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#27【シークの谷の真実】

わかっちゃいるだろうけど念のためご注意。ご推測のとおり、このお話はテッドスキーの聖地「シークの谷」の例の感動イベントを真っ向から嘲弄しております。この時点ですでにダメっぽい方は勇気を出してバックプリーズ(笑)。

 トラン解放軍の若きリーダー、ルーファス・マクドールが唯一無二の親友と感動の再会を果たす運命のその日。
 聖地シークの谷は年に一度の秋祭りで大層にぎわっていた。

「ミリアさん、月下草の採取って、ひょっとして……違法じゃありませんよ、ね」
 ルーファスの遠慮がちな質問にミリアは「さあね」と言葉を濁した。
 手には大判たこ焼き(マヨネーズてんこ盛り)。
 法律でどのように定められているかは別問題として、これだけ大勢の巡礼者が見ている前で堂々たる態度で可憐な花をちょんぎったら、総スカンは必須である。
 竜の気付け薬としてどうしてもひと株持ち帰りたいのだと誠意をもって説明すればなんとかなるのかもしれないが、いったいどこに訴えればよいのだろう。
「ここって、いつもこんな感じなんですか」
「そんなわけないでしょう(怒)」
 一年のうちでもっとも月の美しい、中秋の名月に催されるイベントがたまたま今宵だったわけで。すなわち、聖地が酔っぱらいの聖地にとってかわる二十四時間というやつで。
 月下独酌を気取ったエセ李白が何百人何千人も、カナカンの酒瓶を振り回している。
「もう泣きたいわ、わたし」
 ミリアは唇に青のりをひっつけて嘆いてみせた。こうしているあいだにも竜たちは深く深く寝入ってしまい、二度と眼を覚まさなくなるかもしれない。そうなったら竜洞騎士団の存続も危ぶまれる。大ダコマヨ食ってる場合ではない。
「オレたちも酔っぱらいのふりをして勢いでひっこぬいちまえばいいんじゃないのか。祭の無礼講で大目にみてくれるってことは、ない、よ……な……」
 お呼びでないフリックのご意見は竜洞副団長のひとにらみで霧散した。

 一方、こちらは赤月ご一行様。
「なーにがエレガントな方法だ。エレガントが聞いたら胸くそわるくなるぜ、けっ」
 リンゴアメをなめなめ歩く、でかい態度の少年はご存じテッドくんであった。
「なあ、オバさん。ホントーにルーのやつを呼び出したんだろうな。にしてもよ、もうちっと時と場所を選べなかったのかよ」
「お、オバさん……」
 魔術師ウィンディはふるふるとふるえた。いい策だと一時は高笑いをしたのだが、誤算のほうが確実に大きかったのである。
 小生意気なマクドールの息子を葬る墓場として最適だと選んだシークの谷はうっかり秋祭り。捕らえたテッドを支配の紋章で操ったはいいものの、少しばかりよけいに術が効きすぎた。どこでどう間違ったのか、テッドはウィンディのはるか先を往く大悪党に変貌してしまったのだ。
 ソウルイーターの跡地に間借りしたからだろうか。この症状を要約して、暴走、とも言う。
「ルーのやつにはいろいろいいたいことがあんだよな」
 テッドは合成色素でまっかっかに染まった舌で唇をぺろりとなめた。
「お、おまえはただ単にあの子からソウルイーターを奪ってくれればいいのよ」
 いちおう牽制してみる。いまのウィンディはちょっとだけテッドが怖い。
「あんなにしつこかったくせに、あんがい欲がないんだな、オバさん」
 テッドはふふんと笑った。剥き出しの右手にはものの見事にブラックルーンがはりついている。制御を失った狂犬のごとく、三百年逃げ回った罰に利子を加えてお釣りまで上乗せした形で。
「ユーバーを超えたね、おまえは」
「なんか言った」
「なんでもないわよ」
 ため息をつくウィンディの傍らで、空間がいきなりひしゃげた。ぼうっと光が現れ、そのなかに盲いた女性の顔が浮かびあがる。
「レックナート……」
「あいかわらず振り回されていますのね、お姉様」
「あんたに言われたくないわ」
「あれ? いつか会った星見のオバさんじゃん」
「オバ……」
 レックナートは表情も変えずに絶句した。気を取り直して皮肉たっぷりに言い返す。
「ひさしぶりですね、霧のお船でぴいぴい鳴いてた嘴の黄色いヒヨコちゃん。おしめはとれたのかしら」
「……はあ? 何、アンタ」
 微妙に一触即発。
 ウィンディは合点がいったらしく、ぴきっとこめかみに青筋をたてた。
「なるほどね。やっぱりあんたがこの子にテコ入れしてたってわけかい。道理で手を焼くと思った」
「あたくしはべつにどうこうしたわけではないんですけど。見てただけですから」
「よけい悪いわ」
 ウィンディは少女のようにぷっとむくれた。
 そのとき人垣が割れ、御神輿がやってきた。
「わっしょい、わっしょい!」
「きゃあ!」
 あまりの熱気に空間が維持できなくなったのか、それともわざとか、レックナートはかき消えた。
 御神輿のてっぺんに美しい花が一輪飾ってあるのが目についた。
「「あっ、月下草!」」
 ふたつの声がハモり、声の主たちはびっくりして互いの足を踏んづけた。
「あっ、すみません!」
「めんご!」
「……テッド?」
「る、ルーファス、か」
 感動の再会(なし崩し的に)。
 ウィンディがヒステリックに叫んだ。
「チャーンス! テッド、ソウルイーターを奪うのよ!」
 っていうか。
 魔女は己のかけた術が暴走していることをとっくに忘却しているのだった。
「ルーファス、ここで会ったが百年目!」
「えっ、まだ三ヶ月しか経ってないんだけど……」
「トップに立ってもスットコドッコイはなおらねーんだな。ブタは死ね!」
 ミリアも、フリックも、ウィンディも。その場にいたすべての関係者はかちんと固まった。
 ルーファスに振り下ろされる。
 唾液まみれのリンゴアメが。
「うわーっ、やりやがったなー! べたべただ。ああっ、髪にひっついた!」
「ふははははは! くやしかったらおれの魂喰ってみろ、ソウルイーター!」
 テッド、一世一代の失言であった。
 ピカーッ
 ソウルイーターがレベル4になった!
「テ、テッド……!」
 ルーファスはかくんとコケたテッドに駆け寄った。
「ち、血が!」
 合成色素を見間違えたのであるが、いまのルーファスにそんな真っ当なことを言っても無駄である。
「そんな顔、するなよ……」
 テッドは弱々しくほほえんだ。ルーファスの眼からぽろぽろと涙がこぼれおちた。
「おれの、選んだ、ことだ……」
「そんな、テッド……イヤだ、テッド……」
「ルーファス、一生の、お願い……聞いて、くれ、るか?」
 ルーファスはうなずいた。ミリアもフリックもよくわからないままにうっかりもらい泣きをしている。
 テッドは最期の力を使って、その願いを口にした。
「わたあめ……買っ、て、こ、い……」

 その日、シークの谷秋祭り実行委員会のわたあめ500ポッチは完売であったという。
 月下にきらきらと舞う光に向かって絶叫する少年の悲痛な叫びが、谷に響きわたった。
「買い占めたよ、テッド。さあ、ぼくのぶんも、食って!」


リンゴ飴テッドくんアイコン作成/光さん

初出 2006-09-28 再掲 2006-10-06