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#35【裏しまたろう】

注:4主/島 太郎

 むかぁし、昔の、大昔。
 ラズリルという港町にひとりの少年が住んでいた。
 名前は太郎。
 領主である島家で育てられた捨て子である。いまは小間使いとして、島家の嫡男である雪男の世話などをして地味に暮らしている。
 ある日のこと、太郎が港でねこをなでていると、防波堤のほうで子どもたちがわいわいとさわいでいた。
 興味しんしんで様子を見に行くと、子どもたちはなにかぼろきれのようなかたまりを棒でつっついて遊んでいるのだった。
 近くでよく見て太郎はびっくりした。ぼろきれにつつまれているのは人間だった。
「きみたち、いじめは犯罪だよ」
「だってこのおにいちゃん、きたないし、目つきおかしいし、口もきかないんだもん」
「だからって大勢でよってたかってはよくないね。領主さまにいいつけちゃうよ」
 子どもたちはよっぽど島家を恐れているのか、蜘蛛の子を散らすようにわっといなくなった。
 太郎はぼろきれ……もとい、少年に声をかけた。
「きみ、ラズリルの子じゃないね。どこから来たの」
 少年は上目遣いに太郎をにらみつけた。褐色の瞳が品定めをするように上から下へ移動していく。
 太郎は面食らって、困ったように笑った。もしつきまとわれたら、領主になんと言い訳しよう。
 ところが少年は奇妙な問いを口にした。
「あんたが、太郎?」
 太郎は蒼い瞳をぱちくりした。
「……あんたを連れに来たんだ。ついてこいよ。案内するから」
 太郎はあっけにとられて、少年をまじまじと見た。
 子どもたちはおかしな目つきをしていると言っていたが、そういえばどこか人間離れしている。まるで感情をもたないガラス玉のようだ。
「ちょっとのあいだ、目を閉じてな」
 言われるがままに太郎が目を閉じると、むせるような濃密な霧があたりを一瞬でつつみこんだ。
「もう、いいぜ」
 ふたたび目を開けて太郎は腰が抜けるほどびっくりした。そこはついいましがたまでいた防波堤ではなかったからだ。
 目の前には薄暗い一本の通路が果てが見えないほど先まで延びている。等間隔にしつらえた壁のあかりはひえびえと冷たく、足元をわずかに照らすほどにしか役立たない。
 なによりゾクリとしたのは、亡霊とおぼしき幾多の気配がそこかしこに群れていることだった。
「な、なあに、ここは」
「船長が特別にあんたをご招待するってさ。そのへんの亡霊ならだいじょうぶ。おれがついていれば手出しはしないから」
「船長って、だれ」
 少年はそれ以上答えず、どこから取りだしたのやら、たいまつを手に背中を向けた。
「ねえ、待ってよ」
 取り残されるのも気味が悪いので、太郎は必死に追いかけた。
 少年は太郎よりも頭ひとつ背が低かった。音もなく、それこそ幽霊のように歩いていく。
 通路はえんえんと変わらぬ一本道であった。太郎はだんだん不安になってきて、無駄かもしれないと思いつつ少年の背中に声をかけた。
「どこまで行くの」
 スッと少年の歩みが止まった。太郎はぎくりとして、からだを硬直させた。
「太郎」と少年は振り向きざまに名前を呼んだ。
「なに?」
「雪男ってムカツクよな」
 いきなり図星をつかれて太郎はあわてた。そそそそそんな滅相もない。たしかに雪男は高い身分を鼻に掛けているけれど、幼いころから太郎の親友でもあるのだ。
 そりゃ、ムカツクけど、そんなことは口が裂けても肯定しちゃだめ。
「そんなことないよ」
 少年は太郎の心を見透かすようにくすっと笑った。いやな笑いであった。
 太郎の脳裏に危険信号が点滅した。ひょっとしたら島家と敵対する勢力の罠だろうか。小間使いを人質にとって、あんなことやこんなことを迫るとか。
 太郎は語気を荒げて、短く言いはなった。
「そろそろ種明かしをしてくれたっていいだろ」
「……そうだな」
 少年がうなずいた途端、通路がふいに途切れた。
 太郎はこんどこそ顎がはずれそうなほどびっくり仰天した。
 広大な空間にあったのは、ど派手なテーブルとえげつない電飾。
 無数のミラーボールがくるくると回って太郎の眼を刺激した。
「うわっ!」
「オカルト系ダンスホール”竜宮城”へようこそ」
 少年は自虐気味に笑って、奥にいる人物に手を振った。
「船長、連れてきたぜ。島ンちのコマヅカイ」
 なにか黒っぽいかたまりがむこうから歩いてきた。太郎はその異形の姿を見てひっとうめいた。
 オバケか。それとも新手のビジュアル系か?
 詳細を文章であらわせない落ち度はどうか勘弁していただきたい。
「退かなくってもいーぜ。着ぐるみだから」
 わなわなとふるえる太郎の目前で頭(?)の部分がすっぽりと取れ、中からもうひとりの少年があらわれた。
 黒い髪、黒い瞳。険のないととのった顔立ち。
「はじめまして、ぼくルーファス」
 船長ルーファスは邪気のない笑顔を太郎に向けた。
「おれたち、ずっと前に島のオッチャンに雇われたんだけどさ」とぼろきれ少年が切り出した。「こんだけ投資しといて開業前に飽きちゃったってどーゆーこと? それにおれたち給料、一ポッチももらってねーんだよな。開店準備で鬼のようにこきつかったくせに、ただ働きってのは労働基準法にメチャメチャ違反すると思わね?」
 それまでずっとにこにこして頷いていた船長ルーファスが太陽のように輝きながら言った。
「そういうわけで、ぼくたちはかわりにきみに払ってもらうことにしました。いやとはいわないよね。ぼくたちやさしいからさ、即金で返せとはいわないよ。稼いだぶんだけちょっとずついれてもらえればいいんだよ。ねっ、テッド」
「っちゅーこと」
 ぼろきれ少年はテッドという名前らしかった。
 二の句が継げない太郎にテッドは一枚のメモと小箱を手渡した。
「現金の振込先はこの口座な。お帰りは時短でどーぞ。ああそうそう、これ持って帰ンな。誓いの玉手箱。でもぜってー開けんなよ。開けたらどうなっか知らねーぞ」
 ぼろきれテッドが言い終わるか終わらないうちに、太郎はまばたきをしてしまった。その途端、ふたたびあたりの景色が切り替わった。
 太郎はひとりで例の防波堤に突っ立っていた。
「夢……かな」
 ところが太郎は手の小箱を見てぎくりとした。ちっ、夢ではない物証がここに。
 ぼんやりと眺めているうちにむかっ腹がたってきた。
 領主のかわりに給料を払えだって?
 一介の小間使いになんというむごい強要を。
「ふん、こんなもの」
 開けるなと忠告された小箱を太郎は乱暴にこじあけた。
 ボワン。
 白い煙があふれ、太郎をつつんだ。
 足元がぐらぐらと揺れ、太郎はぺたんと尻餅をついた。
 煙が薄くなると、あたりの景色が見えるようになった。
 太郎は絶句した。
 例の二人組、テッドとルーファスが目の前に。
 それぞれ異国情緒あふれる青い服と赤い服を着て、呆れたようにこちらを見ている。
「ばーか。だから開けたら知らねーっていったのに」
 テッドが腕組みをして、くっくと笑った。
「百五十年後にようこそ! 太郎くん」
 少年を再起不能に陥らせるべく、とどめを刺したのは船長であった。

 めでたしめでたし


初出 2007-02-07 再掲 2007-03-05