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#28【いっすん坊4】

注:4主/ヨン

 むかぁし、昔の、大昔。
 この出だしの物語が大概の場合、ろくでもない展開になるという事実はさておき。
 金持ちばっかり住んでいるとある偉そうな町に、これまた偉そうな将軍さまがいらっしゃった。将軍さまの名はテオ・マクドール。百戦錬磨のとっても偉い人だった。
 テオには黒髪のたいそう美しい美人妻がいたが、病弱のためなかなか子どもができなかった。不妊治療もいろいろ試してみたけれどだめだった。
 子どもがほしいなあは失敗をかさねるごとにだんだん禁句っぽくなってきて、あるとき、夫婦はついに匙を投げた。そして身寄りのない子どもを養子に迎えることにした。
 屋敷にやってきた男の子は、さらさらでまっすぐな髪の毛と、海を思わせる蒼い瞳をもっていた。子ども紹介所からもらった書類には、名前の欄に「ノエル・エン・クルデス」と書いてあった。
「どこかで見たような名前だなあ」
 読書家の妻はほほえみながら夫の疑問にこたえた。
「群島の英雄さんとおんなじですね」
「ああ、なるほど」
 ノエルははじらいながら、「その名前はてれくさいので、ヨンとよんでください」と言った。
 なにがどうヨンなのかは微妙だが、我が子になった男の子のはじめての願いなので、夫婦はかなえてやることにした。
 病弱な義母をたすけてヨンは家事もてきぱきとこなした。質素で奢らない子だが、なかなか賢い一面もあった。その上、自活の天才でもあった。
「お義父さん、蟹を食べたくありませんか」
「うん、いいね、蟹」
 ヨンは暖炉から薪を二本持っていくと、どこで捕まえてきたのやら、巨大な蟹を背負って帰ってきた。
「お義母さん、おまんじゅうを食べたくありませんか」
「あら、いいわね、おまんじゅう」
 ヨンは台所に巨大な小麦粉の袋を持ちこむと、饅頭職人よろしく、ほかほかのまんじゅうを大量に蒸しあげた。
 ヨンがマクドール家になじんできたある日のこと。
 テオ・マクドールは妻の告白にびっくり仰天した。
「子どもができたって? い、いつのまに!」
「大きな声で叫ばないでください。ヨンにはまだ教えていないのですから」
 たしかにちょっとばかり気まずい。テオはあれこれ画策すると、ヨンを呼んで、できるだけ当たり障りのないように事情説明をした。
「ぼくに弟ができるのですね? うれしいです!」
 ヨンはぱあっと顔をほころばせた。
 十ヶ月後、マクドール家に男の子が生まれた。テオはその子にルーファスという名前をつけた。
 ところが悲しいことに、病弱の妻は出産にたえきれず、子どもの命とひきかえにこの世を去ってしまった。
 しかも。
「わあっ、ちっちゃいですね!」
 驚くヨンを尻目に、テオは冷や汗をぬぐった。
 どう見てもちっちゃすぎるのだった。
 ルーファスは身の丈が五センチくらいしかなかった。しかし医者によると人としての機能はちゃんとそなわっていて、問題なのはサイズだけという診断であった。
 蛆みたいなおててをチュクチュクとしゃぶるルーファスを見て、ヨンは「かわいい!」とふるふるした。
 ルーファスはすくすくと育ち、十センチくらいになった。
 それとは逆に、ヨンはちっともすくすくと育たなかった。
 さて十五年後。ルーファスとヨンはサイズこそちがうが、見た目は同い年って感じだった。
 テオはもう深く考えるのはよして、かわいいふたりの息子にデレデレだった。
 そんなある日のことだった。
 マクドール家に三人めの息子がやってきた。
 テオが出兵先で難民管理官と押し問答となり、売り言葉に買い言葉で引き取ってしまったのだ。
 その男の子、テッドを息子たちに紹介しようとしたら、思いもかけないことが起こった。
「……テッドさん!」
「え、ノエル……ウッソだろ、ノエルじゃんかよ!」
 どうやらヨンとテッドは知りあいのようであった。
 さらに。
 テーブルにちょこんと座るルーファスを見て、テッドはピキンと固まった。
「こ、ここここいつ、忘れもしねえあの豆粒……!」
「え?」
 ルーファスはきょとんと小首をかしげた。
 テッドはエキサイトして叫んだ。
「まさか憶えていないとはいわせねえぞ! ヤロウ、人の腹ンなかにはいってさんざん暴れやがって。じいちゃんが虫下し飲ませてくれなかったら大変なとこだったんだぞ。反省しろ、反省をよぉ!」
「人違いじゃない? ぼく、きみのことしらない」
「やかましい、この爪楊枝みたいな棒がなによりの証拠だ。こいつが喉に刺さったときはマジ、ソウルイーターに喰われるとこだったぜ。てぇい、ここで会ったが三百年目!」
「ぼくしらないもん、えーん」
「こらこらこら、いきなり兄弟げんかはよしなさい」
 三百歳の長男、百五十歳の次男、十五歳の三男(坊)をかかえてテオ・マクドール、前途は多難のようであった。うん、でも、あんたが悪い。
 グレミオすら出てこないがこれにて一件落着。めでたくもないがめでたしめでたし。
 こののち赤月帝国が何年栄えたのかはご想像におまかせします。


初出 2006-10-06 再掲 2006-10-19