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ザ・ヒドゥンルーンズ・ビレッジ

※コンセプトは「もしも隠された紋章の村のテッドが手に負えないクソガキだったら」です。なにかとうっとうしいですがご容赦くださいませ。

「ふしんしゃだー!」
 第一村人(推定十歳男児)は一行の登場を目にするなり、大音声で叫んだ。
 不審者? それは誤解です。
 ルーファスはあわてて弁解を試みた。だが、『祠が光ってそこからわらわらと見知らぬ人たちが現れた』状況はだれがどう考えても不審である。しかも第一村人はややこしい話の通じなそうな子ども。どうしよう。
 マクドール家の御曹司がおろおろ考えているあいだに、少年は次の行動に移った。
 キルルルルル。
 耳をつんざく黄色いノイズ。読者諸君ならわかるね。そう、近ごろの小学生がみんな持っている防犯ブザー。不審者と遭遇したときに鳴らすやつ。あれの幻想水滸伝版だ。またの名を、笛、ともいう。
 脳味噌に直接ひびく耳障りな周波数に神経をやられそうになり、ルーファスたちは両手で耳をふさいだ。勝った、と思ったのか、推定十歳男児(仮名)はますます元気に吹き鳴らした。
「あやしいモンじゃねぇ! 落ち着け、そこの!」
 最年長としてなんとかその場を鎮めようとした勇敢な傭兵ビクトール。
 推定十歳男児(仮名)はびくっとして笛を口から離したが、けして誤解がとけたわけではなかった。
「クマだー!」
「クマじゃねえ! おれはれっきとした人間だ! わめくなっていってんだよ、ガキ!」
「クマがしゃべった!」
 キルルルルルルルルルル。
 もはや手がつけられない。推定十歳クソガキ(仮名)は顔を真っ赤にして笛を吹きつづけた。
 しかし、どうもようすがおかしい。
 これだけの騒音を発しているのに、駆けつける村人の姿がないのだ。子ども110番の家は昼寝でもしているのだろうか。
 もしや。
 一行のなかでもっとも冷静な(原作設定)クレオが、場の収拾をはかった。
「ボク、わたしたちはあやしい者じゃないわ。とにかく、お話しをきいてちょうだい」
 ボク(仮名)はおねえさんが好きらしい。笛を吹くのを素直にやめた。
「ありがとう。ねえ、ボク。すてきな笛ね」
「うん! かっこいいだろ。へへへ」
「もしも危険なことがあったら、それを吹いておとなの人に知らせるのね」
「そうだよ」
「すごくかっこいいわ。いつも吹いているの?」
「うん!」
(((やっぱり)))
 読者諸君、『オオカミ少年』というイソップ寓話はご存じかね? 幻想水滸伝の世界にも、これと似た風刺があってだね。まあそれに関しては長くなるから省略するが。
 おおかみがでたぞー。キルルルル。
 アホなガキ(仮名)にへなへなとなる一行であった。
 ガキ(仮名)はクレオをまじまじと見つめて頬を赤らめ、それからルーファスとビクトールをじつにさらりと一瞥した。わりと失礼なガキだ。
「なあ、おまえら、たからものをとりにきた人?」
 いきなりの質問に面食らう一行。
「宝物……?」とルーファス。
「そうさ、たからものさ。なーんだ、知らないんだ」
 だんだん会話が成立してきた(のか?)。こういう場合、相手の目線にあわせたほうがいろいろと都合がよいと思う。ルーファスはとりあえずしゃがんでみた。高さばっちり。
「知らないなら、悪いやつらじゃないな」
 態度をやわらげるガk……少年(仮名)に、ふとだれかの面影を重ねるルーファス。
 わくわくするだろう、読者諸君。どなたさまもハンケチーフのご用意を。
「ぼくたちは、宝物をとりにきたんじゃないよ。それより、ここがどこなのかもよくわかないんだ」
「なーんだ。ただの迷子か」
「まいご……う、うん、まあ、そういう感じ。ここは、なんという村なの?」
 少年(仮名)はちっこい手をビシッとルーファスに向けた。
「きさまの求めるその情報は最重要機密である。よそものに教えるわけにはいかないのである」
「……左様でございますか」
 なんとなくうなだれるルーファス。
「そうだ。たからものも村も厳重に隠されているのだ。だから、ぜったいひみつなのだ!」
 秘密ならばあまりべらべらとしゃべってはいけない気もするが。
「でも、おまえたちは悪いやつらじゃないと認定する」
「認定」
「うむ、ついてくるがよい」
 少年(仮名)はものすごく偉そうに言って、直角に曲がった。トコトコと村の門をくぐってゆく。ルーファスの感覚でいえば、かなり地味な門であった。サラディよりもさらに素朴な雰囲気。襲われたらひとたまりもないような感じ。
「行きましょう、坊ちゃん」
「う、うん」
「あの子……」とクレオは言いかけた。ちらりとルーファスを横目で見る。
 言いたいことはとてもよくわかるよ、クレオ。
「おきゃくさんだぞー!」
 門のむこうには、人がちらほらいた。ほとんどが歳のいった女性だ。彼女たちはタライで洗濯をしたり、火を囲んで煮炊きをしたり、井戸端で鶏をシメたりしていた。そしてみんなどことなくなごやかであった。
 だが、少年(仮名)のあとをぞろぞろついていく見知らぬ三人組に気がつくと、判で押したようにカチンと凍りつくのであった。
 不審者ではありません。不審に思われるとは存じますが、なにとぞお気遣いなさらぬよう。武装しているのもけして本意ではございません。これにはいろいろと説明しづらい理由がございまして(後略)。
 ルーファスの心の声が彼女たちに届くだろうか。
 村はとてもこじんまりとしていて、頑丈だが簡素なつくりの木造建築物がいくつかあるだけだった。少年(仮名)は屋根で風見鶏がくるくる回っている建物に向かっていった。
「ここが村長の家だ。でもって、ぼくの家だ。いっとくけど、じいちゃんはこわいぞ。そそうすんなよ。殺されてもしらねーからな」
 高床式の玄関まで木の階段をのぼり、少年(仮名)は勢いよく扉をあけた。ガランガランとドアベルがけたたましい音をたてる。
「じじい! おきゃくさんつれてきた!」
 奥から老人(とおぼしき)怒鳴り声がきこえた。
「まァた狩りをさぼりやがったな、クソガキ!」
「ちがうよ! 狩りにいこうとおもったら、おきゃくさんをひろったんだよ!」
「よく毎日毎日つごうのいい言い訳を考えるもんだ。けしからん。ロクなおとなにならんぞ、腐れガキがぁ!」
「だまれじじい! けしからんのはどっちだ! こどもの話もきかないなんてロクなおとなのすることじゃないぞ!」
「じゃかあしい! 今日こそそのひねくれた性根をたたきなおしてしんぜるわ! 表にでい、テッドォ!」
 ああ。
 やっぱり。
 人の面影とはそれとなく気づくものです。もちろん、ルーファスもクレオもはじめからそんな感じがしておりました。というか、あまりにも、まんまでした。
 癖のある赤茶けた髪、鳶色の虹彩、たれめ、弓。
「坊ちゃん……あまり考えたくはないのですけど、このテッドくんは、あのテッドくんですよ」
「うん、あまり考えたくはないけれどこれはあれだね、クレオ」
「このテッドとかあのテッドとか、どういうことだ」と、事情を知らないビクトール。
「あのテッド、のほうは、ぼくの親友なんです。このテッド、は初対面ですけれど」
 うまく説明できない御曹司。
「ほえ?」
 奥からドスンドスンと重い靴音が近づいてきた。テッド少年(もう仮名ではない)が首根っこをつかまれてじたばたもがいている。アジのひらきを盗んでつかまった猫そっくりだ。
「離せ、じじい!」
 老人、と呼ぶには少しばかり精力のありそうな男が、玄関に立ちすくむ三名をぎろりと見すえた。
 片手に棍棒、片手にちびテッド。
「なにもんだ、あんたら」
「すみません、おじゃましております」
「なにもんだと訊いたのだ。話をそらさないでいただけますかな」
「あ、はい。すみません。ルーファス・マクドールと申します。こちらがビクトール、そして、彼女がクレオです。ぼくたち、うっかりこのあたりに迷いこんでしまいまして、村の前でその子に案内してもらって、その」
 洞窟歩いてたら、とか、星辰剣が、とかそこらへんのややこしい事情はひとまず割愛してみる。
「うっかり、迷いこんだ、だとォ?」
 怖い。なんですかこのすさまじい圧力。まるで召還獣ディアボロスに上から押しつぶされるような……あ、販売元がちがう。失礼しました。
「ひとつ訊く。あんたら、ウィンディの手の者ではないのだな」
「ウィンディって、あのウィンディか?」
 うっかり口をすべらせたビクトールに鋭い視線がとんだ。
「きさま。ウィンディを知っておると?」
「え? あの、その、だってウィンディって、ほら、けっこういろんな意味で有名ですし、ねえ?」
「ほほう。どのような意味で有名なのかね。それはじきじきにお伺いしたいものだ」
 老人はテッドを後ろに放り投げた。少年は「ギャッ」といってテーブルに激突した。痛そう。
「あにすんだ、暴力じじい!」
「下がっておれ。手出し無用なり!」
 しゅんしゅんしゅん。
 美しい。見事な棍棒の舞である。
 だがしかししょせんは棍棒。
「テッド、二階の、儂のベッドの下から刀をもってきなさい」
 あんまり長生きできなさそうなじじいであった。
 ここでルーファスの御曹司スキルがぺかっと発動した。
「テッドのおじいさん、いえ、村長さん、まってください。話をきいてください。ぼくたちはウィンディと対立している者です」
「なんと? 少年」
「ウィンディは邪悪な者です。だから戦っています。あの人は赤月帝国をのっとって、そのせいで国政も腐敗しました。ぼくたちは解放軍と呼ばれています」
「あかつき? 解放軍? なにを申しておるのだ、そなた」
「……あっ」
 満身創痍のテッドが、言っていた。
 ”おれは三百年のあいだ、この紋章を守ってウィンディから逃げてきた”
「ここは……あの、すみません。いま何年でしょう」
「カーッ、意味がわからん。とにかく、話は表できこう。テッド、刀、刀をほれ、さっさともってこんかい。愚図めが」
 そのときだった。
「じじい!」
 テッドの金切り声がとんだ。
 開いたまんまの扉から、とっても問題なやつらがやってきた。なんという、タイミングのよさ。いや、悪さ。はいはい、誰かはわかるよね? ここテストに出るよ!
「おやおやおや、お取り込み中だったようだねえ。ちょっとおじゃましますわよ」
 お取り込み中に、来んな。
 魔女ウィンディは黒っぽい連れを右と左に従えて、宝石のちりばめられたキセルから紫煙を吐きだした。煙草を吸いながら他人のお宅にあがりこむなんて、とんでもない女だ。
「しつこい。何度脅されても、アレは渡さぬぞ」
「そうくると思いましたわ。あなたがとても頑固でらっしゃるので、わたくし、お願いするのはあきらめましたの。きょうは力ずくでいただいて帰ろうかと、このとおり用心棒つきで参上いたしました」
「たからものどろぼうめ!」とテッドがテーブルの脚で身を隠しながら威嚇した。
「おやおや、猫ちゃんかしら? かわいいわ。お名前は、ぼうや」
「フン、われこそは隠された紋章の村のかりゅうど、テッドさまだ! おぼえとけ!」
 素直すぎる。
「ほっほっほっほっほっほっほ」
「なにがおかしい! まじょ!」
「バーカ」
 テッドは真っ赤になってぷーっと膨らんだ。頭から湯気があがっている。
 そのとき、ルーファスは気づいた。
 この小さいテッドは、紋章を宿していない。
 右手の甲に、見慣れたはずのものが、ない。
 いやな予感がした。
 ウィンディはキセルをトントンし、灰を床に落とした。
「たばこのすいがらは、はいざらへ!」
「ほぉんと、かわいい坊やだこと。こんなちっちゃな子まで殺さなくてはならないなんて、ああ、悲しいわ。しくしく」
「テッド! 二階にあがりなさい」
 老人の声でテッドは脱兎のごとく逃げていった。裏口から外に逃げたほうが、とルーファスは言いかけたが、展開はそれどころではなくなってきた。
「さて、村の男たちも放牧から戻るころね。うふふ、今宵はすてきなお祭りになりそうだわ」
 ウィンディさま、それを言うなら血祭り。
「これが最後のお願いよ。アレを渡してくださる? お・じ・い・さ・ま」
「だが断る」
「もう。ウィンディ、かなしい。せっかく穏便にすまそうとしてさしあげたのに、あたくしの厚意を無にするのね。またふられちゃった。とことん男運がないわ。くすん」
「うるせえババア。おととい来やがれ」
 ピキッ。
 あ、いまのは青筋がキレる音だ。
 ご老人。ひょっとしてその三文字は、口にしてはいけなかったのでは?
 とかなんとかルーファスが必死で考えているときに、地獄の底から高笑いがひびいてきた。交渉決裂のラッパである。プップカプー。
「おほほほほほほ(クレッシェンドからフォルティッシッシモへ)! ああ、おもしろい。とってもおもしろくってよ!」
 とってもまずい。
 なんとなくすみっこに集まるよそ者三名。
「ほら見たことかしら。あんまりおもしろすぎるんで、ユーバーが退屈してお外に行っちゃった。ウィンディしーらない! あの黒魔神を放ったらペンペン草も残らなくってよ! ネクちゃん、あなたもそろそろおなかが減ってきたんじゃない? どうせシケたのばっかりしかいないけど、狩りをしてきてよろしくってよ」
「シケてるんですか。ふむ、わが花嫁はいそうにないということですな。つまらない。ひじょーに、つまらない」
 暗い音程でブツクサいいながら、顔色の悪いゴシックな従者も外に出ていった。なんとなくパイプオルガンが鳴り響きそうな感じ。
 ビクトールの眼が鋭くネクちゃん(仮名)の背中を追った。
「あいつ……もしや……」
「ビクトールさん?」
「しっ。悪いが、おれは一抜けだ。祠の前で落ち合おう。生きていたらな」
「お気をつけて」
「おまえも」
 残されたルーファスとクレオは、じりじりと家の奥にしりぞいていった。ウィンディはルーファスに目もくれない。このウィンディは、憶測だけれど、宿敵ルーファス・マクドールのことをまだ知らないのだ。
 だって、知ってたらまっ先に血祭り確定じゃん。
 ソウルイーター、ここにあるし。
 そしてルーファスは、はっとした。隠された紋章の村、と小さいテッドは言った。隠された紋章とは、ソウルイーターにちがいない。しかし、テッドはそれを宿していない。では、だれがソウルイーターを持っている?
 思いつく答えはひとつ。
 嗚呼、ご老人。
 なんてこったい。
「村の者に手出しはさせぬぞ!」
「あらあら。いまさらそんなことをいってももう遅くってよ。ほら、火が放たれた」
 煙が流れこんできた。悲鳴があちこちからきこえる。男も女も。断末魔の叫びだ。
「じじい! 村が燃えてる」
 踊り場からテッドがひょっこり顔をだした。それを合図に老人は、ついでにルーファスとクレオは二階へ駆けあがって、内から閂をかけた。
 テッドはまた首根っこをつかまれている。
「どうしよう、じじい。みんな殺されちゃう」
 テッドは半泣きだ。
「そんなところへ逃げてもむだよ! おほほほほ!」
 癇に障る声だ。昔からこんな感じだったのか。いや、ちょっとばかり若気の至りが混ざっているような気もするが、たぶん考えすぎだろう。
「坊ちゃん……」
 クレオが心配そうにルーファスを見た。
「うん」
 やることは、ひとつ。
「おじいさん」
 立って、老人のそばに行く。ぶるぶるふるえるテッドを胸に抱いていた老人は、静かに顔をあげた。
「旅の者。愚かな争いに巻きこんですまなかった。この家もじきに火を放たれるじゃろう。わしらのことは心配なさらず、どうか逃げてくだされ」
「その前に、どうしても見てもらいたいものがあるんです」
 ルーファスは右の革手袋をはずし、その下の包帯をといた。
 老人の目が見開かれる。信じがたいものを見た、そういう顔だ。
「おお……」
「おわかりですね。そうです。ぼくも、継承者なのです」
「ソウルイーターが、なぜ、ここに……ふたつも」
 老人は右手をもぞもぞさせた。やっぱりそこか。
「ぼくは、おそらく、この時代の者ではありません。遠い未来からここにきました。それには、ちゃんとした理由がある……と思います。ぼくにはまだ、その理由はわかりません。それから、ぼくの親友の名前は、テッドといいます」
 ちびテッドの涙に濡れた目が、まんまるになった。「ぼく?」と小さい口がつむぐ。
「ぼくは親友のテッドからソウルイーターを継承しました。そして、この紋章をつけ狙うウィンディと戦っています。ぼくは戦いに勝つつもりです。あの魔女に、紋章は渡しません。それはテッドとの約束だからです。ぼくたちは親友だからです」
 老人は言葉をひとつひとつかみしめるように、聞いてはうなずいた。
「テッドは……」
「ぼくを逃がすために囮になって、いまは帝国に……生きているか、それとも……いえ、生きていると信じています。赤月帝国は、二百三十年にハルモニア神聖国から独立する、皇帝を君主とする国家です。たぶん、いまからずっと未来の歴史です。ぼくの親友のテッドは……三百年のあいだ逃げてきた、と、言っていました」
 自分の名を何度も呼ばれて、テッドはきょとんとした。
「いずれは、こうなるかと、覚悟はしておった。やはり、これも運命か……変えることは叶わぬのだな」
 いささかネガティヴなのが気になるが、理解が早いではないか、ご老人。そう、こういう絶体絶命の危機においては物わかりのいい人のほうが生き延びる確率が高まる。では、みんなでいっしょに逃げ(強制終了
「時はおとずれた」と老人は言った。
「テッド。立ちなさい」
「うん」
 いきなりかよ!
 年寄りの冷や水どんだけ!
 ルーファスは激しく動揺した。老人がいまここで『儀式』を執り行おうとしているのを、察してしまったからだ。
 運命は、変えることができるのではないだろうか。いまなら、まだ、間に合うのではないだろうか。それが叶わないと、いったいだれが決めた。
 記憶のなかで、全身傷だらけのテッドが安らいだ顔で微笑む。
 ”ありがとうな、親友。おれは三百年のあいだ、ぐっすり眠ったことがなかった。これで、やっと、眠れそうだ”
 だめだ。こんなのは、だめだ。
 テッドを不幸にする。
 同じことをくりかえしては、だめだ。
 っていうかいまはとにかくここから脱出しましょうよ、ご老人!
「右手をだしなさい、テッド」
 ――だめだ!
「じじい。なんかたくらんでるな」
 ゑ?
「ぎくり」
「じじいのおもわくなど、すべてぜんぶまるっとスリットお見通しだ」
「ムムム、だれがここまで育ててやったと思っておる」
「じどうぎゃくたい」
「あれはおまえがひとりでも生きていけるように、鍛えたのだ。それに、ソウルイーターにおまえが喰われてはいけないと」
「ねぐれくと」
「どこのことばだ。テッド、いうことをききなさい」
「じじいのいうことをきいて、よかったことなんかいちどもない。じじいはせかいいちの、おおうそつきだ」
「うっ、それは」
「はんろんできないだろう!」
「とにかく! ソウルイーターを狙う泥棒がそこにおるのじゃ! ええい、こうなったら無理にでも」
「おじいさん、無理強いはいけません!」とルーファス。
「そ、そうじゃの。テッド、かわいいおまえに宝物をあげよう。村で大切に隠していた宝物だよ。ほれほれ」
「どえりゃああやしいぞ、じじい!」
「だまらっしゃい!」
 黙って傍観していたクレオがぼそりとつぶやいた。「これって、もしかして感動の場面……なんですか」
 クレオ。きみの言いたいことはとてもよくわかる。
「テッドォォォォ、右手をぉぉぉぉ」
「離せくそじじいアホじじいボケじじい!」
 まるで漫才だった。
「怖くない、怖くないから」
「うそばっか! じじい、おまえいま、もッのすげえこわいぞ!」
「そ、そ、ソ、ソウルイーター、我よりいでて、この者にち、力を、与えよ」
「ひゃ……ほぎゃぁぁぁぁぁ」
 まばゆい光。
 なんだろう、この、やっちまった感。
「ねえ、なにを騒いでるの。楽しそうね。あたくしも入れて」
 外から女性(仮名)の声がしたけど、気を止める者はいない。
 シーン。
「なんじゃこりゃぁぁぁああ!」
 テッド少年が右手を凝視してオヤジ絶叫を放った。
 ルーファスが確かめるまでもなかった。もみじのおててに♪ソウルイーター♪
 ご老人は目の下に隈がくっきりとうかびあがっていて、熾烈な戦闘のおわりを物語っていた。この人、もう長くはもつまい。
「旅のお方」と老人は言った。蚊の鳴くような声だ。どうもおつかれさまです。
「この子を、ソウルイーターを、どうか、逃がしてやってください。この村から、テッドを連れて、逃げてください。無礼を申しあげまするは百も承知です。おいぼれの願いをおききくだされ」
 算盤尽くのような感じがする。
「はあ」
「じじい! テメェ、なにしやがった! このあっやしい模様なんなんだ! またなんかわるだくみしやがったな、このやろう!」
 テッド、そのとおりだよ。けれど、ぼくはおじいさんを責めることはできない。未来の親友として、どうかだまって受け入れてくれないか。ああ、ぼくの願いは届くだろうか。むりかな。むりだろうな。だってきみはいま、おじいさんをタコ殴りしているもんな。もうちょっと大きくなったら、おじいさんの気持ちがわかるときがくるのかな。希望的観測かな。いい子になってほしいな。
 ルーファスの沈思黙考をクレオがぶったぎった。
「坊ちゃん、このままではおじいさんがあまりにも気の毒です。テッドくんを連れてここから脱出しましょう」
 クレオ。つねに冷静なきみは、物語を進める上で非常に重要な役どころだ。
「テッド、許しておくれ。わしはおまえに過酷な運命を(強制終了
「ゆるすわけねーだろーハゲじじい! カコクナウンメイってなんだよ! ぜんぶテメーのスジガキどおりじゃんかよコンチキショー!」
「テッドくん、落ち着いて。とにかく、窓から逃げましょう」
「はい、おねえさん」
 なんとなくずっこけるルーファス。
「テッドを、おねがいします」
 青痣だらけの老人はふかぶかと頭を垂れた。
「やい、じじい」
「……テッド」
「……あとから、くるよな?」
 老人の目に大粒の涙があふれ、こぼれた。
「むろんじゃ。このわしが死ぬわけなかろう。わしをだれだと思っておる」
「ふっ。このオトシマエをつけるまえに死なれてたまるか。ぜったいだぞ、じじい」
 テッドはふいっと顔をそむけて、二階の窓から、とっても軽やかに飛び降りた。
「わたしたちも急ぎましょう、坊ちゃん」
「でも、ここちょっと高いよ。足を折ったらどうしよう」
「そんときはそんときです」
 女性は土壇場で強い。
 クレオの前で尻込みするのはしゃくだった。ルーファスは目を閉じて、えいやっ!と飛んだ。
 ぼふっ。
 藁が積んであるのなら、先に言ってほしかったなテッドくん。
「きゃん!」
 クレオがかわいらしく落ちてきた。
「ごふっ」
「す、すみません! 坊ちゃん」
「ひ、ひや、はいひょうふ」
「あっ、鼻血が!」
「ほえより、はやふ……」
 鼻の骨が折れたかと思った。
 家の裏はなだらかな草原がひろがっていた。すでに陽は落ち、足もとはまったく見えない。腰ほどの背丈の草が、炎に照らされて不穏な朱に染まっている。空を火の粉が不気味におおう。
「村が、もえちゃった……」
 人々の悲鳴は途絶えていた。わずかな数の村人たちはみな絶命してしまったのだろうか。
 呆然と立ちすくむテッドの手をルーファスはとった。
「逃げるよ、テッド」
「わたしたちが来た、あの祠です。そこへ行きましょう、坊ちゃん」
 ルーファスはうなずき、走ろうとした。が、テッドが固まって動かない。
「テッド?」
「しんじゃった」
「……」
「村のみんな、しんじゃった。しんじゃったよ。ぼく、わかる。わかるんだ」
 ルーファスはいたたまれなくて目をぎゅっと瞑った。
 ソウルイーター。まだ早いだろ。よけいなことをテッドに教えるなよ。まだ小さいんだから、少しは考えろ。ばか。
「……行こう、テッド」
 テッドはべそべそと泣きじゃくって、テケテケついてきた。小さな身体は何度も転びそうになり、ルーファスが支えた。気がつくと、テッドの靴が片方脱げている。だが探している時間はない。
「坊ちゃん!」
 クレオの手裏剣が空を裂いた。
 行く手をさえぎった黒い男は、容易くそれをかわした。
「ほう。なかなかよい腕だ、お嬢さん」
「次は外しません。お退きなさい」
「ふん、虫けらどもがよく吠えることよ」
 ウィンディとともにいた男だ。顔色の悪くないほう。つまり、退屈して出ていったペンペン草云々のほう。
 黒いの(仮名)はテッドの背丈ほどもある長剣をきらめかせた。
「わがデスクリムゾンの餌食となるがよい」
 そのかっこいいセリフを言い終わるか、終わらないかの刹那。
 ひゅん。
 プス。
「ウァッチ!」
 思いもかけない相手の放った小さな矢を、黒いの(仮名)はモロに受けた。
 しかも、股間に。
 甲冑が防いでくれなかったら、男性として、かなり痛かったことだろう。
「この……小僧!」
 ひゅんひゅんひゅん。
「わ、を、ん!」
 矢は甲冑にコツコツ当たって落ちた。
 お子さまは怒りに我を忘れて攻撃色に染まり、あらんかぎりの矢をつがえた。
「この、ゴキブリがぁぁああ!」
 なるほど。すばらしい観察眼である。たしかにこの黒いの(仮名)、ゴキブリに見えなくもない。おかしな趣味の甲冑を脱いだらけっこういい男のような気がするのに、惜しい。
 いや、そういうことじゃなくて。
「テッド、あぶない!」
 まがまがしい刃が振り下ろされた。
 ズサッ。
 草を一文字になぎ払い、地面に突き刺さる。空振りだ。
「おそい!」
 ひゅん。
「チイッ、ちょこまかと鬱陶しいガキだ!」
 長剣と弓矢。
 まさかの攻防戦。
 テッドはもう一方の靴を脱ぎ捨てて、裸足で、しゃかしゃかと走り回った。そしてあろうことか矢を回収しはじめた。それを間髪おかずつがえて放つ。
 矢の威力はさほどでもないが、とにかく速い。黒いの(仮名)の剣を喰らったら一撃必殺だろうが、立ち回りで損をしている。
「こぉぉぉぉおおのぉぉぉぉおお、チビィィイ!」
 ルーファスとクレオはまるっきり蚊帳の外。ぽかんと見守るしかない。
「やい、ゴキブリ!」
「ゴキブリいうな!」
「おまえ、目の色が、みぎとひだり、ちがう!」
「それがどうした!」
「ぼくはしっている。それは、じゃがんというんだ。じゃがんのにんげんはあくまだというけれど、それはちがう。ふつうのにんげんもいる。だけどおまえはその目から、ゴキブリの気をはなっている!」
「ゴキブリゴキブリじゃかぁしぃわぁあ!」
「やいゴキブリ、おまえ、にんげんじゃないだろう!」
 テッド、ゴキブリは人間じゃない。虫だ。
「人間でなくて悪かったな小僧!」
「ほらみろ、やっぱりゴキブリだ! あくまめ!」
「くぅっそぉぉおおおおおおおお!」
 ちっこいのの過激な挑発で、ゴキブリ(仮名)はしなやかな金髪を逆立てた。まずい。
「「コロス!」」
 ハモった。
 ボーイ・ソプラノとテノール・ドラマティコ。
 ちっこいのと黒いの(両者仮名)。
 カキィィイーーーーーーン
 矢は剣をわずかにはじき飛ばしてふたつに折れた。
 その、折れた矢の切っ先は。
 プス。
「おうふ」
 飛び出し危険。注意一秒、怪我一生。
 顔色の悪い人から真っ赤な血がどくどくと流れる。
 運のないネクちゃん(仮名)は、天頂に刺さった矢をまったくの無表情でひっこぬいた。
「痛いですねえ」
 いや、こいつ、ぜったいに痛み感じてない。
「じゃまをするな、ネクロード」
「だまれユーバー。いつまでこんなのとじゃれあっている気だ。じじいが森へ逃げた。ウィンディめ、ヒスおこしやがってよ。めんどくさいことになる前に、おれたちも追うぞ」
「ちっ」
 黒いの(仮名)は剣をしまい、「借りはいずれ返す、小僧」と吐き捨てた。
「まじょのパシリもたいへんだな」
 どす黒い渦が見えたのはルーファスの気のせいか。
 黒いの(仮名)は顔色の悪い黒いの(ネクちゃん)とともに去っていった。
「どうしよう、じじいがあぶない」
「待て、テッド!」
 寸前でひっつかむ。
「だって、じじいが!」
 ルーファスはテッドの身体をぎゅむっと抱いた。草むらとお陽さまのにおい。
「いいか、テッド。おじいさんは囮になるつもりなんだ。悪いひとたちは、おじいさんが紋章をもってると思ってる」
「もんしょう?」
「おじいさんが、テッドにあずけた、ソウルイーターだよ。右手の、これだ。村の宝物とは、これのことだったんだ」
「……光ってる」
「あ……」
 ルーファスも己の右手に気づいた。たしかに、ぼんやりと光を放っている。
「おんなじだ」とテッド。
「そう。テッドのこれと、ぼくのは、同じものだ。ソウルイーター。生と死を司る紋章。世界に二十七しかない、真の紋章のひとつだ」
「真の紋章、しってる。絵本でよんだ」
「あれはおとぎ話なんかじゃない。いいかい、テッド。よく聞くんだ。この紋章はとても、とても強い力をもっている。だから、さっきみたいな悪いひとたちが手に入れようと、狙ってくる。でも、そういうやつらに渡ったら、世界はたいへんなことになる。だから隠さなきゃいけない。わかるかな」
「わかるさ。ぼくだって隠された紋章の村でうまれたんだもん」
「テッドはお利口さんだね。それに、とても強いな。びっくりした。さっきの戦いはほんとうにみごとだった。テッドならきっと……だいじょうぶだ」
 声がつまった。
「坊ちゃん」とクレオ。「あとは、わたしが話します」
「はい、おねえさん」
 態度豹変。ちょっと気になる女好きの紋章。
「テッドくん」
 クレオもしゃがんで、目線をあわせた。テッドの頬が薄く染まる。このマセガキ。十年早いわ。
「おじいさんは、あなたを信じて大切な紋章を預けたのだと思うの。だから、テッドくんもおじいさんを信じてほしい。怒鳴りあっていたけれど、ほんとうはおじいさんのことが大好きなんでしょう?」
「うん」
「きっと、どこかで、また会えるわ。でも、村は焼けてしまった。もう、ここにはいられない。またウィンディが追ってくるかもしれない。あの人に紋章を渡してはだめ。ううん、あの人だけじゃない。この紋章は、テッドくん、あなたがもっていなくてはだめなの。逃げるのはつらいかもしれないけれど……どうする?」
「ぼく、がんばる」
「強いのね。えらいわ」
「それほどでも。でへへ」
 野原しんのすけ?【この項目削除可】
「そうだ。テッドくん、おねえさんと約束しましょう」
「えっ、なに?」
「テッドくん。もっと、もっと強くなりなさい。けして負けないこと。それから、この紋章は、だれにも見せてはだめ」
 その約束がどれだけ残酷であるかを、クレオは知っている。ルーファスは泣きそうになった。涙が落ちそうになるのをじっとこらえる。
「やくそくする。ぼくはまけない。ぜったいに、だれにもみせない」
「ありがとう」
 クレオの抱擁。あ、胸。いいなー。クレオの胸にぎゅむっとか。
 御曹司、ちょっとうらやましい。相手があのテッドだと思うとなおさらくやしい。
「坊ちゃん、急ぎましょう」
 クレオはすっくと立ちあがって、ルーファスをうながした。
「テッドくん、祠の場所に案内して」
「うん、こっち」
 闇にまぎれて三人は駆けた。
 遠くにぼんやりとした光が見える。そして人影。
「おーい、早くしろ! 門が閉まっちまう!」
 ビクトールだった。ルーファスはほっとした。
「クマ、生きてた!」
「クマじゃねえ!」
 飛びついたテッドの赤毛をビクトールはやさしく小突く。
「光がどんどん薄れていきやがる。いまのうちに飛びこまねえと、帰られなくなるぞ」
「うん、行こう。テッド、おいで」
 小さい手をにぎって、ルーファスははっとした。
「坊ちゃん……」
 クレオが言いにくそうに口をひらく。
「彼は、こちらの世界の人間です。連れて行っては、過去を変えることになります」
 ビクトールもしかめつらをした。
「だな。それに、チビはあっちの世界に行けるのかどうか」
「おい、クマ」
 テッドが険悪なひとみでにらんだ。
「いたいけな子どもをこんなとこにおいてくっていうのかな? ああ、なんてひどいしうちなんだろう。そんなおとなは、じごくにおちるぞ」
「へっ?」
「テッドくん……」
「おねえさん! いっちゃうの? ぼく、おいていかれるの? やだよ! ひとりぼっちになっちゃうよ! おいていかないで、えーん」
 演技派である、テッド少年。
「テッドを、連れていきたい」
「おにいさま!」
 お兄さま?
「やっぱりおにいさまは、いいひとだった! ぼくはしんじてた! だって、おそろいの紋章をもってるんだもの! ぼくたちはきっと、ぜんせできょうだいだったにちがいない!」
 なんの伏線だ、テッド少年。お裁きか?【この項目削除可】
「でも、坊ちゃん」
「クレオ、ごめん。ぼくはテッドをこのまま放っておけない」
「いっしょうのおねがいだよ! ぼくもつれていってよ!」
 絶妙のタイミングで、究極奥義、炸裂。
 奥義の本質を軽視している未来のテッドに見せつけてやりたい。
「……わかりました。やってみましょう」
「ほら、行くぞ。ちび」
「おいで、テッド」
 テッドはみりみりと笑顔になった。
「わーい!」
 乗せられたかも。と思ったのは一瞬で。
 圧倒的な光につつまれた。
 右手があたたかい。テッドのぬくもりだ。
 小さな、とっても小さな手。
 しっかりと握っている。
 しっかりと。
 テッド。
 ――。
(おにいちゃん)
 急速に収縮する光。
 暗い。
 ひんやりとした空気。ぽたり、ぽたりと水のしたたる音。
「おい、どうやら戻ってきたみたいだぞ」
 ビクトールの声が反響する。
 そこはクロン寺の地下洞窟であった。
 クレオが口に両手をあてた。ルーファスを凝視している。
 彼は深くうなだれたまま、動かなかった。
「……握っていた」
 長い沈黙ののち、ルーファスは押し殺すように言った。「握ってたんだ。ずっとだ。ずっと……」
 キルルルルル。
 ルーファスはかすかに、その音を聞いた気がした。
 キルルルルルルルル――。
 消えていく。闇にとけるように。
 手をのばす。とどかない。
 淡く、やがてひっそりと、笛の音はやんだ。


2012-07-12