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ルーファス

 星になったおまえ。
 そこから、ぼくが見えるかい。
 いまぼくは、しっかりと歩けているかな。
 目をそむけずに、耳をふさがずに……ってわけには、なかなかいかないけど。
 なあ。どうだ、親友。あんがいぼく、がんばってるだろ?

 クレオの反対を押し切って、生まれ育った豪邸を離れた。お目付役なしの生活は、意外なようだけどこれがはじめての体験だ。
 さすがに気分が高揚するというところまでは至らない。だけど、沈みがちだった心が少しだけらくになった気がした。とりあえず、グレミオが生きていたら卒倒したのは間違いなしだ。
 なにも意地を張る必要はなかったとは思う。おそらく周囲が気を遣って、よいようにはからってくれたにちがいない。
 後見人を引き受けてくれたレパントも、こうと決めたら一途だが、最後の最後では無理強いをしない男だ。実の息子とぼくと、美人の細君には弱い。渋る旦那をぴしっと一喝してくれたおかげで、ぼくは国のトップになることをまぬがれた。
 べつに大統領の地位を遠慮したわけではない。分不相応な肩書きならすでに転売できるほど持っている。要は、興味がなかっただけの話だ。
 名前を冠するだけなら、皆が納得するようにしてくれたらいい。ただし、いまのぼくは無気力のかたまりのようなもの。期待をされても応えることなどできない。新制トラン共和国のために働けといわれても、本人にその気がないのだから。
 断ったとしても、いままでのように一般市民としてひかえめに暮らすというわけにはいかないだろう。自分はふつうの子どものつもりでいても、まわりにとってはそうじゃない。
 ぼくはグレッグミンスターにいるかぎり、トラン革命の英雄としてまつりあげられる。
 それはしかたのないことだと思う。英雄なんて呼ばれ方はもちろん不本意千万だ。だけど市井の人々が赤月帝国時代のしがらみを捨てて立ちあがるためには、英雄の存在はどうしても必要なのだとレパントはいう。
 だれかが歴史に名を記さなければ、国は光り輝かない。ぼくはトランにとっての希望なのだという、そういう理屈。わかってる。けれど。
 昼も夜もそれこそ四方八方から聞こえてくる歓声。
 ”英雄! トランの英雄!”
 否定できたらどんなに気が晴れることか。いかほどの重圧に耐え、にこにこと笑っているのかをすべての国民に訴えてやりたい。笑顔が気品あるだって? いったいどこを見ているんだろう。ぼくが一度でも本心から笑んだことがあるか?
 ぼくはずっと、仮面を被っていた。いまにはじまったことじゃない。目的のためには、自分を殺すことが必要不可欠だったからだ。
 ルーファス・マクドールはなにを考えているかわからないとときどき言われる。当然だろ。他人ごときにそうかんたんに理解られてたまるものか。
 ぼくにだって年相応の心をもっている。亡くなった両親や、大切な人々が恋しくてたまらない。グレッグミンスターという場所は、思い出がたくさんありすぎだ。
 楽しい思い出ばかりがしみついた古風な石畳や美しい白壁。ぼくの生まれ育った、黄金の都。
 この街のために貢献できることはなによりのしあわせだ。それはぼくの幼いころからの夢だった。故郷を愛しているから、グレッグミンスターが大好きだから、恩返しがしたかった。
 古い記憶が美しければ美しいほど、ぼくは責め苛まれる。
 生涯仕えようとした国は、滅んだ(ぼくが滅ぼした)。
 父がいない。
 グレミオがいない。
 テッドが……いない。
 なのにグレッグミンスターだけが、黄金の都と賛美された昔のままなのは、どういうわけだ。市場には威勢のよい声がひびき、市民は建国の喜びをたからかに謳う。
 なにがそんなに嬉しいんだろう。
 なにがそんなにめでたいんだろう。
 たくさん人が死んだのに(ぼくが殺したのに)。
 どうしてみんな笑っているんだ?
 ぼくはすっかり混乱して、傍目にも異常な状態だったらしい。
 ぼく自身は自覚していなかったし、察したクレオが声をかけてくれなければ、だれにも看取られず崩壊してしまうところだった。
 思い出に翻弄されるのがいけないのだと、ぼくは思った。
 グレッグミンスターから距離を置くことを決めたのは、そのためだ。
 誕生と引きかえに母の。そして父の、グレミオの、テッドの、オデッサさんの命を奪って生きながらえた自分。そこまでして生かされることに価値をどうしても見いだせないのに、そんなぼくが英雄だなんてチャンチャラおかしい。
 幼いころからの習慣だった日記もつけるのをやめてしまった。きのうはきょう、きょうはあした、あしたはずっと先の未来、変化もなく過ぎ去る単調な日々ばかりを綴る行為に、なんの意味がある。
 古い日記はすべて部屋に残してきた。片づけようとも思ったが、やめた。感傷というものだ。何年かして持ち主が帰らないとわかれば適当に処分してもらえるだろう。
 もうひとつ、テッドの肖像画を描いて壁に貼ってきた。半分は感傷、もう半分は当てつけのつもりだ。
 いまはグレッグミンスターからほど近い、バナーの村というところにいる。
 交通の要所から離れているため、旅人もめったに立ち寄らない。ぼく自身もはじめておとずれた、へんぴな村だ。
 テッドが旅をしてきた痕跡も、ここには残されていなかった。
 だから、身を寄せた。
 テッドとの思い出は、できるだけ遠ざけたほうがいい。ふたりっきりで行ったサラディや、最後の旅となったロックランドからも。
 ほんとうはトランのどこへ逃げてもテッドの記憶がまとわりついてくることにかわりはない。この地上に逃げる場所などどこにもありはしないのに。
 テッドも逃げて、逃げて、逃げてそれでも追いつかれた。
 それにくらべたらぼくなんてまだましなほうだ。
 ぼくはこんなにも大勢の人たちに大事にされて、弱音を吐くことも許してもらえる。
 けれどもその幸運にひたっていちゃいけない。
 縁は自分から断ち切らなくては。
 少しずつ。けれどもいつかは、完全に。
 トランの歴史にルーファス・マクドールの名を残すかわりに、ぼくの記憶は風化させなきゃならない。
 ぼくを憶えている人たちは、やがて死んでいく。クレオも、パーンも、ともに戦った仲間たちも。子孫は連綿とつづくのかもしれないけれど、百年後の人たちは誰ひとり、ぼくとの思い出をもってはいないはず。
 寂しいけれども、それを思うととても心休まる。
 忘れられることの奇妙な安心感とでもいうんだろうか。
 テッドも、ほっとしたんだろうな。きっと。
 ぼくにとっては、すべてこれからのこと。永遠にも近い、未知のこれから。
 急がない。急いでもしかたがない。けれどもしっかりと守っていく。
 手放しはしない。テッドの記憶とソウルイーターは。
 この命にかえても(矛盾? それでもいいさ)。
 ”英雄”が隠遁していることを、バナーの村ではほんのひとにぎりの者しか知らない。
 わずかな協力者たちは口を閉ざして、そっと見守ってくれている。
 なのに馬鹿なぼくは、その好意すらも皮肉ることしかできないらしかった。
 ぼくが”英雄”だって?
 教えてくれよ。ぼくがいったいなにをしたというのさ。
 ほんとうに勇気があったのは、まわりの人たちだった。歴史を動かして不可能を可能にしたのは、死んでいった人たちだった。
 声をあげたのはオデッサさんだ。報復を恐れて沈黙を守る偽善者たちを、彼女は糾弾した。
 国家に殉じたのは父さんだ。信念を貫き、そのためには実の息子を手にかけることも厭わなかった。
 だれよりもぼくを愛してくれたのはグレミオだ。ぼくを守るためにその身を盾とした。
 もしも英雄と呼ぶのならば、ぼくではなくテッドに向けてほしい。気の遠くなるような長い長い時を、テッドはソウルイーターを守るためだけに生きた。
 そう、テッドは、必死で生きたんだ。ぼくが、なあんだ生きるのなんて簡単じゃないかと、与えられたぬるま湯の中で笑ってた、そのときも。
 わかるだろ。ぼくだけがなにもしていないってこと。
 姑息な手口をつかって、首尾よく生きのびただけだ。最低の臆病者だからこそ、それができた。
 ほら、見て。
 ぼくの手のひら。
 おびただしい血で染まっているだろ。
 ごしごし洗ったのに、おちないんだ、これ。
 何百人、何千人、何万人の怨念がしみついてる。
 この汚れはもう、ずっと消えないような気がする。
 たくさんの価値あるものを、ぼくはこの手でひねりつぶした。
 そのときに付着した血だ。
 この手を汚したとき、たしかにぼくはなにも知らない子どもだった。
 けれど、知らなかったというのは弁解にはならない。
 無知であることの愚かさ。それをひとつ暴くごとに、ぼくは気が狂いそうなほどの罪悪感に苛まれる。
 無知を恥と認識したことすらもなかった。表向きは媚びへつらいながら、陰で嘲笑っていた者たちもいただろうに。
 マクドール家の子息、帝国五将軍テオの一人息子、文武に恵まれた期待の星。能力にはまるで関係のない無責任な賞賛をまんま鵜呑みにして、そんなものを自分の可能性と勘違いして、ちやほやされるのを当然の権利だと信じて疑わない、しあわせな坊ちゃん。
 それが、昔のぼくだった。
 そういえばテッドにも言われたことがある。
 ”さすがお坊ちゃんだな。ゾクゾクするくらいなにも知らない”
 かっとなって殴りかかっていったのは、図星だったからだ。
 いまはもう、マクドールという称号は過去のものになってしまった。
 名を手放したといえば聞こえはいいけれど、実際の経緯はいわゆる成り行きというたぐいのものだ。
 ぼくはなにひとつ、自分の意志では決めていない。
 だいじな場面に遭遇すると、すぐに目をそむけ、耳をふさぐ。
 もっと適任のだれかが、かわりにやってくれるのをじっと待つ。それが、ぼくだ。
 オデッサさんが血を吐きながらぼくに託そうとした末期の願いにも、できないと首を振った。しまいにはぎゅっと目をつぶって、オデッサさんを視界から閉めだした。
 オデッサさんの”一生のお願い”だったのに。
 ぼくはその重みを背負うことを恐れて、拒んでしまったんだ。
 かわりにつらい役目を遂行してくれたビクトールのことも、少し恨んだ。
 なんて、醜いんだろう。
 生きていく価値なんてどこにもない。
 もっともっと生きなくてはいけなかった人たちがいるというのに。
 逆になればよかった。
 けれど、死ぬところを想像すると身がすくむ。
 ソウルイーターは獲物の魂を、やさしくもぎとってなどくれない。
 できるだけ残酷に、断末魔の苦しみを味わわせて、恍惚と魂を奪ってゆく。
 まるでぼくに見せつけるように。
 時にはぼくの腕のなかでその作業を行う。
 冷静に見送ることなんて、できるわけがない。
 テッドだって、
 ほんとうはすごく、すごく苦しかったと思う。
 たすけてって叫びたかったんだと思う。
 即死させず、時間をかけて弄ぶのなら、ぼくがその役目を横からかっさらって、ひと思いに断ち切ってやろうとも考えた。
 それを思いとどまったのは、テッドが見えない目でぼくを見て、笑ったからだ。
 伝えたいことがあるから、早まったマネはしてくれるなよ。そう、願ったからだ。
 その瞬間、ぼくは覚悟をきめた。
 今度こそ、目をそむけない。
 どんなにつらくても、ぜったいに、耳をふさがない。
 ぜんぶ見て、すべて記憶するんだ。
 この記憶はきっと、過酷な足枷になる。けれどもぼくはこれを背負っていかなくてはいけない。
 今日という試練を受けいれるために、ぼくは過去に遡って小さいテッドに巡り逢ったのかもしれないのだから。
 継承がけして偶然や成り行きなどではないことを知るがよいと、大いなる力がぼくを三百年前に導いたんだ。たぶん、そうだ。
 テッドが受けいれたものと同じ、恐るべき運命をつきつけて、”さあ、次はおまえの番だ”と。
 神さま。
 ひとつだけ、教えてください。
 運命とはあらかじめ決められたものではないのですか。
 なぜぼくを、試そうとするのですか。
 どうしてべつの道を用意するのですか。
 こんなに無力なぼくでさえも、意味なきものではないから?
 テッドの人生にはたしかに大きな意味があった。だけどぼくはテッドの足元にも及ばない。ぼくはこんなときでさえも、なにもできない、大ばかだ。
 にっこりと笑って安心させることも、傷みをやわらげるために手をあててやることも。
 頬がこわばる。
 指がこわばる。
 糸でからめとられたように、ぴくりとも動かない。
 時間だけが刻々と過ぎていく。
 なにをやってるんだ、ぼくは。
 テッドの顔が涙でぼやけた。
 死に瀕している親友の顔を目に焼きつけようとしているのに、ぼたぼたと落ちるしずくが意地悪くさえぎった。
 テッドは無理に口もとをほころばせて、”泣き虫”と言った。
 泣き虫で悪いか。
 おまえだってあんなに泣いていたくせに。
 ”いっしょうのおねがいだよ、ぼくもつれていってよ”
 べそをかいてすがったくせに。
 おまけに鼻水だって垂れていたくせに。
 テッド。一生のお願いだ。
 ぼくも連れていって。
 ぼくをひとりにしないで。
 だけど、それは口にしなかった。
 ぼくは唇を噛んで、喉まででかかった言葉を必死に押し殺した。
 くしゃくしゃの顔がどんなにみっともなくても、テッドが望まないことはぜったいにしないと。
 テッドの身体は死に抵抗して高い熱を発しているけれど、もうすぐ、冷たくなってしまう。
 ヒマワリのような笑い顔にも、自信に満ちたふてぶてしい声にも、もう二度と会えなくなる。
 どうしてぼくではなく、テッドが死ななくちゃいけないの?
 答えは、わかっていた。
 テッドが望んだからだ。
 命令する権利はぼくにではなく、テッドにあった。
 この運命は、さだめられたものなんかじゃない。
 テッドが選び、ぼくが認めた、たくさんある未来のひとつだ。
 どんなに悲しくても、それだけは真実なんだ。だからぼくたちは、誇りをもっていい。
 右手がずきずきと激しく疼く。
 捕食している。テッドの魂を。三百年連れ添った少年を。まるで卵から孵ったヒナが抜け殻をついばむように。
 苦しめて、苦しめて、それが最高のご馳走だといわんばかりに。
 それなのにテッドはぼくを心配させまいとして、言葉をつむぎ、ほほえむ。
 残酷なまでの苦痛を代償にしても、テッドはやめない。
 神さま。
 さっきの問いには答えてくれなくてもいい。そのかわり。
 お願いだからテッドに、もういいよといってください。
 テッドを許してあげてください。
 ぼくの祈りは涙に形をかえて、堰を切るようにあふれた。
 伝えられることがあるはずだ、とぼくも思った。生きてくれてありがとうと、いつまでも親友だと、大好きだよと。
 死なないで、と。
 ――なにひとつ言葉にならなかった。
 いやだ。
 お願い、時よ、止まって。
 テッドはぼくの願いをみんなかわして、最期の言葉を、口にした。
 あまりにも難題で、  とてつもなく自信過剰で、
 これ以上ないほどテッドらしい、”一生のお願い”。
「ルーファス、おれのぶんも生きろよ」
 そしてテッドは、眠るように目を閉じた。
 ぼくは気づいてしまった。
 指が拘束を逃れたように動いて、頬に触れた。
 おでこに移って、明るい色の髪をかきあげた。
 ぼくの、たったひとりの親友。
 もう、目覚めない。
 右手がふたたび瞑目する感覚と同時に、新たな力が体内に宿るのがはっきりとわかった。
 最後のひとつを、いま、継承した。
 テッドとぼくの魂が、ソウルイーターの力で結びついたんだ。
 亡骸を横たえて、ぼくは立ちあがった。
 後ろは振り向かなかった。
 泣きわめく前に、やることがあったから。
 ミリアさんやフリックは、冷たい子どもだと思ったにちがいない。
 あのときぼくは自分でもびっくりするほど、冷静だった。
 無意識に感情を殺したのかもしれない。
 涙はいつのまにか、渇いていた。
 あの夜からぼくは、ただの一度も泣いていない。
 涙の流しかたを忘れてしまったような感じだ。
 感情をほころばすと、罪悪感がしてやったりと隙をついてくる。
 あんなことになる前に、すべてをかなぐり捨てて逃げることだってできたはず。
 逃げたら終わりのない自己嫌悪の連鎖がぼくを苦しめていただろう。あの時もしああしていたらとウジウジ悩んだあげく、だれかになぐさめられてはその人を逆恨みする。底辺の自分が際限なく腐乱するだけである。
 けれども保身のためならば、そのほうがはるかに賢い選択だった。
 テッドもあんなむごい死にかたをせずにすんだかもしれない。
 ごめん、テッド。
 きみだけをつらい目に遭わせた。
 花の一輪も手向けられずに、ごめん。
 いつか必ず、きみの歩いた道をたどる。
 おまえの魂、いっしょに連れて旅をするからな。
 果てることのない、呪われた生。だけどぼくは知っている。いまぼくの右手に宿るもの。テッドが託してくれたそれこそが、まぎれもない真実だということを。
 ぼくは何度でも思い出すんだろう。
 そして、哀しみに身を焦がすんだろう。
 ぼくの中に刻まれた、テッドという名の少年。
 ふわふわとした赤毛、トンビのような色の瞳、茶目っ気たっぷりの表情、多く見積もってもあきらかに足りない背丈、よく回る小憎たらしい口。
 博識で、ちょっと下品で、なにかにつけて大袈裟で、計算高いけど、どこか抜けている。
 寝ることと高い場所が大好きで、しょっちゅう木の上でウトウトしてるけど、たまに落っこちて悪態をつく。
 テッド。テッド。テッド。
 はじめてできた、ぼくの親友。
 テッドの笑顔、テッドがひた隠しにしてきた秘密、テッドの決断、テッドの一生のお願い、テッドの――死。
 右手が、重い。
 肩からちぎれそうだ。
 テッドが生涯をかけて守ろうとしたものの重み。
 そいつの恐るべき正体を身をもって知ったときもぼくはテッドを恨みはしなかったけれど、心のどこかで思ったはずだ。こんなはずではなかった、と。
 ぼくだって人間だ。できることとできないことがある。
 紋章を預かったのは、切羽詰まったあの状況ではそれしか方法がなかったから。たしかに押し切られた雰囲気もあったけど、ぼくにできることはテッドの頼みをきくことくらいだった。
 抵抗勢力のリーダーだったオデッサさんの遺志を継いだのも、似たような経緯だった。
 ひどく難しいけれど、もしかしたらできるかもしれない。あるいは、それしか方法はない。できることをしようと、ぼくはそれを承諾した。
 頼まれて、ウンという。ぼくのやりかたはいつだってそう。ぼくの頭で考えたわけではない。それを証拠に、マッシュ軍師だって逝ってしまったじゃないか。群議を人まかせにした、ぼくのせいだ。
 できることとできないことを振り分けるだけが、ぼくの仕事だった。思えばものすごく怠惰な人生だ。
 ソウルイーターが手元に残されたのも、予定外のできごとだったけれど。
 それに関してはできるもできないもない。ぼくしか受けいれられる者はいない。
 自主的でないからといって、臆することなどあるものか。
 テッドのようにうまくはやれない。飄々と渡り歩く姿など、はるか遠い未来の話かもしれない。それでも。
 時には世界から目をそむけたり、耳をふさいだりしても。
 過去のできごとや、ぼくを置いてきぼりにしたテッドを恨むときがあったとしても。
 ぼくは、生きる。
 テッドが歩むはずだった道を、テッドのかわりに、歩いてみせる。
 醜くても、滑稽でも、不様でも、愚かでも、疫病神と呼ばれても、自分自身幾度病もうとも、だれかをふたたび犠牲にする日がきても。
 北の大地にまた、きな臭い匂いがただよっている。
 火の粉はトランにまで降るのだろうか。
 人は欲望を叶えるために戦う。平和を願うことも欲のひとつだ。欲は例外なしに罪を生む。けれど人はそれなしでは生きていけない。
 罪も、死も、忌み嫌われる。だけどこの世からけして消えてはならないもの。
 ソウルイーターが招く悲劇も大局では必然であると。
 だれかが身を犠牲にしなければならぬというのなら、その役目、どうぞこのぼくに預けてください。
 ぼくには価値などなくていいんだ。
 ただ、生きる理由が、ほしい。
 すべては親友との約束を守るためだ。

 テッド。
 ぼくは、きみの願ったとおり、歩けているか?


2007-01-03