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クライム9―無力

 ぼくの生まれた村は、とても長いあいだ、閉ざされた平和を維持し続けてきた。
 よそとの交流は、まったくないに等しかった。ぼくはそれを別段おかしいとも思わずに育てられた。
 村人が虐殺されたのは、ぼくが十歳くらいのとき。村は跡形も残らずすべて焼かれて、この地上から消えた。生きのびたのはぼくと、村の至宝である呪われた紋章だけだった。
 ぼくを村から連れだしてくれた旅の人たちとも離ればなれになって、ぼくはひとりで必死に逃げた。うかうかしていたら、あいつらに追いつかれる。紋章を狙って村を襲った魔女と、ヒトではないその手下たち。
 ひどい旅路だった。外の世界になんか触れたこともなかったのに、いきなりそのただ中に丸裸で放りだされたのだ。ぼくにはお金も、食べるものも、働く力もなくて、あっというまに行き倒れた。冷たい雨が降っていたのに、通行人はみんな見て見ぬふりをして声をかけてもくれない。あんなに人が行き交っているのに、ぼろぼろの子どもが震えてしゃがみこんでいるのに、目もあわせようとしないのだ。
 もちろんいまならその理由もわかる。あのときのぼくは、人を恨み、人間不信になることで、生きる力を得たようなものだ。ぼくを見捨てて置き去りにした旅の人たちもその対象だった。
 運よく堪え忍ぶことはできたけれど、ぼくはいつもお腹をすかせていた。生きるためならどんな卑怯なことでもやったし、殴られたって、罵倒されたって、歯を食いしばって涙だけは絶対に見せなかった。
 だって泣いたら、死んだら負けじゃないか。
 ぼくは復讐する。村を襲って、ぼくからすべてを奪い去っていったあいつらに。
 紋章に目がくらんで、あいつらはおじいちゃんを殺した。やさしかった村の人たちを、なんのためらいもなく残酷に殺してまわった。年老いて歩けなくなった者も、おなかに赤ちゃんのいる女の人も、ひとり残らず。
 そしてぼくの家に、火をつけた。
 どうして忘れられる? 笑いながら虫けらのようにみんなを殺したあいつらの顔を。
 いちばん悪いのは魔女。おじいちゃんをずっとつけ狙っていた。名前は―――。
 村の人たちを剣でずたずたに切り裂いたのは、黒ずくめの悪魔。蛇の眼をした。名前は―――。
 村に火を放ち、逃げまどう人たちをつかまえて血をすすった吸血鬼。名前は―――。
 憎しみは、時とともにつのっていくばかりなのに。
 ぼくの記憶から、大切なことはさらさらとこぼれていく。
 生きのびて復讐しろとは、おじいちゃんは言わなかった。
 ソウルイーターとともに、地の果て、時の果てまで、逃げろ。
 それがおじいちゃんの願い。村の人たちが命をかけてぼくに託した願い。
 だけど―――くやしい。それじゃ、自分の気持ちがおさまらない。
 憎い。殺してやりたい。
 憎めなくなってしまったら、終わりだ。それ以上逃げる意味もない。だから、ずっと憎んで、憎んで、憎み続けて、いつも憎しみでいっぱいでなくちゃいけない。
 ぼくが無力であることを、思いだしちゃだめだ。
 殺す。魔女を。悪魔を。吸血鬼を。
 生きる糧なんて、この憎しみしかない。だから、それまで捨てろとむごいことを言わないでほしい。
 せめて、我慢しなくても泣かずに済むくらいに、心が渇いてしまうまでは。

クライム9