Press "Enter" to skip to content

#21【カラスのカバン】

 黒いカバンを、人から譲ってもらった。
 正確にはちょっとちがう。不要みたいだったから、勝手に頂戴した。
 だってそうだよな。あの世に往くのにカバンなんていらねえもんな。
 こういう実用本位のモノは現世で活躍してこそ価値が高まるのだ。
 仏様と一緒に土葬されたらモノの生涯もそこまでだ。
 仏様はあの世に往けるだろうが、カバンがついていったという話は聞いたことがない。
 だからおれが窮地を救ってやった。
 泥棒か。絶妙なツッコミだが、おれはたじろがないぞ。
 のたれ死んだヤツの手あかがついているようで気色が悪いとか、縁起が悪いとかそういうデリケートな思想はあいにくだが、こちとら持ちあわせていない。
 いわくつきの、呪いのカバンだったら少しは考えるけれど、どこからどう見てもなんの変哲もないごくふつうの革カバン。真夜中に紫色の光を発したりはしないし、意味もなく冷気をただよわせもしないし、肩ひもが蛇のように首にからみついたりもしない。大きさも形状も縫製具合もすべてパーフェクト。
 怨念フリーとあらば、このテッドさまのお眼鏡にかなったんだからカバンとして皆から羨まれる最高の人生を謳歌すればいい。
 というわけで、こいつは本日より晴れておれのカバン決定。
 きのうまで使っていたカバン、もとい、布袋は布目にそって縦に引き裂いた。端からくるくると丸めてこぶし大くらいの塊にし、もっと細く紐状に裂いた布で固くしばる。
 これに油をしみこませたら最高の着火剤だ。荷物にはなるけれど、タダで捨てるのは惜しい。これぞ究極の、用の美。
 革のカバンは袋とくらべて、ずっしりと重みがある。歩き慣れないころの自分だったらネをあげたかもしれないけれど、いまは体力にも自信がついた。それに、どうせ旅の荷物もそう多いわけではない。このカバンだって、いつもカラッポに近いような状態だろう。
 カラッポでもかまわない。なんとなく、カバンは好きだ。相棒、という感じがするじゃないか。
 右の肩から矢筒を提げ、左の肩からカバンを提げ。大きくなれない身体に相棒たちをたすき掛けにして、いろんな場所に連れ歩くんだ。
 弓とカバンと、ソウルイーターとおれ。
 それ以上は、ちょっと持てない。
 旅も逃亡も、似たようなもの。飄々と駆け抜けた者の勝ち。風よりも軽く。
 重い地図や生活の道具はいらない。
 出会った人々の記憶や再会の約束はいらない。
 増え続ける荷物はいらない。
 友だちはいらない。
 捨てるのがつらくなるから、重いものは拾わない。
 だから、相棒。おまえは運がよかったんだぜ。このおれに拾われたんだから。
 ヘンなのにつかまったと思って、諦めてくれよな。
 いいモノは必ず一目惚れさせる力があるって与太話を場末の偏屈職人が頼みもしないのに演説してくれたけど、おまえをひとめ見たときなるほどそいつを実感した。
 ああ、たしかに、オンボロだよ? 前の持ち主にそうとうこき使われたんだろう。もとの色は茶だったんだろうが、おまえ。それがカラスよろしく黒光り。
 だけどこういうのはくたびれているとは言わない。
 いい顔になったと言うんだ。
 いい顔をしてるな、カバン。
 なあ、おれは、いい顔をしているか?
 もちろん顔だけじゃだめだ。
 内側にはポケットをいくつも隠している。外剛内柔。懐も広い。なんだって受けいれる。
 道具は道具として使われてこそ天命。
 人は人として生きてこそ天命。
 おまえもそう思うだろ、カバン。
 カバンだから難しいことはわからないか。
 とりあえず、仲良くやろうや。相棒として。
 いつか別れのときも来るだろうから、大切にするという約束はしないでおく。おれは勝手だからひょっとしたらあした放り出すかもしれない。そういうことになっても文句は言うなよ。相棒と認めた以上、できるだけ、いっしょにいる努力はするけれど。
 さて、そろそろ夜が明ける。
 焚き火を消して、ぼちぼち歩き出そうか。
 最初の仕事をくれてやる。
 前任で作った焚付けの束を腹につめこんで、あとはそうだな、これでも、持っとけ。
 外側のポケットに挿したのは一輪の野花。
 へえ。
 粗野な見かけだけど、そういうのもあんがい似あうんだな。
 カラスのくせに、ヘンなヤツ。
 ヘンなヤツはお互いさまか。


初出 2006-06-10 再掲 2006-06-16