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フラグメント

_#1 テッド

 みんな、光のなかに消えた。
「いっしょに行きましょう、テッドくん」
 あのやさしそうな女のひと、そう、言ったのに。
 つないだ手が、離れた。なにか知らない力で離された。光がぼくを拒絶したような気がした。「おまえは、だめだ。行ってはいけない」
 ぼくだけ、ぼくだけ残された。
 おいていかないでよ。いっしょにつれていってよ。
 いっしょうのおねがいだよ。
 かみさま、いっしょうのおねがいです。ぼくをひとりにしないでください。
 たすけてください。かみさま、ぼくをおいていかないでください。

_#2 ルーファス

 「受け入れろ」だなんて言われても。
 僕は右手を握った。テッドが預けてくれた「それ」を確かめるように。
 あのフッケンとかいう住職に比べたら僕なんてまだまだガキだ。なにもわかっちゃいない。過去は変えようがないということなんだろう。だけど。
 だけど、テッドのことは過去のことだからあきらめろ、それを受け入れろと言うなら。
 いやだ。僕はあきらめない。
 そんなことは、受け入れない。だって、テッドは生きている。きっと生きて、僕を待っている。

_#3 テッド

 おねがい。僕にかまわないで。
 生きていくだけのパンがあればいいから。
 だれも僕のちかくによらないで。
 だいすきな人たちが、「死神」だなんて叫ぶのを、もう僕は聞きたくない。

_#4 ルーファス

 父が連れてきたあのテッドという男の子。
 自慢じゃないけれど僕だって友だちは多い方じゃない。帝国六将軍のひとりを父に持つと言うだけで僕はいつでも特別扱いだったし、それにグレッグミンスターに住む僕ぐらいの子たちは、解放運動が盛んになったあたりからみんな僕に近づくのをやめたみたいだった。
 父は僕を不憫に思って適当な男の子を連れてきてくれたのだろうか。いや、そういうことをする父ではない。それに、あいつ。テッド。
 何を考えているかわからない。
 はじめて会ったときはぼーっとして、僕にあまり興味があるふうじゃなかった。
 父はこの家にいっしょに住まわせるつもりだったのに、おいつはいやがって、結局うちから数ブロックほど奥の質素な空き家で妥協したんだよな。
 呼べば食事には来るけれど、用が済めばぷいっといなくなる。
 正直、父がどうしてあんなやつに構うのか、理解できなかったんだ。
 だけどさ、ちょっと意外だったよ。あのときさ。
 テッドがあんなに楽しそうに笑うやつだったなんて。

_#5 テッド

 巨大な光のかたまりが、俺たちを呑みこもうとしたもうひとつの禍々しき光を包むのが見えた。そして、悲鳴? あれは断末魔の叫び。誰の? ――誰のでもない。
 俺は、生きていた。全身にびっしょり汗をかきながらも。さっき、確かに「死」は目前にあったはずなのに。だが何があった? 俺は生きている。そしてみんなも。
 その理由は甲板に倒れている少年だった。リノのおっさんが駆け寄るのがわかった。誰もひとことも発しなかった。誰もが一瞬で気づいてしまったのだ。少年がみなを守って神に召されたことを。
 リノが叫んだ。悲痛な叫びだった。俺は身じろぎもせず、それを見ていた。

 新たな時代がはじまる。
 ここで俺がやるべきことは、もうない。群島諸国にはもう来ることもないだろう。
 彼の左手の紋章はその役目をひとまず終えたらしく、彼とともに長い眠りについた。みなが口にする百八の星の伝説など俺は信じないけれど、彼は最期に自分の力で伝説と同じことををやってのけた。
 すごいヤツだな。
 いつか俺も、ああいう終わらせかたを選べるのだろうか。
 ――まあいい。いまは考えまい。
 船の旅もけっこう楽しかったしな。
 そんなことを考えながらも俺は、後ろをついてくるあの男の存在に気づいていた。
 無視をするかわりに、俺は拒絶もしなかった。

_#6 ルーファス

 テッドの身になにがあったかなんて、僕には考える余裕すらない。
 なにが、一生のお願いだ! どうしてそんなひどいケガをしているおまえだけ残して逃げられるんだよ。どうしてそんなことをお願いするんだよ。ばかやろー!
 石畳につまづきそうになった僕をグレミオがとっさに支えた。グレミオも僕もずぶ濡れだった。冷たかった。クレオが背中にやさしく触れるのがわかった。
「テッドくんを信じましょう」
 うなずいた僕の目に、水たまりの一角が赤く染まっているのが映った。
 僕を信じて頼ってきた、テッドの流した血。
 わかった。おまえの一生のお願い、聞いてやる。
 そのかわり、僕の一生のお願いも聞けよ。頼むから。頼むから、無事でいて!
 神様、一生のお願いだ。テッドをこれ以上傷つけないでくれ。

_#7 テッド

 ルーファス、ごめん。おまえだけは、おまえだけには、俺と同じ思いはしてほしくなかった。
 だけど、これしか道はなかったんだ。ごめんな。
 俺がこれからすることを、許してほしい。
 これがほんとうの、さいごの、一生のお願いだ。
 ありがとう。ルーファス。
 俺のたったひとりの親友。

_#8 テッド

 かみさま、ありがとう。
 おねがいをきいてくれて、ありがとう。

_#9 ルーファス

 僕が身を投じた解放戦争は終わりを告げた。
 なんのための戦争だったのだろうと思うときもある。ふだんそれを考えまいとしているのは、自分のおこないを正当化したいためでもある。たくさんの命が失われたのに、僕が率いたことは正しい道だったのだと思いこむために、僕はわざと笑んでみせる。
 いま、僕の右手にはソウルイーターがある。僕の右手にはテッドの魂がある。
 僕の道は正しいんだと最期に笑ってみせたテッド。
 僕の記憶の中のテッドは、そういえばいつも微笑んでいる。
 僕といっしょにいて、何がそんなにしあわせだったんだろう。
 きみのはじめてのお願いを、僕は聞いてあげられなかったんだよ。きみの三百年ものひとり旅を黙って見送ったのは僕だ。気づいちゃいるまいけれど。
 それなのに、きみは僕の旅のはじまりに、いっしょについてきてくれようとしている。
 テッド、僕はいますごく苦しいんだ。右手のこいつを抑えこもうとするたびに、自分が自分でなくなるような気がする。それがすごく怖くて、僕はむかしみたいに笑うことができなくなってしまった。
 いまはきみとそうしてきたように、あの楽しかった時間のように、釣りをしたり、木陰で昼寝をしたりのきままな日々だけれど。世界はまた戦いの匂いがしているし、僕はまた右手のこれが僕を戦いに呼ぶような気がして、眠れなくなるときもあるんだ。
 そんなときに、テッドのことを考える。テッドならどうするだろうって。

_#10 ルーファス

 テッドがいなくなって三年が過ぎた。
 テッド。僕は決めたよ。
 僕は世界をこの目で見てみようと思うんだ。テッドがそうしてきたように。
 テッドの見た海。テッドの見た空。テッドの見た時間。
 その旅の先で、きみはきっと待っていてくれると信じてるから。


2004-11-23