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#39【わらしべ長者】

 むかしむかし、あるところに、全身ビンボくさい少年が行き倒れていました。
 旅の途中らしい少年は、水も食料もお金ももっていませんでした。どうやら追いはぎにぜんぶまきあげられてしまったようです。たったひとつ残されたもちものは、右手の紋章だけでした。
 それこそが是が非とも引き取ってもらいたい大荷物だったのに、世の中とは無情なものです。
 かわいそうな少年に手をさしのべる者もなく、人々は眉をひそめて通りすぎました。戦争がこの国を貧しくし、みんな自分のことでせいいっぱいだったのです。
 おなかがぺこぺこで、少年は動くこともままなりませんでした。たすけを求める声もかれ、少年は疲れ果てて眠ってしまいました。
 夢の中で、白いローブをまとった女の人(※レック○ート)が少年に話しかけました。
「目がさめて、いちばんはじめにさわったものを大事にしなさい。あなたにとってなにがいちばん大切なのか、きっとわかるでしょうから」
 はっとして目を開けると、右手がしっかりと一本のわらをつかんでいるのに気づきました。
 このまま地べたに寝転がっていても死を待つばかり。少年は重い身体をよろよろとひきずって、ふたたび歩きはじめました。
 夢のお告げを信じるわけではありませんが、右手のわらはなんとなく捨てる気になれなくてそのまま持っていました。
 すると、一匹のひいらぎこぞうがわらの先にとまりました。
 ぶらぶら揺れるのがおもしろかったのでしょう。こぞうはしがみついたまま離れません。
 害のなさそうなちびっこモンスターですが、親父にみつかったらたまったものではありません。わらごと捨てようと振りあげたとき、ひとりの男が少年を呼び止めました。
「きみ、めずらしいものを連れているね。わたしに譲ってはくれまいか」
「どうぞどうぞ」
 少年は二言返事で了承しました。
 お告げはすでに念頭にありませんでした。
 男はひいらぎこぞうつきのわらと交換に、ミカンを一個くれました。
 おなかがぺこぺこだった少年は、ミカンをほおばろうとあーんと口をあけました。
 その瞬間。カクン、と音がして少年のあごがはずれました。
「ほが、ほが!」
 ミカンを手にしたまま、少年はあわてて近くの民家に駆けこみました。
「はふへへふははひ(たすけてください)!」
 住人のおばさんは目を丸くして、少年の頭とあごを両手ではさむと、ちからまかせに押しこみました。
 ゴキン。
 あごは無事に元の位置におさまりました。
「あー、びっくりした」
 おばさんは念のために一枚のてぬぐいを少年のあごに巻いてくれました。お礼をいって民家を出たあと、少年はミカンを忘れてきたことに気がつきました。
 空腹感が急に現実のものとなってきて、少年はあごをなでながらふらふらとあてもなく歩きました。このままではまた行き倒れてしまいそうです。なにか食べ物がないかとあたりを見回すと、馬が倒れていました。
 美味そうな馬でした。
 馬のそばで身なりのよい女性がしくしくと泣いていました。
 少年は戸惑いながら、あごの布をとって女性にそっとわたしました。
 女性は涙をふいて、言いました。
「わたしのアオ(※馬)は高齢で、もう歩けないのです。どうぞ弔ってやってください」
 少年はぎゅうぎゅう鳴るお腹を悟られないように、「わかりました」と答えました。
 女性が何度もおじぎをして去っていくと、少年はよだれをたらしながら馬を見ました。
 生で食べられるだろうか、と思いながら、とりあえず身を切るナイフかなにかをさがさなければときょろきょろしましたが、そんなものが都合よくころがってるわけがありません。
 ナイフはありませんでしたが、なぜかそこにいたのは一羽のひよこでした。
 少年はひよこをつまみあげました。
「高齢の馬よりもこっちのほうが絶対に美味いよな」
 ひよこは邪気のまったくないつぶらな眼で少年を見あげると、ぴよぴよと鳴きました。
「うっ、かわいい」
 少年は真っ赤になって、ひよこにピヨちゃんと名前をつけてふところにいれました。馬の始末はすっかり忘れていました。
 ところがピヨちゃんは、それから小一時間もしないうちに少年の右手の紋章に魂を喰われてしまいました。
「うう、うう、うう」
 あんまりな運命に忍び泣く少年に、そっとささやく不穏な声がありました。
「悲しかろう。つらかろう。その紋章と交換に、絶望から救ってやってもよいぞ」
 少年はうなずき、どこからともなくあらわれた霧の船に乗りました(※ツッコミ無用)。
 けれども少年は霧の船の退屈な生活に、すぐに我慢ならなくなりました。お腹が減ることはありませんでしたが、ここにいても楽しいことはないし、ガイコツをからかって遊ぶのも飽き飽きでした。
「船長、悪いけど、紋章返してくれよ」
「いまなんと、テッド」
 少年はサクッと船長を倒しました。その右手に帰ってきた紋章を愛おしげにながめ、これでまたふりだしに戻ったな、と思いました。
 夢のお告げはほんとうだったのです。
「おまえが、いちばん大切だ」
 紋章に語りかけた少年はやさしくほほえんでいました。
 そうして少年は、末永く不幸に暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。


初出 2007-07-09 再掲 2007-09-20