地下大ホールの中央にパイプ机が並べられ、ここが梁山泊軍の臨時司令室となった。
生徒による人間バリケードは隔壁を間断なく裏張りしていた。十個あるゲートのどれが破られようとも即座に対応できるよう、綿密に練られた座りこみ体勢だった。
建物全体をコントロールする配電回路監視パネルの示す数値から、すでに地下二階まで完全に制圧されていると推測できた。物資の補給路も、逃げ場も失ったというわけである。
「フン、こんなのは想定内さ。あたしたちゃ孤立して戦ってるわけじゃないよ」
銀町絵麗亜は湯気のもやもやとたつミルク・ティーにうっとりと目を細めながら言った。
「先生」
鉄人は先ほどからパイプ椅子に腰かけたままなにかを思案していたが、思いついたように口を開いた。
「やっぱり機動隊が邪魔です。撤退させることはできますか」
遠藤璃乃が、なにをばかなことを、と言いたげな目で鉄人を見た。
「そうさね……警視庁総監は顔見知りだし打診できないわけじゃあないが、動かしているのがICPOならそうそういうことをきくとも思えないね」
「じゃあ、撤退ではなく待避を勧告したらどうですか。警察も犯人が身体中に爆弾巻きつけて出ていったらさすがに退かないわけにいかないでしょう」
「おいおい、爆弾なんて物騒なもん、おれは認めねェぞ」と璃乃。
「エンちゃん、爆弾は例えだって。要は生命と安全を脅かすものを盾にしたらどうかってこと。アメリカのSWATだって映画やテレビじゃばんばん武器をぶっ放してるけど、本来はシット・ウェイト・アンド・トーキング(座して待ち、交渉する)って聞いたことがある。隊員に身の危険が発生したら交渉どころじゃなくなるじゃん。外にいるSATだって似たようなもんじゃないの」
銀町がおかしそうに言った。
「ふっ、ひょっとして爆弾ってのはあんたか。たしかにあんたを無傷で捕まえろという命令は出てると思うけどね。だけどノコノコ出ていって催涙ガスだの麻酔銃だの撃ちこまれたらどうすんだい。それこそハルモニアの思う壺だよ」
「そうかもしれません。おれとしてもできるだけ機動隊との衝突は避けたいんだよね。下手したらまた……あ、いや。とにかく先生から、ターゲットの高校生はチョー危ないからケガをしないうちに手を退けってアナウンスしてもらいたいんですよ。ケガで済みゃいいけど、おれ、手加減できる自信ないし」
遙兵は少し離れた通路の床にどっかとあぐらをかきながら、鉄人の言葉を聞いていた。
銀町が鉄人をブレイン(脳)と称するのもわかるような気がする。こういうときの鉄人は冷静で、理にかなった手法で理論を結果に置き換えていく。どんな複雑怪奇な情報エントロピー相手でも怯むところを見たことがない。ただ、精神的なアプローチをされると話は別だ。鉄人は周囲が思っている以上に、感情面で脆いところがある。
鉄人が負けることがあるとすれば、自滅だろうと遙兵は確信した。
どうにもこうにも、危なっかしくて目が離せるわけがない。
鉄人は遙兵の心配をよそに、話を続けた。
「先生のことだから、警察関係に人脈は当然ありますよね。なんならさ、他言無用ってことになってる13ラボの惨劇を証言できる人間をいますぐ臨時国会に呼びだしてもらってもいいですよ。大騒ぎになったってべつにどってこないし、どっちかっつーと都合いいかも。あ、ウェブサイトって手もあるな」
銀町はカップをテーブルに置いて、「待て、待て」と制止した。
「またいきなりネジがハネ飛んだもんだ。いつからあんたはそんなに目立ちたがりになったんだい」
「おれはいつでも目立ちたがりですよ。それにいまさら隠したってどうなるもんでもないってわかったし」
鉄人の声は力強く、迷いや戸惑いは微塵も感じられなかった。
「先生にもきちんといっとく。おれ、特別扱いされて隠されたり守られたりするの、申しわけないけどけっこうウンザリなんだ。感謝はしてるけど、そのせいで関係ない人を巻きこむのは金輪際ごめんってカンジ。同じ過ちはくりかえしたくない。わりかしつらいんだぜ、あれって」
死んでいったであろう老医師の顔がふっと浮かぶ。
「……先生、普通の高校生として生きる権利があるっていったけど、それって有り体にいうと事実から目をそむけるってことだからな。だっておれ、どう考えてもフツーじゃねえもん。先生、おれのかわりに権利を主張してくれるんなら、悪いこともあり得ないこともぜんぶひっくるめて、おれって人間を認めてくれよ。あ、もう人間じゃないのか……まあいいや。みんなにもごまかさないで、ちゃんと説明してほしいんだ。じゃなきゃ、梁山泊の旗揚げる資格、ないんじゃないの」
ガタンと椅子を蹴って立ちあがったのはノエルだった。
「ぼくも……ぼくも、鉄人と同じ気持ちだから」
視線が一斉に鉄人からノエルに移った。
「ぼくは鉄人と比べたら失敗作で中途半端で、ハルモニアからも軽く見られてる。けど、鉄人以上にそういうの許せない。逃げるのも、かばわれるのも、守られるのも、騙したりごまかしたりするのもぜんぶ好きじゃない。堂々としてなにが悪いの。ぼく、みんながぞっとするような化け物じみた力を持ってる。事実を隠したってぼくはもうすぐ死んじゃうんだ。鉄人を見てたら、ぼくはこのまま……隠したままいなくなるのはイヤだ、って、すごくそう思うようになった。
ぼく、自分のなかにあるものを理解しようって必死だったけど、いまは理解できなくてもいいから生きてるうちに存在証明をしなきゃって、心から思うんだ。ぼくは魁ノエル、ノエル・ポラリスだって、思いっきり叫びたくってしょうがないんだ」
鉄人の表情がフッとやわらいだ。
五百数十人の耳がそばだてられる。
いましかないだろう。
深呼吸をひとつ。だいじょうぶ、落ち着いてる。これくらいしんとしていればそう大声を張りあげずとも、大ホールのどこにいようが聞き取れる。
「おれは連中に造られた。脳生命科学の現段階における最高傑作ってやつだ。ナンバー13と呼ばれてる。ラ・ムエルトって呼ぶやつもいる。死神っていう意味だ。おれは二年前、研究所を脱出するために、何十人か覚えていないけどとにかくたくさんの罪もない人間をこの手で、武器も使わないで惨殺した。死神ってあだ名はたぶんそんときつけられたんだと思う。連中がおれを執拗に追っているのは、そういう理由だ」
ノエルも続く。
「ぼくはナンバー27。ラ・ダムネイション。意味は劫罰。ぼくはね、たくさんの人を苦しめてきた。父さんも、母さんも、友だちも……ぼくさえいなかったら、って何度も思ったよ。人を不幸にすることなら自慢じゃないけどだれにも負けない。ほんとうならば、こんな大勢のなかに紛れていていいわけないんだ。いままでだまってて、なにも知らないみんなを危険にさらして、ほんとにごめん。ごめんなさい」
ノエルは頭を下げた。まっすぐの髪がさらさらと揺れる。
「それからな」と鉄人。「おれたちが決定的にほかの人間と違うところがひとつある。おれの身体はいま、成長を完全に止めている。つまりな、みんなが大人になってもおれだけはこの、高校生の姿のまんまなんだ。ノエルは逆だな。こいつの身体は、いつかわからないけど、たぶんあと数ヶ月もしないうちに、消滅しちまう。一瞬でだ。わかるな。おれたちが、人間じゃないって」
息を呑む音すらもきこえない。重すぎる沈黙が広い空間を凍りつかせた。
あるのは鉄人の声だけだ。
「それが、いまみんながバリケードを築いて守ろうと躍起になっている、高校生の姿をした弓ノ間と魁のホントの正体。騙して悪かったな。いいか、パニック起こすなよ。なんにもしねえから。ただ、もうみんなにここを守る義務はない。先生……と、いうことだ。梁山泊の解散宣言、お願いします」
銀町はすっかり冷めてしまったミルク・ティーをこくりと飲むと、ふうと息を吐いた。
「いいんだね、それで」
「はい」
鉄人はうなずいた。ノエルもいっしょに。
銀町が皺の刻まれた目尻を少しだけ下げて、「おまえもようやく、自分の口から言えるようになったようだね」とつぶやいた。口元が緩く笑んでいた。
「先生のおかげです。ありがとうございました」
「いい顔だ」
銀町はニヤリと笑った。立ちあがる。
「全員、いまの話は聞いていたね。どうやらこの砦は、強制力を失っちまったみたいだよ。弓ノ間と魁を恐ろしいと思う者は、ここから離れる権限がある。誰もその者を咎めはしない。いまから一時間後、離脱者の受けいれと保護を要請する。危険と非難の及ばぬようにじゅうぶん配慮するから心配はいらない。
いいね、他人の意見に振りまわされず、自分の意志で決定するんだよ。また、他人に意志を押しつける行動も禁止。誘いあいもなし。外に出た高等部三年はきちんとセンター試験を受験するように。
離脱を希望する者は無言で西側ゲート、残留を希望する者は東側ゲートの前に整列しな。おしゃべりをした者はその場で腕立て伏せ百回。教師と一般の方々も同じだ。では、移動開始」
がたがたと立ちあがる音がし、生徒たちが移動をはじめた。ぞろぞろと思った位置へ向かう。口を開く者はひとりもいない。
整列にはほど遠いが、ふざけもせず順番に並んでいく。場所を決めた者から床に座りこむ。
鉄人の口がぴくりと動き、小さく言葉が漏れだした。
「……なんで」
五百数十余人対ゼロ。
人は東側だけにぎっしりと大盛りになった。
「どうやら、誰も梁山泊の解散を願ってないようだね。さて、どうするかい天間星」
鉄人は大混乱してぐちゃぐちゃになりそうだった。
わかってんのか。
ほんとのほんとのほんとのほんとにわかってんのかこいつら。
たしか牡鈴学園って泣く子も黙る進学校のはずだけれど、おれの話が正しく脳味噌に浸透するのにそんなに時間がかかってそれで受験対策は万全と思っているのかみんな。
それともなにか。
これが例の日本のナショナリズムが生みだす犠牲的精神、すなわち大和魂というやつなのか。
階段の手すりに腰掛けて行儀悪く足をぶらぶらさせていた霧流が、あっけらかんと言った。
「民主主義で決まったんだからもちろん文句はないよね弓ノ間くん」
にたり。
鉄人は首筋がぞわっとした。
「……くっ」
突然、ノエルが前のめりになった。背中を苦しげにふるわせ、呼吸をむさぼるかのように喘いでいる。鉄人はさっと顔色を変えて駆け寄った。
まさか、こんな時にセラフィムが発作を起こしかけているのだろうか。
「の、ノエル! だいじょうぶか、おい」
「……く………」
「しっかりしろ、ノエル、ノエ……おい、先生、神医先生呼べよだれか!」
だがノエルは痙攣する手で鉄人の二の腕をがっしとつかんだ。
「く……くくく……くはははははははははは!」
鉄人の顎がかくんと落ちた。
「ははは、はは、は……あー、ケッサク!」
目尻から涙をぽろぽろこぼしてゲラゲラ笑っている。
鉄人の顔が蟹を生きたまんま熱湯に突っこんだみたいに、ぎゅーんと赤くなった。
「びっ……くりさせんな!」
びったりと頬をひっぱたかれて、ノエルは「いったい!」と叫んだ。
「暴力はんたい! しかもおもいっきり右手だし!」
「っさい! テロメア喰うぞ」
「なにおっ、このサイキック・マーダー」
「やかましー、オタンコナスの藪医者崩れ」
「ふーん、そのおしゃべりなかわいいお口を縫合してやろうか」
「やれんならやってみやがれ、バチアタリ」
「言ったな、貧乏神」
「まんじゅう怪人」
「変態エッグクラッカー」
右手が飛ぶ。
ノエルも負けじと左手チョップ。
テロメアレセプターの往復ビンタ。
極悪ニューロンキャリアーの毛髪わしづかみ。
「レディス、アーンド、ジェントルマン! 青コーナぁーっ、13番テェェェエエエッッド・ユ、ミ、ノ、マー! 赤コーナーーーッ、27番ノノノノノノェエルッゥウ・サァキィガァケェエ!」
小指を立ててリングコールを買ってでたのはやはりというか、こいつしかいないというか、煽り屋遙兵である。いつの間にか赤いおしゃれバンダナ(高級きりたんぽ用のちりめん風呂敷包みだ)を首に巻いている。
大ホールはますますさいたまスーパーアリーナっぽくなってきた。
観客は総立ちで大声援である。
「ゆみのまー!」
「ノエルー!」
リングアナは例のふたりである。
「いやあ、いつかはこういうことがあるだろうと思いましたがついにはじまってしまいましたね経夢人さん」
「まったくですね時雨努さん。しかしこれはどう見てもウェルター級の魁よりもライト級の弓ノ間が不利ではないですか」
「そうですねえ、弓ノ間はチビですからねえ。好き嫌い多いからカルシウム足りてないんですよ。おおっと、その弓ノ間ですが、いけません、金的は反則です。魁、苦しそうです。っと逆襲したぁあ! はいった、はいりました、脳天唐竹割り!」
パンチの応酬が寝技に持ちこまれようとしたとき、ゴングが鳴った。
「弓ノ間、魁、理事長の前でなんたることですか。ケンカはおもてでやりなさ~~いっ!」
美人物理教師、孤隼樹花の放ったいっそ天然ボケともいえる史上最強の無理難題に、ファイターもアリーナ席もみな地蔵菩薩と化してしまった。
遠藤璃乃の監視のもと、腹筋二百回背筋五十回スクワット二十回の刑を執行された鉄人とノエルは、仲よく頬っぺたに絆創膏を貼られてパイプ椅子に並んで座った。
夕食はパンとパック牛乳だった。量だけはほんとうにたっぷりとあったのでなにも問題はない。ただしパンが乾パンになり、牛乳が水道水になったら暴れだす生徒も出てくるにちがいない。
「ま、それもあしたの夕方までってことだよね」
ぜんぜん他人事のような霧流を遙兵がぎろりと睨みつける。もとはハルモニア製薬の手先だったヤクザの息子が親父ごとこの梁山泊ででかい顔をしているなんて、理事長が許してもお天道様と遙兵が許さない。
ぜったいになにか裏心があるはずだ。こいつにだけはテツは渡さねえぞ。遙兵は脳内で勝手に霧流をファイナルターゲットに定めた。
ホール内はがやがやとにぎやかだった。そのほとんどが屈託のない笑い声である。
大ホールには緊急避難用に人数分の毛布が準備されていて、生徒たちはおのおの段ボールを潰しながら路上生活者気分を満喫しているようだった。明日の夕方には毒ガス攻撃などという事態は何処吹く風である。たくましいのか理解力に欠けるのか、はたまた相次ぐ異常事態に正常な感覚が麻痺してしまったのか。
隔壁一枚向こうには機動隊と全世界が恐怖する闇組織が銃を構えているというのに、こっち側は冬期合宿さながらの高揚ぶりである。
鉄人は思った。
犠牲には、できねえな。
ハルモニア製薬の恐ろしさを生徒たちが理解するには、あそこで鉄人と同じ目に遭うしかない。理解しろといってもどだい無理な話なのだ。今回の集結も彼らにとっては一種の校内イベントである。それを甘すぎると非難はできないし、するつもりもない。
自分もいちど学園という日常を仮の住処としたからには、”じゃあな”といなくなるわけにはいかないのだ。
自分をいちばん特別扱いしていたのは、きっと自分自身なのだろう。
いっしょに戦おうぜ。あのあと遙兵が耳元でぼそりと、照れくさそうに言った。時雨努も経夢人もなにも言わなかったけれど、鉄人とノエルのために寝場所をつくってくれていた。そこは特別な場所ではなく、1年3組が身を寄せあった段ボールの上。
みんないっしょだ。
なにも特別なことなんてないさ。
フツーじゃないって? あたりまえだ。誰にだって個性がある。人間じゃない。ああそうか。それがどうした。それだって個性だ。すごいじゃないか。
すごいぞ。牡鈴学園ってとこは。日本一、いや世界一、すごい学校さ。
たっぷりおしゃべりしたらぐっすり眠って、明日をまた迎えよう。
手招くみんなが、そう言ってるように見えた。
背もたれに身体を預けたまま、鉄人は向かいあわせに座る銀町に言った。
「あすの朝七時に、グレアム・クレイと接触しようと思います」
銀町の目が向いた。
「……あんたが、直にかい」
「はい。先生、あの日も午前七時でしたよね」
「ああ。プエルトリコ時間午前七時。日本時間で同日の午後八時だった。懐かしいね、ついきのうのことのようだ」
「おれは、いったい何人のひとにたすけられたんだろう」
銀町は「さあね」と言ったあと、ぽつりとつぶやいた。「星の数ほどだね」
五百数十個の星を、おれはたすけることができるだろうか。
「先生。六十秒、ください」
「……ん?」
「六十秒あったら、不可能も可能にできるような気がするんです」
銀町はにこりと笑った。
「わかった。思ったようにやってみろ。わたしはなにをすればいい」
「昼にお願いしたのと同じです。機動隊を退いてもらえれば。あるいはそれをハルモニアと交渉する条件にしてもいいかもしれない。うん、それがいいな。ものごとはストレートに、だ。クソ医者のような卑怯な手を使うのは梁山泊らしくないでしょ」
「よし、わかった。さっそくコンタクトしよう」
「それから、もうひとつお願いが」
「なんだ」
鉄人はちょっと言葉を選んでから、続けた。
「おれは、おれのために”一生懸命”やってみます。先生は、学園のみんなを守ってください。おれはそこまで手がまわらないと思うから。おれが失敗しても、ほかには誰ひとり犠牲にならないように。それって、先生の役目です。たぶん」
クククと笑う声がきこえた。
「まったくだね。ああ、それがあんたの願いなら聞いてやらなくちゃいけまいよ。だが失敗は許さないからね。縁起でもない」
鉄人はぺこりとお辞儀をした。
「銀町先生。ありがとうございました。あの日、たすけてもらったこと」
「……きょうはやけに殊勝気をだすじゃないか、鉄人」
「ずっとお礼をいわなきゃと思ってきたのに、考えてみたらいちどもそういうことなかったから」
銀町はわずかにうつむいた。
「ばかだねあんたは。あした別れるようなことをいうんじゃないよ」
鉄人は鼻の奥がツンとした。考えてみれば、日本へ来てからずっと銀町だけが頼りだった。
どんなに忙しい日でも毎朝つくってくれた味噌汁。日本に住むなら食えなくてはいけないと無理矢理口に突っこまれた納豆。友だちをつくるのに要るだろうと与えられた携帯電話。インフルエンザでウンウン苦しんでいたときにも、夜中に何度も氷枕を持って覗きに来てくれた。
天国かどっかにいるじいちゃん。
おれ、”しあわせ”だったかもしれない。
鉄人はもういちどふかぶかと頭を下げた。
うっかりこぼした涙を見られないようにするためだった。
隣にノエルの腕が見えた。鉄人はそこにそっと右手をおいた。
「ノエル、おまえも行くか」
「もちろん」
即答。とっくに決めていた答えだ。
グレアム・クレイに会い、友に会い、父と会う。そして自分の気持ちをちゃんと伝える。
ぼくはここで生きたいと。
利用されるのはいやだと。
そして、戦う。
無謀だ。気違いじみている。けれどそうすることがノエルの存在証明。だから、逃げない。
鉄人がいる。
ノエルがいる。
ふたつの星は手と手をとった。
鉄人の右手。
ノエルの左手。
どちらにも絆創膏が貼りついている。
たしかに造られた手かもしれない。惑わされ、歪められ、人を殺め。
けれどもこれが真実のインビジブル・ハンド。
鉄人とノエルが神に選ばれ、そして与えられた、”個性”だ。
「武器はいるかい」
銀町の問いに鉄人は首を振った。
「武器はもってます」
ノエルもうなずく。
銀町はポケットをごそごそとまさぐると、なにかを取りだした。
鉄人とノエルは仲よく手をつないだままかちんと硬直した。
手のひらに握られたものは、例のアレだった。
「こういうこともあろうかと、いつも持っていて正解だったよ」
黒ずんだふたつの石。
「出た……銭形平次………」
銀町絵麗亜はにやりと笑って、高々と火花を振りまいた。
2006-02-07
