雪代をたっぷりと含んだ水は芽生えたばかりの若緑を映してミルクソーダのようだった。微かに聞こえていた滝の音がいまはもう、すぐそこでごうごうと轟いていた。
肌から浸透して体内を潤していくひんやりした空気を楽しみながら、ルーファスは傍らの親友に笑顔を投げかけた。親友もまた、清涼な香りのするフィトンチッドを胸いっぱいに吸い込み、しあわせそうな顔をした。
汗ばんだ身体も、歩き続けた疲労感も、大自然のなかにあればさほど苦ではなかった。人の手の及ばない大地の懐は、どんな宿屋よりも旅人たちを深くやさしく癒してくれる。
突然、森の奥で甲高いキキキッという声がした。目を向けると、グレッグミンスターの中央広場ほどもあろうかという広い淵で、一羽のミサゴがホバリングしていた。
「魚を狙ってるのかな」
ルーファスは興味津々で淵に近づくことを親友に提案した。親友は人差し指を口にあて、「シッ」のポーズをとると、悪戯っ子のように身を潜めた。
黙って観察しようということらしい。
ルーファスも真似てしゃがみ込む。ミサゴは空中の一地点にまるで魔法のようにとどまりながら、そのチャンスを狙っていた。狩りをする鷲鷹の眼だ。
なかなか舞い降りない。瀬に行けばもう少し簡単に小魚を捕まえられるだろうに、ターゲットと決めた大きな獲物から意識を反らそうとしない。
生きるための本能なのか。
それは水の中の魚とて同じ。
生きるために餌を狩り、喰う。だが自分も狩られ、喰われるかも知れない運命である。概念的に言えば食物連鎖ということだ。分解されたものは有機物となり、そこを経てやがて水になり、二酸化炭素になり、この世界を循環していく。
死は生になり、生は死になる。
それが、真理。
息を呑む間もなく、ミサゴが急降下した。鋭い嘴にキラキラ輝く銀の鱗。
「やった!」
ルーファスは胸がドキドキするのを抑えきれず、歓声をあげた。
ほんの小さな生と死の交差。
ありふれた出来事なのに、こんなにも感動させるのはなぜだろう。
こんなにも切ないのは……なぜだろう。
その答えを求めるかのように、ルーファスは親友を振り返った。
ざわざわと樹が鳴った。
いつも、そうだ。
大切なことを訊こうとすると、いなくなる。
静かに微笑んでいるその気配だけを傍らに残して、ふっと消えてしまう。
テッド。
ぼくは────どこへ行けばいい?
2005-11-04