ぼくは、冬を待つこのみじかい季節の日没が、きらいだ。
多くの生命が死を急ぐ季節。広葉樹は肥大した太陽にその身を灼いてあんなに赤くなるのかと思ってた。太陽は木々の命を摘みとりながら地平に去り、力尽きた葉を夜に喰わせるのだと。
そしてぼくはひとりぼっちで闇にとりのこされる。死に絶えた世界はしんと閑かだ。魂を奪われた森の屍を踏みながらぼくは歩く。どこまでも、どこまでも。やがて夜明け前のほんの少しを怯えながら眠る。
大地は星に凍えてとてもつめたい。それなのに凍てつかぬぼくの熱。
寒さにぶるぶるとふるえている。だのにちっともつめたくならない。
あたためてほしいと叫んでいる。ぬくもりから遠ざかろうと足掻くくせに。
ぼくがほんとうにきらいなのは、ぼくという存在だ。
テッドという名をつけられた矛盾だらけの存在。
どこかの誰かの生と死を、ただ踏んで歩く、ぼく。
せめて神様のように慈悲を与えてあげられたらよいのに。
せめて死に往く魂たちにやさしくほほえんであげられたらよいのに。
ぼくには慈悲はない。ぼくには笑みもない。だってぼくの心は死にかけているから。
ぼくにそのような存在であれと願った人々がいた。みな、遠いむかし炎につつまれて死んだ。炎上する故郷の記憶は、血を思わせる日没の不吉な彩りに重なる。
ぼくの右手。
ぼくの右手が、殺戮の匂いに歓喜した。
たくさんの魂を喰らいつくす悦びに、わなないた。
ぼくがその異様な感触の意味に気づいたのはもうすこし後のこと。遅かれ早かれ、知るときは必ず訪れるのだからと祖父は口をつぐんだのだろう。過酷すぎる運命を背負う幼い子どもがほんのいっときのあいだでも正気でいられるように。語られなかった真実。
それを、生きているあなたの口から訊きたかったよ。おじいちゃん。
そして冷酷に突き放してくれたらどれだけよかったことか。
ぼくは嘲笑う。幼い瞳に激しい老いの色。
祖父の遺した愛情という愚かさはけっきょくは自分を苦しめた。
テッド。愛する孫よ。
おまえは新たな宿主として選ばれたのだ。
時はおまえを永く忌み厭うであろう。死はおまえを篤く慈しむであろう。天と地はけしておまえを祝福しないであろう。されど我が孫よ、忘れるな。
ソウルイーターを守るのだ。
おまえはいまから、そのためだけに存在する。
人を愛することはかなうまい。人に愛されることもおそらくは。心を封じこめるならばそれもよい。人であったことを忘れるもよかろう。おまえが、それでわずかでも救われるのなら。
詫びるかわりとその老いた腕につつみこまれる、儚かったころのぼく。
あれが憶えている最後のあたたかみ。
幾千万もの夜を苛む愚者のあたたかみ。
ぼくは、いまになって思うことがある。
あの日がこなくても、ぼくはいつか祖父のその右手に魂を喰われていたのだと。
だったら、同じことだ。喰ったか、喰われたか。そんなに大きな違いじゃない。
ぼくが存在する理由は、生まれたときからなにも変わっちゃいない。
ソウルイーター。おまえがぼくをこの世界に喚んだのだろう。
だったらおまえの望むままに、ぼくは放浪いていこう。
すき。きれい。ねむい。うれしい。かなしい。さむい。たのしい。くやしい。きらい。きらい。だいきらい。いらないことばをひとつひとつ棄てながら。
ほら。世界から色が消えた。
踏みしめるのはただの枯れ葉だ。肌を刺すのは意志を持たない単なる元素だ。
変化するものはみなかりそめの存在だ。
それだけが惨めに年老いていくのなら、死を迎えればいい。ぼくの心。
遺されたぼくの身体は、永遠に連なる夜を往く。
Tenebrae :『闇』を意味するラテン語。夜や絶望や死のもたらす暗闇のこと。
2005-11-29