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クライム9―相剋

 少年にとって最大の矛盾となるものは、もっとも彼に近いところに病根を張りめぐらしていた。
 右手を完膚無きまでに蝕み、すぐそばにある心臓を次の人質にして、少年が裏切らぬよう厳しく監視する。
 その視線は粘着質で、嫉妬深い。少年に近づく魂はすべて『餌』ほどにしか思っておらぬ様子だ。
 それは歪められてはじめて成りたつ共存。まだ幼く損得の分別もつかなかった少年にとって、紋章の継承は意志とはまったく無関係の恭順だった。彼がその右手の痣を過酷な宿痾と解したのは、ずっとあとになってからの話である。可哀想に、少年はそれを身をもって知るしかなかったのだ。
 先達なき闇路をてさぐりで往く少年。『餌』がひとつ喰われるごとに、少年は深く病んでいく。
 ある日、路傍の村を亡滅に導いた少年の顔は嘲っていた。
 ヒトは『餌』となるべく大いなる意志によって生みだされた、混沌を育む食糧だ。共喰いをさせ、最後に生き残ったものが最上の『餌』となる。
 それは悪意ではない。真理のひとつである。だから同情は無用。
 ヒトの屍が大地に積みあがっていく。それこそが新たな生の母胎となる。
 生と死は相剋するがゆえにけして片方のみ欠けることはない。
 なのになぜ生は祝福すべきものであり、死は忌むべきものとされるのか。
 死もまた祝福であるのに。
 少年はけして死ぬことを許されない。
 万物の理から祝福されぬ躯なのだ。
 生と死を司る者として囚われたからには、造反など望むべくもない。少年は己の末期を正しく悟っていたし、それが近い未来にはおとずれぬこともまた了承していた。
 少年にとってもうひとつの矛盾は、ほかならぬ自分自身であった。
 紋章に選ばれし彼と、幼子テッドは、相剋する陰と陽。
 けして片方のみ欠けることはない。片方のみが、秀でることもない。

クライム9