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#11【三百年の誤謬】

 はじまりとおわりは、同じ場所だった。
 ふたつはただ時によってのみ遠く隔てられた。
 呪い、嫌悪し、否定することだけが生きるすべだった三百年。

 友人関係を期待されたことは、これまでにもあった。友だちになってくれ、ならまだましな方である。ひどいときはこちらの承諾もなしにいきなりそういうことにされていたり、なにか勘違いをしている『大人』に強要されたり。
 鼻をたらした、文字通りのガキどもの集団に放りこまれて「今日からきみたちの友だちだよ」と勝手に紹介された日には、冗談じゃないと失踪を企てるしかなかった。
 子どもが大人になるまでの発達段階において、友人は必ずしも必要とは思えない。保護者も、それに似た対人関係もそうだ。なければ無いなりに、人は勝手に成長する。それがいけないと主張するならば、そうできなかった人間をすべて否定してみるがいい。
 否定されることには慣れている。うわべだけ肯定されるよりはまじだ。
 同じ年頃の子どもというものは、テッドにとってはまったく異質の存在だった。似ているのは見かけだけ。同一視されることに苦痛を感じた時期もある。現在のように、『ガキ』のひと言で流せるようになるまでは、子どもという生き物はヒト科のなかでもっとも嫌いな属性だった。
 ただ時と場合によって、仲良くしてみせればそれなりの恩恵をこうむることもある。援助を申し出てくれたのが金と地位のある人物だったらなおさらだ。テオ・マクドールにはそれなりに評価する価値があったし、条件は申し分なかった。なによりテオには好感を抱いた。
 子息のルーファス・マクドールは、当初の段階ではは単なる付属物にすぎなかったのだ。
 付き人や同居人たちが、『坊ちゃん』とはるか年下のルーファスを讃えるのを冷ややかな目で見ながら、腹のなかで嘲笑っていた。
 せいぜいいい友だちを演じてやろうじゃないか。そう計算したのも事実だ。
 自分でも腹がたつほど要領がいい。だがこんなことで罪悪感を抱いても詮無いことだ。利用できるものはすべて使わせてもらう。そのかわり、迷惑はかけない。後腐れも残さない。
『坊ちゃん』だって友人がいつのまにかフッといなくなったら、困惑はするかもしれないが、いずれ諦めるだろう。彼の人生にはなんの変化もない。ほんの短い期間そばにいたものが死神だったということも、しあわせな生涯を終えるまで知らずに済む。
 ルーファスは父の志を継いで将軍となる。テッドは終わることのない旅を続ける。問題はなにもない。どこにもない。
 そう考えていた。よもや、ここまでずるずると引きずられようとは想像もしなかった。
「あのさ……おれ、おまえに話しておきたいことがあるんだ」
 キョトンとする漆黒の瞳と目があった瞬間、テッドは自身の発した言葉に激しくうろたえた。
 なにを言ってるんだ、おれは?
 話したいこと。すなわち、打ち明けてしまいたいしこり。苦しみ、つらさ、哀しさ、憤り、絶望。だがそれをぶちまけることは、テッドの恐るべき正体を明かすことを意味した。
 ひとりの子どもにすぎないルーファスがそれを支えきれるわけがない。なにひとつ波紋のない彼の人生に、小石を投げるようなものである。なんの得にもならない愚行だ。
 なぜいまごろになって、こんなに身悶えるほど人恋しいのか。
 生きるすべを忘れてはいない。拒絶すること。退くこと。忘れ去られること。それこそが、テッドを今日まで生かしてくれた賢いやりかたであったはずだ。
 崩れていく。壊れていく。
 揺らいではいけないはずの『道』が激震する。
 ルーファスに真実を語ることは、彼にとっても自分にとっても破滅を招く。
「ええと……いまじゃなくてもいいか。また、あとでな」
 声がくぐもった。わざと明るく背を向けながら、情けない、とため息をついた。
 その夜、ひとりでベッドにもぐってから、あまりにもいろいろなことを考えすぎた。寝つけないまま遠くで鳴る柱時計の音を幾度も数え、明け方にほんの少しだけ眠りにおちた。
 ルーファス。
 ごめん。
 大切に思っちまって、ごめん。
 あしたロックランドまで、いっしょに行こう。最後の旅だ。仕事につきまとうみたいで格好悪いけどさ、おれ、おまえの姿を胸にしまっておきたいんだ。
 いっぱい楽しもうぜ。
 いっぱい笑おうぜ。
 帰ってきたら、おれは消える。おまえの前から永遠に。
 おまえがこれから光のなかを歩いていくために。
 おれがふたたび闇のなかを歩いていけるように。
 ――――おれたちは、親友だもんな。
 枕がほんのわずか湿ったことも知らずに、テッドは浅く眠った。

 はじまりとおわりは、同じ腕の中だった。
 ふたりはただ時によってのみ遠く隔てられた。
 なにもかも諦め、狡猾さで塗りかため、口元を醜く歪めて自嘲うことだけが生きるすべだった三百年。
 ほんとうの笑顔をおまえに返したら、三百年の過ちは浄化されるのだろうか。
 ほんの少ししかできそうにないけれど、もし伝えることが叶うのなら。
 おまえがいたから、おれは生きたと。
 ルーファス。
 おれは生まれてきてよかった。だからおれの分まで生きろよ、ルーファス。


初出 2006-01-13 再掲 2006-01-24