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#10【27エニグマ】

地平線と地平線のあいだ、
荒くれた原野にばらまかれた27のひそやかな不可思議。
雪のように、閑かにさらさらとつもりゆくのは、
それらが戯れに産み落とした星の数ほどの不可思議のかけら。
不可思議は争乱をこよなく好み、
かけらは尽きぬ涙で地を浸す。
人、余映のわずかな光をたよりに儚く芽生えて朽ちるもの。
生まれて死にゆく無数の水沫。
大地は海。ひたひたとさざめく生と死の湿潤。
波は軋る。喜びと悲しみの摩擦で軋る。
27、それは真理のすべて。万物を統べる不文律。
人、それは矛盾のすべて。27に対する反定立。
ひと組の剣と盾を祝福する27の不可思議が散ったときから、世界はざわざわと忙しない。
見せかけの自由を求めて繰り返される鏖殺。
か弱き魂は順に海へ還される。
荒ぶる波濤は、きょうも大地のどこかを無情に削る。
たよりない小舟が嵐に揉まれている。
船底に躯をまるめて侘寝する幼子がひとり。
彼は単純な1セプティリオン個の原子。
だが回折格子をかざしてみるといい。
きこえるか?
かすかに、ひどくかすかに、
うたを、唄っているのが。
小さな左の掌で、なくさないようにとしっかり覆った右手。
どんな重力よりも重い、そこに在るものはエニグマのひとつ。
瞑目する”生と死”。
幼子のうたは子守唄。
どうぞこの世が海に沈まぬよう。
帆を追うかもめの姿はなく、波は小舟の行く先も告げぬ。
見守るものは夜と月。見送るものは昼と太陽。
闇へ招く咆哮は獣か、竜か。
深海にひそむは罪と罰、秩序と停滞。大気中には循環する五行。
つねにそこにあるはじまり。四方は百万世界との境界。
世界は円。世界は混沌。
世界は巨大なひとつの不可思議。
幻想と真理の支配する、永遠につらなるはるかな海。
不可説不可説転個の水分子に、ぽつりと降るひと粒の涙。
他愛のない物語。それはほんとうにかすかな世界の揺らぎ。


初出 2006-01-05 再掲 2006-01-13