おれは世界の狭間を放浪っている。
ああ、深くは追求しないで欲しい。おれ自身にとっても不可解きわまりない状況だからうまく説明ができない。
ただひとつだけ正確に言えることがある。
おれがこんなところにいる理由だ。
おれは騙された。
このオレ様が、まんまと騙されたんだ。
郷里を離れて百五十年、弱味につけこまれたのなんて、はじめてだぜ。
とんだ詐欺師だ、あいつ。
悔しいが、嵌っちまったもんはしかたがない。
いまは、三行半を突きつける機会をうかがっているところだ。
そん時は、奪われたアレも返してもらわなきゃいけないけど。
まあ、あいつもアレは持て余しているだろうからな。やんちゃなんだよ、アレは。
おれ以外のやつが、そう簡単に手懐けられるはずがないんだ。そのへんはかなり自信ある。アレとおれとの仲だからな。
問題は、このねじ曲がった空間が、おれのもといた世界とうまく”接岸”できるかどうかだ。さもなければ逃げるに逃げられねえ。
まったく、うろうろうろうろとほっつき回りやがって。わけのわからねえ世界につなげやがったら、末代まで祟るからな。
だいたい、あいつ、自分の世界に愛想を尽かして出てきたん違うか。どう見てもおれの世界の人間じゃねえだろ。っていうか、そもそも人間じゃねえし。
従順なふりも限界ってものがあるのさ。真実を知れば知るほどね。
世界に復讐するとかなんとか、面白いことをぬかしてやがるけど、要は私怨だろ? だったらひとりでやれっちゅーの。まったく、おれなんか監禁してどーすんの。ひょっとしてさびしんぼ?
ちくしょう、なんとかアレだけでも取り返せねえかなあ。
じいちゃんにバレないうちになんとかしなきゃ。
だってよ、歪んでるんだぜ、この空間。万が一、じいちゃんがばりばり現役だったころの世界につながってみなよ。半殺しだぜ、おれ。
マジ船長よりも怖ぇえから。うちのじいちゃん。最強だし。
くそ、邪魔くせえな、この鎖。
べつに取っ払っちまってもいいんだけど、船長、おれがこれつけてると嬉しいみたいなんだよな。
せっかくいままで言うこときいてきたんだから、もう少し悦ばせておくのも悪くない。
そんかわり、あとでたっぷり後悔させてやる。おれはじいちゃんの次におっかないぞ。
趣味の悪いローブの恨みも上乗せしてくれるわ。人を着せ替え人形かなんかみたいに扱いやがって。サド野郎。
はあ……。
百万世界がどれほどご大層なもんかなんて想像もできねえけど、少なくともその狭間が退屈だってのはよーくわかったよ。
構ってくれるのはガイコツや腐れかけた化け物だけ。薄ら寒くて、眠くもならなければ腹も減らない。そのくせ時間だけは右や左にふらふら流れている。おれはこういう、はっきりしない中途半端なところが死ぬほど嫌いだ。
ガキのころ放り込まれた施設も相当だったけど、こっちのが陰気さでいえば百万倍は上だと思う。人をなんだと思ってやがるんだ、ばかやろう。
ぞわぞわする。気色悪いからおれの名前を呼ぶな。おれは都合のいい飼い犬じゃねえぞ。
だからよ、おれはあいつの甘い言葉を鵜呑みにしたわけじゃないんだって。
単に、逃げ回るのにちょっと疲れていただけだ。たぶん。
あんときのおれに会えるのなら、一発殴ってやるところだぜ。本当だぞ。
ううう、イライラする。
ええい、そばに寄るな、ガイコツ。
おまえがカタカタ軋むと、歯がじくじく疼くんだよ。ちょうど乳歯が永久歯に生え替わっ……ごほん。
それとも松明の薪になりたいか? ガイコツ!
イライライライライライライラ。
ふははは、これほどの情緒不安定っぷりも百五十年来だぜ。
騙された。
騙されちまったんだ!
エンドレス。
――暇だな。なんかぱーっと変わったイベントでも起きねえかな。
もとの世界じゃなくてもいいからさ、どっか社会見学に行くとかさ。
外の世界にくっつかねえかな、船。
「――テッド」
「はい、船長。ここにいます。……なにか?」
「おまえに仕事を与えよう。もうすぐ客人が来る」
ひゃっほー、マジかよ。何年ぶり?
初出 2009-01-10 再掲 2009-07-07