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カテゴリー: ターミナル/末期回路

長編「 ターミナル/末期回路」

冷嘲するパルス

 氷のような雨がいつまでも止まない。
 膝を抱えるようにして躯を凍えから護りながら、子供はずいぶんと長いあいだ、路地を行き交う人の流れを見つめていた。みな、いつもの日よりかなり急ぎ足のようだった。一刻もはやくあたたかい目的地に到達したいのだろう。
 世のなかにはおどろくほど多くの人間がいて、そのすべてが確実に他人であることが、子供には不思議に思えた。大きな鞄を提げた旅人、これから仕事場へ向かう踊り子、酒か薬で足元のおぼつかない痩せ男、安っぽい大剣をこれ見よがしに担いだ男、せこい商人風のネズミ髭、小綺麗なビロードの服を着た女性の集団、向かいの賭博屋から出てきた目つきの鋭い男、歩くのがえらく下手くそな老人。さまざまな人生が右から左へ、左から右へあらわれては消えていく。
 ただひとつ共通点があるとすれば───みな一様にこの雨を苦々しく思っている。同じ人であるのに、そこだけは自分と異なっていた。雨の日は、憲兵が見回りに出歩かない。雨のあたらないわずかな場所を求めて幾度もさまよわなくてよい。咎める者はいない。関わる者も、いない。だから雨は、好きだ。
 道端に、ゴミのように落ちている人の子に、手を差し伸べようなどという愚か者はいない。とくに、冷たい雨に煙るこの街では。虐げられた人々の集う街、そこの住人たちは自分ひとりが生きのびることでせいいっぱいなのだ。
 弱者から順に切り捨てられるのは、誰の責任でもない。国が理想主義を大前提としてはじめた貧困層救済セツルメントも、ほんとうの底辺にはパンのかけらひとつも届きはしなかった。明るい未来を官僚たちが、晩餐会でもしながら思い描いているその同じ時刻に、その何倍もの飢えた人々は雨でびしょぬれになっていた。
 だがそれとて、悪ではないのだ。
 瀕死の弱者をほんとうの死に追いやるのは、幾万人の無関心ではなく、たったいちどの同情である。興味本位で投げられたコインひとつが、彼の儚い命を数分つなぐかもしれない。そのあとに彼を責め苛む想像を絶する苦しみをわかっていたら、一時の満足のためにそんな愚かなことはしないだろう。
 この街の人々は、やさしい。関わらないことがやさしさであると、誰もが知っている。
 がりがりに痩せた犬が一匹、子供にすり寄ってきた。餌をねだろうと、クウンとか弱く啼く。その声にびっくりして、子供はきゅっと身を固くした。相手が犬でも、干渉されることに慣れていないのだ。
 腹が減っているのなら、せっかく授かったその牙で、視界にとらえた子供を喰いちぎればよいのに。哀れな犬は、施しを与えてくれる存在としてしか、人を認識することができないでいた。
「バカだな……」
 子供はつぶやいた。何日かぶりに発した声だった。犬は子供に身を寄せて、真似をするように地面に伏せた。すり切れた袖から包帯の巻かれた指半分だけを出して、子供は犬を撫でた。犬は穏やかにそれを受けいれ、やがて動かなくなった。
 安堵と孤独は似ている。人は、さまざまな感情によって生と死の疑似体験をするのだろう。眠りは死に似ている。そうして子供は目を閉じ、つかの間の夢を見た。

 びっしょりと寝汗をかいて、彼は叫んだ。跳ね起きようと反応した手足は、だが、自由とはほど遠かった。逃れたいと心が絶叫した。強い束縛をふりほどく代償として、激痛と、限界をはるかに超えるエネルギーを支払った。それは恐ろしいほどの苦痛だった。
 痛罵の矛先を、彼はその身に向けた。他にやり場がないのだから、しかたがなかった。
 痛みが耐えられぬまでに強くなればなるほど、甘美な夢はささやいた。おいで、闇の子。おまえの属するべきまことの世界に、おいで。そこには苦しみも悲しみもない。寒さも、飢えも孤独もくだらないやさしさも、必要としない。そこでは永遠は一瞬、一瞬は永遠。恐れることなどなにもない。おいで。
 行きたい。しかし、縄がほどけないのだ。暴れてももがいても、しっかりと絡みついて離してくれない。どうせ要らなくなる肉体ならどれだけ傷ついてもかまわないけれど、その覚悟と力を持ってしても断ち切ることができない。
 なんの匂いだろう。さっきから。臭い。気分が悪くなる。
 血。血のにおいだ。
「もう、イヤだ」
 無意識に弱音を吐いたその直後、彼は束縛者の正体を知った。それは、ひとりの男。一時の満足を得るために彼を我がものにしようとたくらむ、傲慢な男だ。
 傲慢で、なんと愚鈍なのであろう。肉体が受ける痛みよりもはるかに残酷に、彼を拷問する。おまえは、いったいなんだ。彼は憎々しげにつぶやいた。屈辱と焦燥感が、一気におしよせた。それから、男に確固たる殺意を向ける。
 喰われればいいんだ。おまえなんか。
 昼と夜の境目で燃焼する激怒。それこそが、ソウルイーターがもっとも嗜好する食事であったのだ。
 バカめ。
 彼は眼を閉じ、分解していく自分を冷嘲した。

 たとえ一時でも”夜”を統べていた男は、少年に眠ることを禁じた。少年の肉体と心が睡眠を乞うても、冷酷にはねのけた。酷薄な笑みを口の端に浮かべながら、猫のように丸まっている少年の顎に手をかけて上向かせる。
 小柄な躯を護っていた腕は抵抗をすることもできずに垂れ下がり、服従のしぐさを見せたかに思えた。そう、瞳に宿る憎しみの光以外は、たしかに男の掌に落ちていたのだ。
「ククク、なかなか強情だな。一筋縄ではいかぬか」
 最後のひとかけらを完全に手にいれるために、男はさまざまな手段をこころみた。肉体的と精神的な暴行。恐怖心と絶望感を徹底的に植えつけ、薬で自由を奪い監禁する。これに耐えられる者などない。大人でさえ発狂する。
 支配するだけではなく、男は少年の魂が己ともっとも近い存在になることを望んでいた。
 いわば、地獄への陶酔であった。許されざる強大な力は、人にとって地獄そのものである。男はそのことをよく知っていた。力を失ったのちも、地獄への憧れは断ち切ることができずにいた。
 安堵とは、すなわち失望である。どうした、なにをそう気落ちしている。少年の右手にいた死神は男をぎろりと見て嗤った。チャンスをくれてやろう。”これ”はどうだ、わたしの相棒だが、貸与してやるぞ。おまえとよく似た”魂”だろう。しょうしょう扱いづらいだろうが、好きにするといい。
 異形の紋章が存在を誇示しなければ、うっかり肉食獣の群れに餌として放りこんでやったにちがいない。男の飼い犬たちは喰えども喰えども飢えを満たさない、行儀の悪い駄犬ばかりなのだ。
 男は少年の顎に爪を立てた。皮膚が裂け、血が滲む。美しい赤だ。男の眼には、それはどす黒い邪悪の色に映った。
「どうした。まだくだらない感情を殺しきれないのか」
 できの悪い生徒を叱るように、癇に障る声がささやく。爪をさらに食いこませ、ごつごつとした指で喉を絞めた。これで気絶させたことが何度かあった。男が少年に与えた、つかの前の眠りであった。死の疑似体験。眠りとは、死を味わう手っ取り早い方法なのだ。
 どうだ、眠りも死もそうたいして違わないだろう。眠りや暗闇を恐れるのは小便臭いガキのすることだ。おまえに、それを教えてやる。
 少年は眼を閉じた。意識が闇に墜ちていく。
 誰の声だ。誰かが語りかけている。ここは、どこだろう。
 おれは───誰だ?

 最後に口にしたはずの謝罪の言葉はすぐに忘れてしまった。殺戮者は感情のない眼で街の消滅を傍観した。薄く笑んでいるようにも見える口元。子供らしい、やんちゃそうな見かけとは裏腹に、ぞっとするような毒を含んでいる。悪魔。もし彼の隣に人がいたのなら、そう呼んで戦慄したであろう。
 魂が集められる。何千、いや、何万。刈りとられ、殺戮者のもとへと。
 幼き姿の殺戮者は、ゆっくりと右手を差し伸べた。
 おいで。
 怒濤のように流れこむ。相棒がそれを喰らう。貪欲に。罪人も善人もより分けない。すべてに平等に、慈悲と絶望を与える。死はやさしいぞ。消滅を恐れることはない。眠るだけだ。闇が守ってくれる。
 魂を喰い終えた相棒は、ようやく殺戮者に休息を許した。彼はほっとしたような顔をして、ぐらりと傾いだ。小さい躯を砂漠の砂がふわりと受けとめる。
 少しだけお休み、闇の子よ。
 死の疑似体験。それはとても甘美で安らかだった。笛の音色がきこえていた。それは音楽というものであった。鎮魂の楽曲。殺戮者は思った。喰われた魂を葬送しているのだ、と。
 殺戮者は目を閉じた。おれは、そっちに行くことはできないのか? 死は、しょせんつかの間の夢なのか。誰よりもいちばん近いところにいるのに、そっと触れただけでお終いだ。この世でおれがもっとも罪深い罪人だからそうするのか。答えろ。
 答えろ、ソウルイーター。
「……ソウル、イーター」
 目を開ける。闇は目映さを増していた。両手からこぼれ落ちた鼓動が、感覚が、水を呑むように体内をふたたび満たしはじめた。
 あの声が聞こえた。それが誰であるか、彼ははっきりと認識した。
terminal
生を増幅し、
死に至らしめる道標。
 おまえを生かそう。けして逃がしはせぬ。魂を与えてやろう。
 だが、心せよ。我を裏切ったら、二度目はないぞ。
 自由を取り戻した唇がふるえた。氷のようだった表情が崩れた。
「……いや、だ」
 泣きそうな顔で、テッドは必死に首を振った。
「いやだ。もう……いやだ」
 どうして、自分だけ。
 やっと───やっと終わりだと、思ったのに。
「いやだぁあああああ!」
 あらん限りの力をすべてつぎこんで、テッドは絶叫し、崩れた。

エピローグ

「よう、相変わらずしけたツラしてんな」
 配達を終えて戻ってきたヴィクターは、カウンターに肘をついてぼうっとしているヨゼフの背をぽんと叩いた。
「砂は外で叩いてこいと、言ってるだろう」
「ごくろう、くらい言えねえのかよ、ったく」
 魂を持っていかれたような間抜けな顔は、それ以上突っこんでこなかった。最近ずっとこの調子なのだ。まったく拍子抜けする。しかもきょうは顔が発熱しているように赤い。
「なんだ、コーヒーじゃねえのか」
「なるべく度数の低いのから、じょじょにね」とカウンターの中でエリスが言った。「こないだみたいにまたくだを巻かれたら、こちとら商売あがったりだから」
 横からひと口飲んで、ヴィクターは顔をしかめた。
「うええ。ジュースみてえだ」
「慣れればあんたみたいにビンからイケるようになるさ。男はね、落ちこんじまったときのために少しは飲めるようになったほうがいいんだよ」
 口調は乱暴だが、それはエリスの思いやりだった。あの事件以来、人が変わってしまったように寡黙になったヨゼフを彼女も心配していた。事の次第は当事者から聞いたものの、あまりの話にエリス自身も、途中からヨゼフが夢を見ていたのではないかと疑った。
 そうでもしないと、到底信じられない。官邸の三階から過去のダウン・タウンへ時空移動させられ、彼の目前でテッドが自分を庇って死に、リーパーと夜の紋章がそこにいたイシュトバーンとともに姿を消したなどという話は。なぜならばエリスはあのあと官邸に駆けつけて、自分の足でしっかりと歩くテッドを目撃しているからだ。
 むしろ茫然自失となっていたのはヨゼフのほうだった。彼はあまりにも精神的消耗がひどく、治安部隊の事情聴取もそこそこにアパートへ送り帰されてきた。
 大法官アーネスト・トムキンスとその側近たちは官邸三階の一室に押しこめられていたところを発見され、無事に保護された。人質たちは犯人にいかなる目に遭わされたのか、全員が意識を消失していた。重度の精神的ショックを負っている者がほとんどだった。適切な治療と静養のあとで事実が明かされるであろうが、いつのことになるやら。
 官邸二階には五十もの死体があり、全員が南方系の褐色の肌をしていた。イシュトバーン・スンダクことテッドは事情を聴くために治安部隊に身柄を拘束された。状況から察するに武装勢力を根こそぎにしたのはテッドが単独で行ったことで、それは残念ながら疑いようがなかった。だが隊長のフランツの慇懃な態度から、そう悪いことにはならないだろうと誰もが思った。
 恐れていた『ハッシュ』への追求もなく、バー『クリプト』はなにごともなかったかのように営業を再開した。アンリはせっかく入手した官邸の見取り図をびりびりに引き裂くと、「暴れそこなった」と心底悔しげにつぶやいた。
 ヴィクターの手からグラスを奪いかえし、ヨゼフはぐびりと口に含んだ。これのどこがジュースだ。ひとつも甘くない。コーヒーなんかよりよっぽど苦ぇじゃねえか。
 あのとき、どれだけ涙を流したのだろう。人の多いダウン・タウンでは誰かが死ぬことはそう珍しくもない。母親が荷馬車に轢かれて路地に内臓を飛び散らせたときは、涙は出なかった。運が悪かったと瞑目した程度である。それなのに、自分を庇って斃れたテッドの身体を抱き起こしながら、すり抜けていく命を半狂乱になって逝かせまいとした。あふれた涙が、テッドの血にそまった頬を、髪を、襟を、袖を濡らした。あたたかい雨のようだった。止むことのない雨。とどまることのない涙。
 痩せこけて軽いはずの身体が、ずしりと重く感じられた。それは肉体が魂の抜け殻になった証拠だ。どんなに祈っても、二度と戻ってくることのない。
 身を引き裂かれるような悲しみ。届くことのない嗚咽。憎まれ口でも、得意の脅し文句でも構わない。もう一度だけなにか話してくれ。目をあけてくれ。逝かないでくれ。
『あははは。やっぱりおれに勝とうだなんて百年はやいんだよ、”ドラムヘッド”』
 ちくしょう。生意気だ。鬼ごっこをしている場合じゃねえんだぞ。あまり調子に乗って先走るな、大バカヤロウ。
 手を伸ばしても、呼び止めても、するりと先んじてしまう。テッド。
 来たときと同じ、乳白色の渦が視界を覆うのがわかった。けしてこの手を離すまいと思った。テッド、いっしょに帰るぜ。迷子になるんじゃねえぞ。
 ヨゼフがぼんやりとする意識から抜けだしたとき、異変を感じた。見ている。
 感情のない眼が。じっと見ている。ヨゼフを───『ドラムヘッド』を。
「……テッド」
 テッドはスッと視線をそらした。致命傷の傷痕はどこにも認められなかった。顔を伏せて、感情を押し殺して、テッドは言った。
「ドラムヘッド。忘れてくれ」
 それだけだった。テッドは遂に、別れるまでひと言も口にしなかった。言葉を引き出そうと躍起になるヨゼフと目をあわせようともしなかった。
 兵に押さえつけられ、わめいたが、テッドは聞こえないふりをして足早に歩いていってしまった。小さい背中が遠ざかる。それが、ドラムヘッドとソウルイーターの永遠の別れであった。
 エリスが無言で、おかわりをそっと目の前に置いた。今度は色鮮やかなオレンジを絞った、『エスペランス(希望)』という名の酒であった。度数は少し高めだが、いまのヨゼフには丁度いいだろう。
 そっと口をつける。涸れた涙の味がした。
 あれから数日待ってみても、テッドの消息はわからなかった。市当局からもなんの報告ももたらされなかった。ダウン・タウンにはいつもの喧噪がみなぎり、ロドリーゴは雨漏りすら直せない役立たずのアパート管理人、レオナルドは地味な清掃作業、アンリは憲兵の手入れにびくびくしながらの闇商売に戻っていった。
 カウンターに横並びになって、ヴィクターも久々に酒を口にした。つきあいである。いざというときこちらがシラフでは、対等に言い争えない。
「これから、どうする」
 ヴィクターが静かに口をひらいた。店内で堂々とハッシュの会話をすることはこれまでなかったことだ。なにかがヴィクターの中でも変わった。
「おまえさんに任せるよ。おれは一抜けだ」
 ヨゼフが腑抜けたたように返答した。
「へえ……いいのか? あいつ、言ってたぜ? 『おれは戦う、おまえも戦え』ってよ。ひとりでシッポ巻いて逃げようったってそうはさせねえぜ、ドラムヘッドさんよ」
「逃げるんじゃねえ。リタイアだ。言っておくが同じじゃねえぞ」
「フランツって隊長からさっき書簡が届いた」
 ヨゼフは跳ねあがった。グラスの水が振動でカウンターにこぼれた。
「なっ……なんでそういう大事なことをもっとはやく」
「おまえの心臓が爆発しちゃかなわんからな。テッドの野郎、ずいぶん粋な置きみやげを残してくれたものだ。どういった魔法を使ったのかしらねえけどよ。国家が、砂漠都市同盟の統治機能を委譲する意向を示したらしい。暫定的にではあるがな。すなわち、独立に向けて動きはじめたってわけだ。どうやらあのガキのしわざらしいぞ」
 ヨゼフは目を丸くした。独立だって?
「これからがほんとうの戦いだぞ、ドラムヘッド。ぼんやりしている場合かよ。ウスラトンカチどもの勝手にさせる前に、自治権をぶんどろうぜ。おもしろくなってきやがった。どうだ、ハッシュの戦う相手が今度こそ見えてきただろ」
「あ……ああ」
 ヨゼフはうなずき、にやりと笑った。上等じゃねえか。テッド、名は棄てたわけじゃねえな。
「テッドだがな」 ヴィクターは言った。「もう、ここにはいない。南へ向かうキャラバンで目撃されたのを最後に、消息不明になっている。それもフランツからの報告……いや、こちらは伝言だったかな」
「そうか……」
「帰ってくるさ」 ヴィクターはにっと笑った。「あいつには『クリプト』の地図を渡してる。帰ってこようと思えば、いつでも帰ることができるさ。なあ、あいつも『ハッシュ(沈黙)』の一員なんだ。ハッシュの集まる場所は、ここに決まってる」
 友の言葉は、ヨゼフをふたたび立ちあがらせるのにじゅうぶんだった。
「トゥ、フォールス、ネイヴス、ニード、ノー、ブローカー。悪党どもは黙ってても集う、か。ハハハ」

 弓と矢を肩に担ぎ、テッドは人気のない荒野で地平線に落ちる夕陽を見ていた。
 夜が来る。気温はふたたび下がるだろう。体温を保持するために、朝まで歩き続けるつもりだった。
 行くあてはない。なんとなくではあるが、南、と思っただけ。どこかに街があったら、また適当に数ヶ月ほど住んでみるのもよい。街から街へ、転々と。いちど訪れた場所へは二度と帰らない。一筆書きのようだ。ただし、交差のない。
 すべての街を歩き尽くしたら、次はどこへ行くつもりだろう。
 はじまりの地点に戻るのだろうか。
 そこにはもう、墓すらないというのに。
 それは、いつのことだろう。
 あと幾度陽が落ちるのを見、夜を歩き続けたら、終わりにたどり着くのだろうか。
 ソウルイーターの言葉を反芻する。
 我を裏切ったら、二度目はないぞ。
 テッドは、ぼつりとつぶやいた。
「……そういう方法が……あったんだ……」
 うっすらと、笑う。人間離れした、冷たく、ひどく美しい笑みであった。


2005-12-26