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#33【呪われ決死隊 未踏のダンジョン】

 平均すると世の中はごくふつうの善良な人間が圧倒的多数を占めていますが、型にはまらないおかしな人たちもいっぱいいます。
 群島諸国はその比率がよそよりも多いのではないかと、テッドはひそかに思いました。
 テッドは百五十年以上も生きているれっきとしたおじいさんですが、見かけはほんの十五歳くらいです。真の紋章に呪われているので歳をとらないのです。似たような人は広い世界にはほかにも何人かはいるはずなのですが、テッドはこれまでそうと確信できる人物に会ったことはいちどもありませんでした。
 テッドは旅を生業としているので、よその土地のこともよく知っています。ウンチクを語りたくてうずうずしているのに、序盤で引きこもりを宣言してしまったからには、いまさら軽薄になることもままなりません。ストレスもだいぶたまっています。
 けれどもテッドには仲間ができました。ノエルという名前のその少年は、ついこのまえ、テッドと同じように真の紋章に魅入られて呪いをうけたばかりでした。
 ノエルにかけられた呪いはテッドのものとはちがい、本人の命をじょじょに削っていくという恐るべき性質を秘めていました。だけど根本的には同じものです。テッドははじめて出会った同じ境遇の少年に興味をもちました。
 問題は、ノエルがおかしな人たちを率いるリーダーだったことです。
 おかげでテッドもおかしな軍団に引っ張りこまれるはめになりました。
 群島諸国はその名のとおり、小さな島々が多数の独立国家を形成しています。自治権はこれまで島ごとにバラバラでした。大小国家間のつながりを強化していずれは連合を発足させようとするグループと、軍事的圧力をかけてまるごと属国にしてしまおうとする北の大国とのあいだで小競り合いが起こりました。
 衝突は日に日に激しさを増し、大国の起こした暴挙をきっかけに、ついに戦争がはじまってしまいました。
 ノエルは大国クールークに掌握されたガイエン海兵学校の卒業生でしたが、追放処分にされたとかでテッドがはじめて会ったときにはすでにそこと敵対する側にいました。同じくラズリルから出てきたタルやジュエルが、その理由を詳しく知っています。いまはクールークの支配下にあるガイエン海上騎士団にはまだ、理解してくれる仲間たちが残留しているという話でした。
 罰の紋章も事実上、群島諸国に渡ったようなものです。クールークが欲しているのはひょっとしたら野蛮な島国国家などではなく、その呪われた真の紋章なのではないかとテッドは推測しました。
 真の紋章を欲しがる連中はどこにもいます。テッドが百五十年も逃亡しているのはそのためです。
 それを継承したばかりのノエルはまだ、真の紋章のなんたるかを理解しきれていないようでした。しかたないといえばそうなのですが、傍観するテッドにとってはハラハラの連続でした。
 いくら強大な力を宿しているとはいえ、ターゲットとなりやすい軍主を引き受けるなどと、自分から真の紋章ここにありとアナウンスしているようなものです。神経を疑う以前の問題でした。
 おもしろがってまつりあげた王様も王様です。傍目にはトロピカルな風来坊にしか見えないこの人は、群島でもとくに規模の大きい独立国家であるオベル王国の国王でした。群島諸国連合樹立構想を最初に打ち出したのもこの人です。雲の上の人のはずなのに、実際は風呂場でへたくそな演歌をがなりたてるおかしなおっさんでした。
 オベル国王リノ・エン・クルデスが惚れこんで王家の金印を預けたくらいです。ノエルもよっぽどの人物なのでしょう。いきなり押しつけられたとんでもない地位をいやがりもせず、つまらない仕事でも黙々とこなす姿は、賞賛には値します。
 いきさつはさておき、いまや群島諸国のリーダーは泣いても笑ってもノエルでした。
 世界中がこの少年に注目しているはずです。
 方やテッドは得体の知れない引きこもり。
 同じ境遇と主張してもだれも信じちゃくれません。
 おまけにノエルを取り囲む人々は本気でおかしな人たちばかりですし、そのとばっちりが自分にまでつきまとってくるのでテッドはかなりぐらぐらと煮えたぎっていました。
 星のさだめがどうのという話も当然のように馬耳東風でした。
 もっと若いころなら多少のトラブルは精神力でしのぎましたが、身体は衰えなくとも心はすでに百五十の年輪を刻んでいます。ただでさえテッドは物静かな村の出身でしたので、お祭り騒ぎが生き甲斐のような群島のスピリッツは性に合わないのです。
 郷に入れば郷に従えとはよくいいますが、群島は生半可な態度では逆にボコられます。
 ここでは酒を酌み交わして肩を組めばみな血肉を分けた兄弟らしいのです。
 人がそう主張するぶんにはいっこうにかまわないのですが、その気のないテッドにまでいつのまにか見知らぬ身内が大増殖していたのには閉口しました。
 ねんごろになった記憶はどこのページを手繰っても書いてありません。ひょっとしたら、ナ・ナル島でリノ王もろとも牢屋にぶちこまれたときにそういう話になってしまったのかもしれません。
 要するに群島人は誰もかれもが筆舌に尽くしがたいお節介焼きだということです。
 ひとりふたりならそういう人がいてもべつにいいかという感じですが、こともあろうに全員がそうなのです。
 特殊な事情を抱えているテッドには住みづらい場所でした。
 陰険引きこもりを演じるしか対処方法はありませんでした。
 さっさと離れてもよかったのですが、ノエルのことも気になりました。
 なんといっても、生まれてはじめて出会ったご同類さんです。
 見て見ぬふりというわけには、さすがにいきませんでした。
 おかしな人たちにはひとまず目をつぶって、テッドはノエルに手を貸すことを決意しました。
 呪われた者同士、ともに行動して得るものだってあるでしょう。いずれはノエルを喪ってしまうことはわかっていましたが、これからの旅の足がかりとしてテッドはそれを成さなければなりませんでした。
 ひとつところに長く滞在するのを避けていたテッドが、こと群島に関しては思いのほか長期に逗留する気になったのはそういう理由があったからです。
 ひとつだけラッキーだったのは、成長期もかかわらずその兆しの見えないテッドを誰も怪しまなかったことでした。おおらかといいますかいい加減とでもいいますか、その点では群島はいいところでした。
 ノエルはテッドの事情をちゃんと知っていますから、いっしょにいても気まずくはありません。仏頂面をよそおいながらも、ノエルと同じチームで行動する日はテッドも少しだけ息をつぎました。
 チームは最低でも四人ひと組という原則ですので、ノエルとテッドがふたりきりになるということはありません。ところがある日、その原則が突如として崩されました。
 誰も足を踏み入れたことのない未踏の遺跡で、チームが分断されてしまったのです。
 なんで未踏のダンジョンにわざわざ赴く必要が、とか、そのあたりのゲームシナリオ的作為を根掘り葉掘りしてはなりません。
 主人公(この場合はノエル)の行動はすべて必然に由来するのです。
 なにはともあれ今現在、多層構造ダンジョンのもっとも面倒くさいあたりに、テッドはノエルとふたりきりで取り残されているのでした。
 なんて美味しい、もとい、緊迫したシチュエーションなのでしょう!
 そこには人食い人種が住んでいそうな気配はありませんでしたし、危険な毒蛇や吸血コウモリも姿をあらわしませんでした。ただ、迷路だけは幻想水滸伝にあるまじきハイレベルでした。
 東西南北はおろか、上下の感覚も狂わされてしまいます。あせって動き回ればよけいドツボにはまりそうな予感がしました。
 入りこんだからには、それを逆にたどれば必ず出口がみつかるはずです。なのにノエルがおもしろがって、どんどこ奥に突進していくものですから、さすがのテッドも調子に乗って、はっと気づいたときには制作者の罠にどっぷりはまったあとでした。
 歩けども歩けども、地上の光に行き着けません。テッドはノエルの軽率さを罵倒したくなりました。おなかもへってきました。非常食は別々になってしまったタルとリタが持っています。食い意地の張ったふたりのことですから、おそらくはもう絶望的だと思われます。
 すり抜けの札も今回に限ってなぜか倉庫に置いてきてしまい、瞬きの手鏡はウンともスンともいいませんでした。
 リーダーが迷子になっているのですから、仲間が心配して救助隊を向けてくれると思うでしょう。ところが脳内七色の群島人たちをナメてはいけません。午後三時過ぎたらおつとめはおしまい、あとは日課の宴会タイムに突入です。みんなこの時間はとうにサロンで酒瓶を倒しまくっているはずです。
 テッドは途方に暮れましたが、ノエルは暢気なものでした。
 群島気質さまさまというところですか。
「弱りましたね、テッドさん!」とちっとも弱っていないはつらつとした口調で言いました。
 このお話はほんとうに唐突ですが、ここで中断いたします。
 なぜかと申しますと、上に記載した事態はまったくのでたらめ、正確にいうとテッドが見た夢だったからです。
 ストレスためまくりのテッドは、眠りが浅い生来の貧乏性も災いして、悪夢にうなされる毎日が続いていました。
 せっかく個室をもらったのですから誰にも気兼ねせずぐっすり眠ればよいのに、バリアを張り巡らすことに頭がいっぱいで自分のことまで気が回らないのです。
「はっ!」
 汗びっしょりではね起きたら、目に飛びこんできたのは心配そうにのぞきこむアイツの顔でした。
「あっ、おはよう。もうお昼だから、呼びにきたんだよ。みんな食堂に集まってるよ。武運長久の祈願をするんだって。どうしたの、ずいぶん、うなされてたようだけど……だいじょうぶ、テッドくん」
「おっ、おっ、おっ、お」
「えっ?」
「おおおおれに構うなって、いってっだろっ!」
 新年あけましての怒号が炸裂しました。
 今年の運勢を暗示するような迷路初夢もさることながら、発した第一声もこれです。
 語尾を軽くうけとめ、テッドにとっては大凶の象徴のようなアルド青年は一段階上のレベルでほほえみました。
 勝敗はいうまでもありません。
 鍵がなければ個室もプライベートがあってないようなものです。ふつうはそれでも他人の部屋に勝手にあがることは躊躇われると思うのですが、群島人の常識はなにかと度を超えています。もはや「おかしな」で済ませられる問題ではありません。
 いっそのことマジでノエルとふたりきり、あやしげなダンジョンで路頭に迷いたいと願う無神論者のテッドでした。
 そのノエル少年ですが。
 悩みのまったくない、しんそこしあわせそうな表情で、蒸したて新春花饅頭にかぶりついている真っ最中でございました。


初出 2007-01-10 再掲 2007-01-19