしい。頭が痛くなる」
「お、おう」
「仲介サンキュ、オバサン。頭痛は更年期障害の初期症状っていうからあんま軽視しないほうがいいぜ。お大事に」と命知らずのローブマン。
 禁断の戦闘がはじまらなかったのはいっそ奇蹟といえよう。作者としてもここでGAME OVERにしてしまうのは本意ではない。
 ローブの男はその後も一同がピンチになるのを涼しげに見守っては、奥へ奥へと三名を誘いこんだ。
 疑念はとうに頂点に達している。というか、この期に及んでなんの疑問も抱かなかったらただのボケだ。
「同じとこぐるぐる回ってんじゃねえのか」
 リノの意見はごもっともである。
 行けども行けども気味の悪いアンデッドがうようよする陰鬱な一本道が続くだけで、どこにもたどり着かない。船舶の内部と見せかけて、じつは無間地獄にご招待するつもりなのではあるまいか。
 体力は消耗していくし、武器も酷使しすぎて刃がこぼれる寸前である。応急医薬品にも限りがある。回復系の紋章も、あいにくだれも持っていない。
 あまり戦闘を長引かせるわけにはいかない。いざとなればすりぬけの札で脱出することも考えよう。使えればの話ではあるが。
 ふと、先頭を行く男の足がとまった。
 ユルユルと振り返る。
「あのさ」
 どうでもいいが、あの首に巻いているばかでかい鎖で肩が凝らないのだろうか。
 ファッションとしても理解不能なセンスである。
「な、なに?」
 まっすぐに見つめられて、ノエルはどぎまぎした。
「あんたの、左手のソレ」
「えっ」
 ノエルはわずかに表情を引き締めて、左手をぐっと握った。
「えらいモンひきとっちまったなーって、思ってっだろ、今」
 紋章のことを知っているふうだったのも驚きであったが、それ以上にノエルはドキリとした。男の言葉が、図星だったからだ。
「でも、これは、大切な……」
 男がぷっとふきだした。ノエルは言い訳しようとした自分が急に恥ずかしくなった。
「悪漢の手にわたっちゃいけない。そんだけ危険な紋章……だからおまえは、悪用されないように守るってか」
「よく、わからないけど」
「わからないけど、命をおとしても本望です? く、くはは、はははは」
 ローブの男は神経質な声で笑った。
 人を小馬鹿にしたような笑いにむかついたリノが、なにかを言おうとした瞬間。
「どんくらい本気か、試させてもらおっかな」
 ローブがゆらめいた。
 いままでとは比べものにならない凶悪そうなアンデッドが出現し、男に従うかのように牙をむきだしにした。
「どういうつもりだ、小僧!」
「こういうつもり」
 文句を言っている余裕はなかった。霊気でできた触手がノエルをとらえ、かるがると吹っ飛ばした。
「うわーっ!」
「ノエル!」
 第二波を受ける寸前でリノがかばい、キカが反撃した。だが体勢を立て直すのがせいいっぱいで、ダメージを与えられない。
「どうしたの。罰の紋章を使ったらいいじゃない」
 ノエルははっとして、ローブの男を見た。
「挑発に乗るな、ノエル、罠だ」
 ノエルはきっと顔をあげて、左手を高々とかかげた。
「ダメだ、ノエル、思いとどまれッ!」
 リノは絶叫したが、少年を抑えることはできなかった。
 ノエルを中心に紫色の渦が巻いた。発動は一瞬であった。
 耳をつんざくような悲鳴。それは、罰の紋章が発したものだった。
 衝撃は一回。だが、ひどく長い時間に感じられた。
 モンスターの姿は霧散し、跡形もなく消え去った。
「すげえ。間近で見るとさすがに迫力だな」
 ローブの男がつぶやいたとたん、ノエルの身体がぐらりとかしいだ。
「う……」
「くそ、いわんこっちゃない」
 キカがさっと腕を伸ばして、少年が倒れそうになるのを支えた。
「バッカ……野郎!」
 リノが鬼の形相で、男のローブをわしづかみにした。
 鎖ががしゃがしゃと鳴る。
「知ってて、煽りやがったな?」
「だったらどうした。案じる前に、あんたが動けばよかったんちゃうん」
「てめぇのしたことを棚にあげるな!」
「そのセリフ、まんま返すぜ」
「なにっ」
「あんたが動かなかったから、紋章をもってるやつがなんとかしなきゃって思ったんだろ?」
 リノはさっと顔色を変えた。遠い過去の悔恨がよみがえったのだ。
 胸ぐらをつかんでいた手が離れた。
「真の紋章は、それを持ったやつにしか理解できない」
 ローブの胸元を直しながら、男はぼそりと言った。
「過保護も結構だけど、認めてやることのほうがもっとだいじなんじゃねえの」
 リノは歯噛みした。悔しいが、反論できない。
 ローブをひっぺがして一発ぶん殴ってやろうかとも思ったが、キカに支えられながらノエルがゆっくりと立ちあがったのでそれどころではなくなった。
「もう、だいじょうぶだよ。それほど力は使わなかったから」
 傷みに顔をしかめながら言うセリフではないが、リノはひとまず安堵のため息をついた。
 だが背後から、ローブの男が冷徹に言った。
「命削って、いろいろと喪っても平気なフリしてなきゃなんないなんて、ご苦労なこった」
「ぼくは」とノエル。
 すっくと立ちあがり、凛とした声で言った。
「ぼくは、命賭けてる。きみに心配してもらう筋合いなんてない」
 ローブが、わずかに傾いた。
「……へっ」
 激高するかと思いきや、ローブの男はくるりとむこうを向いてしまった。
「じゃあ、言うことなんてねーよ」
 なんとなく、イジケた感じだった。
 気まずい雰囲気が場を支配して、みな無言だ。
 男はある地点でぴたりと立ち止まり、なにかを思案するようにうなずいた。
「バカバカしくなってきた」
 たしかに、そういうふうにつぶやいたように聞こえた。
 ローブの男はゆっくりと上を向きながら、みずからの手でフードをするりと脱いだ。
「船長、つれてきたよ」
 狭いと思っていた通路は、壁がなくてだだっぴろい空間に変わっていた。そしてノエルたちは、今度こそ本気で驚愕した。
 巨大な塊がある。
 それは顔らしきものがたくさんついていて、不随意に蠢いていた。蛇か鷹かアルマジロか。ありとあらゆる生命体が不気味に合体したような、おぞましいその姿。
 塊は振動しながら人の言葉をつむいだ。
「待ちかねたぞ、罰の紋章の子よ」
「あのさ、ご期待のとこ恐縮なんだけどオレ一抜けたから」
「いま、なんと……テッド」
「いちどしかいわねーから耳かっぽじってよく聞けよ。いいか、よそ者の分際で紋章遊びなんざやめときな。ヤケドするぜ。おっちゃん、ソウルイーターひとつろくに使えないじゃんか。そいつも認めてねーんだよ、アンタのこと。やっぱオレ持ってるっきゃないわ。めんどくせーけどしゃーないな。てなわけで利子つけて返してちょんまげ」
 テッドと呼ばれたもとローブ男は、えんがちょローブを完全に脱いだ。下にはあんがい普通の服を着ていたのでキカはちょっとびっくりした。
「謀反かね、テッドよ、愚かな」
「かるがるしく人の名前をよぶんじゃねー!」
【ボス戦BGM】
 テッドはたいまつを投げ捨てて、どこからか取りだした弓に矢をつがえた。びゅん、と空を切る音がして、矢は鋭く放たれた。
 ぷす。
「爪楊枝がはさまったくらいにしか感じぬわ!」
「てやんでえ! てめぇがノロマなんは百も承知さ! 図体でっかいけど木偶の坊じゃんか。くやしかったらソウルイーター発動してみな。やーい、やーい、無能キャプテン」
「まるで子どものケンカだね」とキカ。
「内輪もめにご招待されたってあたりが真相か」とリノ。
「手伝いましょうよ」とノエル。
 四つの眼がノエルを見た。
「だってどう見ても船長さんのほうが悪党ヅラしてるじゃないですか」
「ツラで決めるのかよ」
「直感です。紋章遊びのくだりで、なんとなく」
 気はすすまなかったが、三人はそれぞれ武器を構えて船長に対峙した。
【ボス戦BGM(リピート)】
「ぎゃぁあああぁぁ」
 船長は断末魔の叫びをあげて斃れた。
「あ、あっけなかったですね」
「イベント戦闘だから、サクッとな」とテッド。この少年は時折、不可解なことを口にする。
 船長が光につつまれたと思うと、その身体からまばゆく輝くものが離れた。
 テッドが右手をさしのべる。光はすうっとそこへ吸いこまれていった。
「おかえり、相棒」
 少年が、年相応のやさしい笑顔をうかべて、そっと左手で右手をつつんだと思ったその刹那。
 ビリビリビリビリビリビリ
「うぎゃぁぁぁああぁぁ!」
 テッドが透けてガイコツが見えた。
「悪かった、めんご! も、もう裏切らないから! 勘弁、かん……ぐげぁ!」
 右手に宿ったソウルイーターとやらに罰ゲームを喰らったらしい。
「安っぽい漫才を見ているようだね」とキカがつぶやいた。
「おかげでわたくしも気苦労がたえないのです」
「だ、だれっ!」
 その場にいないはずの女性の声に、びっくりして振り向いたキカの背後でテッドが派手に昏倒した。
「真の紋章はこの世になくてはならないものといえ……もう少し宿主を厳選してくれてもよいのではないかと思うときもありますの」
 いつなんどきあらわれたのやら、全身がぼんやりと光につつまれたクリオネ(別名、ハダカカメガイ)そっくりの女性がぽっかりと宙に浮いていた。
 ある意味、船長さんよりもよっぽど不審者であった。
「ちょっとやそっとではめげない、人の強さをいやってほど見せていただきましたわ」
 その声に反応して、死んだと思っていた船長がもぞもぞと動いた。
「ば、バランスの執行者……我……の邪魔をす、る……か」
「ぎりぎりまでちょっかいはだすまいと誓っておりましたけれど、もはや堪忍袋の緒が切れそうですの。導師、これに懲りたらご自分の居るべき世界にお戻りになられることですね。あんなのを連れて帰ったら、一生苦労しますわよ」
「真の紋章……の主……というのは、みんな……あのような……」
「いちばんはじめに唾をつけたのがソウルイーターという時点で敗北ですわね。同情はいたしませんわ」
「むう……無……念」
「自業自得ですわね。どうぞ安らかに。紋章の子らも、せいぜいお元気で。いまは追われる身なれど、またどこかで必ず」
 クリオネ……もとい、バランスの執行者は絶妙なバランスで一回転すると、今度こそ動かなくなった船長を見捨ててかき消えた。
「……あいたたた」
 タイミングをはかったようにテッドが頭をかかえて立ちあがった。
「ちくしょー、謝ったじゃんかよ。ちっとほったらかしにしたからってそりゃねえぜ。あー、まだ頭がガンガンする……あ、あれ?」
 足元がぐらぐらと揺れはじめた。
 不穏なきしみが一行をつつみこみ、振動した。
「地震か?」
 海上であることを忘れていると思われる発言はリノである。
「ああ、あれだ。船長がくたばったから、磁場が維持できなくなったんだな。この船も船長が魔法でつくりあげた幻だもんな」
 さらりと解説してのけたテッドに、キカは動揺を隠しながら訊いた。
「つまり、魔法がとけるとこの船はなくなるということだね」
「そうゆうこっちゃ……アレ?」
 四名はなんとなく互いを見つめあった。
 みしみしみしみし。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「のんびりしてる場合か!」
 まっ先にその結論に至ったのはノエルであった。
 さすがリーダー。根性丸の未来に幸いあれ。
「たんま! 海賊王の胴衣をゲットするのが先だ。この機を逃したら二度ととれないんだからな!」
「小僧、わけのわからんこといってないでとっとと脱出するぞ。百五十歳の身空で死にたくなかったらな」
 来たときと同じ一本道が、果てしなく遠く感じられた。アンデッドのモンスターたちは制御を喪ったらしく、テッドを集中的に攻撃してきた。
 テッド少年の戦闘力の高さに、リノはひそかに舌を巻いた。俊敏さと攻撃の正確さは大人顔負けだ。多少荒削りだが、訓練次第ではかなりの成長が望めるだろう。軍に招いたら、おそらく即戦力になる。
 だが、しかし。
「イエーイ、ひっさびさのシャバだぜーい! 辛気くさいのはもうこりごりだ。かわいこちゃんがぞーろぞろ、ってのがいいな、やっぱ!」
 人格に多少、問題がありそうだ。
 テッドはモンスターを片っ端からぶちのめし、意気揚々と陽の下に躍り出た。
 暗闇ではよくわからなかったが、はっちゃけた赤毛の少年だった。
 なんだ。太陽の下で見たらふつうの子どもじゃないか。
 リノは笑った。案ずることはない。得体の知れない紋章を持っているが、しょせんはガキだ。
 リノとキカが先に渡り、ノエルが背後のテッドに手をさしのべたときだった。
 がたん。
 霧の船が完全にその姿を消し、渡し板が宙に浮いた。
「あれ?」
 テッドの右足が出、左足が出、また右足が出た。
 板はひと足お先に海の藻屑と消えたあとだった。
「うっそぉ~~~~~~~~~~~!」
 ノエルの左手がむなしく空を切った。
 あいやー。
 どぼーん
 はっちゃけた赤毛の少年は、深蒼の大海原に大落下してしまった。
「投網になんかかかりましたぜよ!」
 後部甲板から、猟師シラミネの高揚した声がきこえた。


2007-05-20