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#8【手ぶくろを買いに】

 上部甲板に海洋系モンスターがあらわれた。
 退治当番にはご存じテッドも含まれていた。
 弓でさくりといけばいいものを、左手に宿したばかりの烈火の紋章とやらをちょいと試してみたくなった。
 だがうっかりソウルイーター感覚で革手袋をはめたまま発動してしまった。これが失敗のもとだった。
 ボン。
 小気味よい破裂音をともなって、爆発して(七割五分五厘)燃えた(二割少々)。革手袋は消し炭と化して海風に乗り、深蒼の藻屑と消えた。せっかく使いこんでいい感じに味がでてきたところなのに、もったいない。
 おっと、もったいないは老人語だと先日、ロウハクに突っこまれたばかりだった。それだったら軍主に先に言え。朝から晩までもったいないを連発しているから。
 さて困った。かわりの手袋をどこかで調達しなくては。ある意味必需品だし、ずっとしていることに慣れてしまったからなんだか手がスカスカして気色が悪い。しかし、いまは航海の最中で、陸(おか)のバザールに行かれない。寄港はまだもう少し先のはずだ。
 とりあえず右手の秘密を隠さないといろいろとまずいので、看護師のキャリーが常駐している病室をこっそり訪ねてみた。
「あの……戦闘でちょっと火傷しちゃったんで、薬とガーゼと包帯借りたいんだけど」
 できるだけ下手に出てみたつもりだったのに、キャリーはみるみる般若の形相になった。
「テッドさん、いつも言ってるのに。きちんとユウ先生に診察していただかないとだめですよ」
「でも……そんなひま、ないし」
 医師のユウは超苦手だった。先日も拉致されて医務室で謂われのない歯科検診を強行されたばかりである。戦闘で怪我ばかりしていたから目をつけられたのだ。テッドの部屋が医務室のそばであることも災いした。
「しかたないわね。ちゃんとあとで診察においでなさいよ。はい」
 包帯を受け取って、部屋で巻いてみた。新しいので真っ白だ。なんだか目立ちすぎるようで落ち着かない。やっぱり手袋がなくてはだめだ。
「そういや、この船、道具屋があったな」(はやく気づけよ)
 ふだん滅多に利用しないもので忘れていた。たしか装備品も置いていたような気がする。手袋のひとつくらい売っているかもしれない。
 せっかくだからついでに風呂道具を一式持って(行動はつねに効率よく)、施設街に行ってみた。あいかわらず賑やかだ。なんだか居心地が悪くてどきどきする。悪いことを企んでいるわけでもないのに。
「あの……」
 お目当ての店に声をかけてみる。店主が「はい、いらっしゃい」と振り向いた。
 げっ。テッドは息を呑んだ。なんだこの人。
 金髪碧眼の貴公子。顔はたしかにそんな感じだった。ただしそれ以外が想定範囲外だった。  敢えて今回は説明すまい。わからなければ攻略本を参照のこと。テッドは目眩をこらえて、店主のシャドリに訊いてみた。
「手袋を、さがしているんですけど」
「……手袋? きみのお手々にあうやつ?」
「ええと、はい、自分用で」
 シャドリは奇妙な顔をして、一応商売人らしく訊いてみた。
「こんな常夏の群島で手袋なんて、いるの? キミ。お手々がちんちんする?」
 要るんだよ。そう言いたかったがなんだか言い返せなかった。シャドリはテッドの服装をじろじろ見た。
「ふうん。寒がりなんだね、キミ」
 かちん。なにもそこまであからさまに。
「ないこともないけど」と二重否定しながら、シャドリは在庫品の山をごそごそ掘りはじめた。「キミのお手々にあう手袋ねえ。子供用でいいのかな」
「べつに大人用でも、い・い・で・す」
 語句をわざと区切って抗議してみる。手袋買ったら最後、二度と利用してやるもんかこんな胸くその悪い店。
「ちょっといろいろはめてみようか。素材もいろいろあるよ」
「あ、できればレザーがいいんだけど」
「でもこっちのコットンもかわいいよ。ほら」
 シャドリは箱からひとつつまみあげた。手袋にはちがいないけど、指がない。
「ミトンだけどね」
「ふつうの手袋でいいです」
「ふつうの。じゃあ、これなんかどう。格好いいよ。レザーグローブ」
 たしかに格好はいいが、格闘家じゃないんだから。
「だめです。箸が持てません」
「ごはんを食べるときはお行儀が悪いからはずしなさいね。じゃ、これはどうかな。箸が持ちやすいと思うよ」
 たしかに持ちやすそうだ。ただし今度のは親指、人差し指、中指だけがない。
「釣り用だよ。ナイスだろ」
「後部甲板の人たちに売ってくださいよ。もっとふつうの手袋はないんですか。ふつうの。ごくふつうの!」
 シャドリは少し考えて、奥の方からごくふつうに見える手袋を出した。
「あ、それでいいです。とりあえずそれください」
 次の寄港地までの辛抱だ。この際、『ふつうなら』なんでもかまわない。テッドは代金を支払ってそれを買って帰った。
 それから数日間、テッドはモンスター退治当番のときも、訓練のときも、ポケットに手を突っこんだままだった。
 しかたないからはめている手袋は、クマさんのアップリケがとてもかわいらしかった。
 女の子用だと教えられたのは、だいぶあとになってからの話である。


2005-12-31