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#25【ぼんぎつね】

 むかぁし、昔の、大昔。
 どれくらい昔のお話であるかということを可能な限り具体的に説明したいのだが、あいにくそのヒマはないようだ。テッドがまだ人外な年齢じゃなかった時代と考えてくれたらよいかと思う。むろんじいさんには変わりないので、ばっちりと艱難辛苦を乗り越えた手に負えないヒネクレかたをしている。
 テッドは数日前から小さな村に宿をとっていたが、住人たちとそりがあわず、出て行く気まんまんの様子だった。
 あっちの道具屋とトラブルを起こし、こっちの鍛冶屋に足元を見られたと難癖をつけるテッドを、はらはらしながら見守るひとつの影があった。
 将軍家の御曹司、ルーファス・マクドールである。今後は坊ちゃんの坊をとって、ぼんと記述する。
 ソウルイーターの恩恵で不老なのをよいことに、隠された紋章の村からずっとテッドをつけまわしているのだ。本人は見守っているつもりなのだが、要するにストーカーなのだった。
 ぼんは宿の裏山にいつものように巣を掘り、遠めがねでテッドを監視していた。
 ある日、腹が減ったらしいテッドが夜中にこっそり畑の芋を掘ったので、ぼんはあわてて八百屋からジャガイモを買い、お詫びに埋めておいた。
 サツマイモを植えたはずの畑がジャガイモの豊作にわいて大変な騒ぎになったのは本編とはまったく関係のないできごとなのでひとまず省略。
 二、三日雨が降り続いたため、ぼんは穴から外に出られなくなり、テッドがこの雨の中を出立しなければよいがとはらはらしながらしゃがんでいた。
 雨がやむと、ぼんは穴からはいだして一目散に宿屋へむかった。
 窓からなかをのぞいてみたが、テッドの姿は見あたらなかった。
「まさか」
 ぼんは焦ってぬかるみ道を駆けた。村を出る道に沿っている川のほとりを必死になって探した。
「あっ、テッド」
 よかった。テッドは村を去ったのではなかった。増水した川の中にいて、なにやらあやしい行動をとっている。ぼんは見つからないように、葦のかげからそっとのぞいた。
 テッドは薄汚い(もと)青の衣服をまくしあげて、腰のところまで濁流にひたりながら、杭にしがみついていた。
 襟のあたりに巨大なうなぎがにょろにょろとからみついている。
「ははあ、うなぎどろぼうを働こうとして、身動きがとれなくなったんだな」
 ぼんはにたりと笑った。ちょいと、いたずらがしたくなったのだ。
 葦から葦へ身を隠しながら近くへいくと、おどろおどろしい声で言った。
「おいてけ~~~~~」
 ナイスタイミングでうなぎがテッドの首を絞めにかかった。
「うわぁぁあああ!」
 うなぎを振り捨てて川から脱出しようともがいたが、うなぎはテッドの首にしっかりと巻きついてはなれない。
「たすけて! もうしません! もうしません! がぶがぶがぶ」
 黙って見ていたらテッドはうなぎといっしょに流されていった。
 さすがに助けないと溺死してしまうかもしれないので、ぼんは手近にあった丸太を川に投げこんでやった。テッドのことだからきっとなんとかするだろう。
 十日ほどたって、テッドは村の居心地がまんざらでもなくなったのか、まだ投宿していた。
 ぼんが村長さんの家のわきをとおりかかると、大勢の人が集ってなにやらにぎやかであった。
「お祭りかな。それにしてはみんなやけに辛気くさい顔をしているなあ」
 不思議に思いながら耳をそばだてると、ひそひそ話がきこえてきた。
「まだ若いのに、気の毒なことよのぉ」
「奥さんの料理が宿の自慢だったからねえ。続けていけるのだろうかねえ」
「うなぎが食べたいといって、亡くなられたそうですよ。宿の子が獲ってくると飛びだしていったのに、まにあわなかったらしいです。あの雨でしたから」
 ぼんはドキンとした。宿の夫婦に子供はいない。宿にいる子といったら、テッドだけだ。
「あんないたずらをしなきゃよかった」
 ぼんは急にテッドが心配になって、宿に走った。
 宿には葬式用の造花がたくさん張りついていた。弔問客でごったがえす玄関にテッドの姿はなく、部屋をのぞいてみてもいなかった。
 裏庭にまわってみると、だれかに借りたようなぶかぶかの黒い服を着たテッドがぽつんとしゃがんでいた。
 とても寂しげなその後ろ姿に、ぼんの胸がきゅんと痛んだ。
 ぼんはいたたまれなくなってその場をそっと離れた。表通りに出ると、どこかでイワシを売る声がした。
「いわしのやすうりだぁい。いきのいいいわしだぁい」
 ぼんの脳裏に豆電球がぺかんとともった。でもあいにく財布を持っていなかった。
 左手に宿した風の紋章でイワシ屋を眠らせると、ぼんは五、六匹のイワシをひっつかんで逃げた。
 そしてテッドの部屋の窓をあけて、イワシをすべて投げこんだ。
 ぼんは、うなぎのつぐないに、まずひとついいことをしたと自己満足でウンウンした。
 次の日、裏山で栗をたくさん拾ったぼんはテッドの宿屋を訪れた。
 するとテッドが部屋のなかでぶつぶつと文句をぶうたれていた。
「どこのどいつだ、こんなイヤガラセをしやがンのは。くそっ、まだイワシ臭ェ!」
 ひょっとして窓のすぐ下にベッドがあったのかなとぼんは反省して、そっと栗を置いて逃げた。
 次の日も、次の次の日も、ぼんは栗を拾ってテッドの部屋に投げいれた。その翌日はまつたけもついでに投げいれた。
 月夜の晩だった。ぼんが夕涼みと称して散歩をしていると、テッドが村の子どもたちと栗を投げて遊んでいた。
「テッドおにいちゃん、もっとおっきい栗がほしい!」
「あーマテマテ。それはまたこんどな。なんたって出所不明の栗だからよ」
 言いながらテッドはひょいとうしろを振り返った。ぼんはびくっとして立ちどまった。しかしテッドはぼんには気づかなかったのか、そのまま子どもたちを両腕にからめてさっさと行ってしまった。
 独りぼっちで生きてるかと思えば、最近のテッドはこういうこともよくある。だんだん要領を得てきたのだろう。宿のおかみさんは不慮の死だったのだ。テッドには関係ないのだ(たぶん)。
 それでもテッドが心配で、ぼんは次の日もまた栗を持って宿へ行った。ふと見ると、テッドの部屋の窓が大きくあいていた。
 中にはいってみようかどうしようかと悩んで、窓の下でぼんはうろうろした。
 そのときテッドは、窓の外の気配にいち早く気づいていた。
「どこのどいつだ、人のベッドにイガグリ投げていくヤツは。今日こそ懲らしめてやるからなカクゴしやがれ」
 テッドは立ちあがって、そっと弓を手に取った。そして足音を忍ばせて窓辺に近寄り、いままさにそこから不法侵入しようとするぼんを、容赦なく射た。
「わっ!」
 矢はぼんのバンダナを貫き、後ろの柿の木に当たってとまった。
「びっくりした! びっくりした! びっくりした! 殺す気か、テッドのアホ、殺人鬼、ソウルイーター!」
 悪態のかぎりを叫びながらぴょんこぴょんこ逃げていくぼんを、テッドは呆気にとられて見送ったとさ。


初出 2006-08-23 再掲 2006-09-12