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#17【お裁きブラザーズ】

 タイム・リミットを告げる祠の輝きは限界まで増し、ついに目をあけていられないほどになった。
「もうギリギリです、急いでください坊ちゃん」
 クレオの呼び声は悲鳴に近かった。ビクトールは片足を光のなかに突っ込んで、仁王立ちのクマよろしくガオーと咆哮した。
「マジやべえ! ぼやぼやすんな、ルーファス!」
 ところがルーファスはこの期に及んで未練がましくぶんぶんと首を振り、小さなテッドをしっかと抱きしめた。バンダナのしっぽもつきあってぶんぶんと左右に揺れる。
「ぼく、やっぱりテッドを置いていけない。クレオ、ビクトールさん、ごめん」
 強力な光がクレオとビクトールを呑みこむのを見送りながら、ルーファスはすがすがしく宣言した。
「みんなによろしく。三百年後に、また会いましょう!」
 こうして歴史は、いとも簡単に塗り変わってしまったのである。
 太陽暦百五十年付近(推定)、地図にない村でのできごとであった。

 テッドはおそろいの包帯とおそろいの手袋とおそろいのポンチョがよっぽどうれしかったらしく、終始ニコニコしながら金魚のウンコのようにつきまとってきた。
 行くあてなどもちろん、ない。だがじっとしていてもはじまらない。いつまたウィンディが襲ってくるかもわからないし、隠された村で隠されつつのんびりと暮らしてきたであろうテッドを外の世界に触れさせて危機管理能力を身につけさせなくてはいけない。
 逆境のなかでも生きる力を育てていくのが先決だ。いまのテッドは、事の深刻さをきちんと理解できていない。右手に灼きついた呪いの紋章も、村のお宝くらいにか思っていまい。
 こんな小さな子に、急にいろいろなことを教えようとしてもむりだ。ルーファスでさえこの先どうなるかまったくわからないのに、子ども相手に運命がどうのこうのとウンチクたれるのはお門違いもはなはだしい。
 とりあえずは。
「さあてテッド、どこに行きたい?」
「海! うみー!」
 身体のサイズに合わない矢筒を背負って、いやどちらかというと矢筒に背負われて、テッドはくるりと一回転した。うう、かわいい。
 これがあのテッドなのだろうか。酸いも苦いもかみ分ける、世渡り上手な狡猾さはどこにもない。邪気がまったく感じられない。いや、あっちのテッドが邪気だらけとは言っていないが(言ってるじゃないか)、目の前のちびテッドがまとっているのは邪気は邪気でも無邪気という純白のヴェールであった。
 ソウルイーターを持ったまま三百年放っておけば、コレがアレになるのかあ。
 ルーファスは世の無常をしみじみと実感した。
 だがしかし、事情はころりと変わった。いや言い直そう、ルーファスが力ずくで変えてしまった。いくらソウルイーターとて共喰いはするまいし、あとから考えれば考えるほど最良の方法を択ったという自信がわいてきた。
 結果オーライ。いい言葉である。
 あれとかこれとか、気にかかることがまったくないわけではないが、あまり深刻になるのもどうかと思う。
 なるようになるは、カイ師匠から伝授された最強の人生訓だ。
 結果は行動についてくる。
 そしてテッドもついてくる。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
 最高だ。あのテッドがぼくを慕って離れようとしない。ザマーミロ、ブラボー。
 心の奥底でガッツポーズをとると、ルーファスは荒野を歩きはじめた。
 ここがどの大陸のどのへんかを把握するのはあとでいい。とりあえず水と食料を確保して、町をさがそう。
 ポケットのなかのポッチは三百年後の貨幣だから、この時代に通用するかどうかはあやしい。村が焼かれていなかったらタンス預金でも持ちだせたものを。
 無一文、装備ゼロ、武器は棍と弓のみ。一級品はふたつのソウルイーター。
 悪いことは考えまい。つねにポジティブな思考をこころがけるべし。
 未来のテッドはサバイバルの天才だった。あれが独学なのだから賞賛に値する。近場で冒険ごっこをしたときは、罠の仕掛けかたとかウサギのシメかたを教わったが、こんどは自分が教える番だ。それから、ええと、火のおこしかたはどうやったっけ。
 ルーファスが記憶を整理整頓しているうちに、小さいテッドはぴょんと草むらに飛びこんで、じつに見事な弓さばきで矢を放った。きゅんと断末魔の鳴き声をあげて倒れるウサギ。
 あっけにとられる目前で、切れそうにないナイフをぴっと小袋から取り出すとウサギの喉を掻き切る。
 ぼたぼたと血の垂れるのを恐がりもせず、逆さまにしてしっかり血抜き。
 一連の流れるような動作はプロ顔負け。お見事。
 そして、ルーファスは最初のつまづきに気づいた。負けている。
 サバイバルのスキルはあきらかにあっちが上だった。
「これで夕ご飯の心配はいらないね、おにいちゃん」
 満足そうに歩きながらも目についた小枝を拾いあつめている。ああそうだった、乾いた小枝は最初の火種を確保するのに重要なのだ。
 心にピープーと吹きはじめるすきま風。
 首を振る。ポジティブ、ポジティブ。ぼくはおにいちゃん。テッドの保護者なんだからね。まあちょっとばかり、分は悪い感じだけれど。
 不安を打ち消そうと、またもやブンと首を振ったときだった。
 湿地帯から、ビックモスキートの集団が襲ってきた。
「きゃあ!」
 テッドがじつに子どもらしい、保護意欲をわんわんとかき立てる悲鳴をあげた。
「むし、キライ~っ!」
 名誉挽回のチャンス!
 ルーファスは天牙棍をくるりと回すと、一分の隙もなく身構えた。背後にテッドが隠れる。よしよし、怖がらなくていいんだよ。
 獲物に飛びかからんとする吸血モンスターを、棍が叩き落とす寸前だった。
 背後から矢の雨が降った。
 Lレンジ。
 隠れたのではなかったのだ。
 正確な狙い。しかも素早い。なおかつ全体攻撃。
 悪い虫さんたちは一秒でみな撃沈した。
 脳内にファンファーレが鳴り響く。
「わーい、やったー」
 小さいテッド、レベルアップ。
 心のすきま風はついに暗雲を運んできた。保護者としての威厳が、音をたてて崩れていく。
「こわかったね、おにいちゃん!」
 ルーファスはどちらかというとテッドのほうがこわかった。

 歴史は蛇行しつつも確実に動いていく。だが流れの方向はもはやだれにも予測できない。
 時代はたかが太陽暦百五十年付近。
 レックナートの長き苦悩の日々が目に見えるようではないか。


続編リクエストをいただいたため、シリーズ化決定してしまいました(笑)。
2023-07-24追記 紙の本を制作中です。お楽しみに。

初出 2006-04-20 再掲 2006-04-25