わるいおにがくる。こわいおにがすぐそこまできてる。
みつかるまえに、かくれないと!
はやく毛布にもぐりこめ。ねむったふりをして息をころせ。
おににくわれるよ。
あたまからばりばりと、くわれるよ。
まるでそれも自分の一部であるように、子どもは頭の先まで掛け毛布をたくしあげた。
薄っぺらな布きれ一枚が、子どもにとって唯一の拠りどころだった。ほかになにも持たない子どもにとって、可哀想に、汚れた毛布は彼を保護する母親がわりだったのだ。
毛布さえかぶってしまえば、だれも指一本触れられまいと。
小さな躯はとてつもなく無力で、葬ることなどわけもないのに。
子どもはその幼さで悟っていた。ひとつのものから逃げるために、すべてのものから逃げなくてはならないことを。しかもその契約が無期限で、破棄という選択肢はあり得ず、代償に得るものすらなにもないということも。
彼はどうしてそんな無謀な約束を交わしてしまったのだろう?
そしてなぜこれほどの長いあいだ頑なに誓いを守っているのだろう?
子どもはなにも語らない。毛布をしっかりと握りしめて、凍えている。
ボクハイマセン ボクハコノ世界ノドコニモイマセン
ぼくは居ちゃだめなんだ ぼくはこの世界のどこにも居ちゃだめなんだ
だってぼくは だから
ぼくは無機質なただの『存在』です。これといった意味のないものです。
関係も、縁も、義務も、権利も、
ぼくにとってはすべてよけいなものです。不必要なのです。
要らないものはぼくにとって、すべて毒なのです。
胎内のようにしっとりと湿った毛布のなかは、いつもつきまとって離れない熱に体液と血のにおいが濃くからみついていた。
こうしているかぎり疵はいたずらに膿むばかり。
幼い手でしっかりと抱えこむのは病巣。蛆の這いずりまわる穢れた患部。
いつか腐りおちて、寄生する腫瘍とともに醜悪な肉のかたまりとなろうとも。
それでも子どもは、彼を病ませている『それ』と縁を切ろうとはしないのである。
黎明。
闇が薄くなってきました。まわりもずいぶんと冷えこんできました。
だけどぼくは知っています。それは偽りです。さらに深い絶望に突き落とすための巧妙な罠です。
うっかり毛布から顔をだしたとたん、明けかけた空はまた重く沈むのです。
この夜は待てども永久に終わるはずがないのです。
なぜならば夜は、この澱んだ世界は、ぼくを狩る猟場だからです。
繰り返されるのです。飽くことのない繰り返しです。
幾瞬、幾万、幾億、幾星霜の、
亀裂のない真の闇だけがほんとうなのです。
おににくわれるよ。
あたまからばりばりと、くわれるよ。
ちかくにいる。すぐそこにいる。かくれろ!
だけどおにはにおいでわかる。
おには熱でわかる。
どんなにかくれてもむだ。
にげつづけないと。
愚かなぼうや
みぃつけた
