教会の鐘がまた夕刻を告げる。
鐘は朝と昼と夕に鳴る。人の営みがあったころ、それは日常という時の流れを退屈に統べていたにちがいない。
鐘の音で寝床から起きだし、鐘の音で仕事を終える人々のいたころには。
音色もいまより寂しげでなかったにちがいない。
そして人々が去った今も鐘の音だけが残る。
いまは何者が撞いているのかぼくは知らない。
誰のために鳴るのかなどと問う気持ちもない。
正確に朝、昼、夕。このごろではぼくの日常のリズムにもなっている。
ほぼ三月ものあいだ、この地に人の気配はなかった。それはぼくにとって幸いなことだった。
北へ、南へ、東へ、西へ。どちらに歩いていったとしても人の匂いには遠い場所。小さな町のなごりだけがここにある。訪れる者はこの先もないだろう。
無性に人を避けたいと思ったことは何度もあった。けれど、ほんとうにこんな感じに何ものからも隔絶して生きたいと思ったのははじめてだったから。
だからぼくは、やっぱり幸運だったんだ。
自分の「家」がふたたびからっぽになった日、ぼくは旅の途中にいた。
尊敬していた父。ぼくの理解者であったグレミオ。姉のように慕ってきたクレオ、時には怖いときもあったけれど頼りがいのあるパーン、そしていつもいっしょに笑っていた親友。
もう、誰もいない。いなくなってしまった。
逝ってしまった。みんな、みんな。
覚悟はできていたと思う。でも、自分だけが取り残されていく寂しさは抑えようがない。
すべての人をごまかすことができても、自分の心だけはごまかせない。
鐘の音が───
自分のために鳴るのならいいのに、と思った。
失ったものの多さに心病む無力なる友に、せめてもの慰めに、夜を安らかに迎えられるよう。
サウダージ(Saudade):
郷愁、未練、孤独、惜別の情……
2005-02-07