「わあ、よけろ!」
その叫びが脳味噌に届くより先に、落ちてきたのは植木鉢。
バンダナのしっぽをかすり、衣服のすそをかすり、ルーファスの足元で小気味よい音とともに砕け散った。
ぶちまけられた中身はこんもりと靴の上。
「あちゃー」
切迫感のない暢気な声もあとから遅れて降ってきた。
なにはともあれ、足が栄養分を吸って発芽するまで黙っているのも癪なので、腐葉土の山から引き抜くことにする。いろいろと突っ込みどころの多そうな事態だが、将軍家の坊ちゃんはなにごとも冷静に対処するのだ。
ああ、こないだグレミオがしあわせそうな顔をして寄せ植えしていた白い花がこんな無惨な姿になって。
(頭上から)「あー、ま、カタチあるもンはいつか壊れるっていうしなー」
しかもこれ、あまりにも殺風景だからってテッドの部屋の窓に飾ってくれたのにな。あーあ、テッドらしいや。水もやってる感じじゃないし花殻も摘んでない。
(頭上から)「落ちちまったもんはしかたないよなー。しかたがない、シカタガナイ、っと」
いますぐに植えかえてあげたら息を吹き返すかな。
(頭上から)「あーあ、はらへった」
ブチ(説明するまでもなく血管の切れる音)。
「ケガはないか?くらい言えないのかよこのデコ助!」
将軍家の坊ちゃん、あんがい気が短いようである。
二階の窓でへらへら笑っていたテッドは、まるでたったいま気がついたかのように(たったいま気がついたんだろう)、思いっきり心配そうになった。
「おお、そういや大丈夫だったか。ケガはないか」
「おそいんだよ!」
ここで沸騰している様子から察するに、まだまだ節度ある坊ちゃんとしての修業が足りないと見える。もっともテッドという野生の見本と相方になった時点から修業は放棄気味だ。しかたがない、シカタガナイ。
士官候補としてこれでよいのだろうか(カンケーねーよ/テッド談)。
「めんご、めんご」
なんてちっとも反省していない謝罪を適当に献上すると、あろうことか今度は本人が降ってきた。
「どっせい!」
「階段使え───────!」
テッドは着地に少しばかり失敗して尻餅をついたが、自業自得だから同情しない。このまえも木から飛び降りているのをルーファスは目撃したけれど、ただ単に面倒だからそうしているようにしか見えないので、これも個人の自由なのだと学習した。
「あーあ、木っ端微塵だ」
おまえがやったんだろうが(正論)。
「でもま、コイツは平気だよな」
テッドは腐葉土にまみれた花を、根のところを崩さないように丁寧に取り除き、立ち上がった。
「どうするの、それ」
「そこの土手に植えてこようかな、なんて」
「植木鉢ならまだ空いてるのがあるよ」
「要らねーよ」テッドは笑った。「狭い鉢じゃコイツも息苦しいじゃん。第一雨も当たらないし、風も吹かないしさ。土手に植えたらコイツは強い花だから、いっぱい増えるぜ」
ルーファスは目をぱちくりした。なんだか少し、意外だった。
「それ、なんていう花なの」
「ペチュニア」
テッドは、教えてくれた。
テッドの部屋が一階か二階か忘却しました。
2005-11-17