だんなさまの放置遺体を検証する風呂上がりの漢三人。
せめてひとりくらい背後の気配に気づけばよいものを。
はっとして振り向いたときにはすでに、大きなお目々はテッドの肩の付近にあった。
「わたし、見たんだから」
まっすぐなロングヘアーを水色のカチューシャできゅっとくくった少女だった。これ以上ないほど真剣なまなざし。
齢は十歳を少し過ぎたくらいか。清楚でこざっぱりとした格好をしている。勝ち気そうな青い瞳に強い緊張の色を浮かべ、口をきっと結んで顔をあげる。
そして決意したように話しはじめた。
「おじさまのひみつ。交易商だなんて言ってたけど、この人悪徳旅団の大ボスよ」
「あ?」
何を根拠にお嬢ちゃん。
「あ、ウソだって疑ってる目だ。ふふん、よくってよ、じゃあ証拠を見せたげる」
少女は背中に隠し持っていた一枚の紙をつきだした。
チラシのようなそれには女の子が喜びそうなキュートな丸文字と天使の羽の絵が躍っていて。
”お小遣いがもうちょっとあったらな! そんな女の子に朗報だよ★ お仕事はとってもかんたん、遊び感覚でできちゃうよ! 週に一日、一時間でもOK♪ 初心者大歓迎。前借制度有。頑張れば月収百万ポッチも夢じゃないかも?! 連絡先はエックス商会”
あからさまにあやしいピンクチラシではないか。
「ええと……これが、なにか」
少女は信じられないといった表情で天を仰いだ。
「ニブチンね! いい? こいつ(おじさまスタートこの人経由こいつ)、ラズリルでこういうことやってる悪党なの。えらそうなことばっかり言って島のみんなをまんまと騙したけど、あたしの目だけはごまかされないわよ。だってあたし、ちゃんとラズリルで見ちゃったんだから」
「見ちゃった、って」
少女は人目もはばからず高らかに謳いあげた。
「地下酒場に未成年の女の子たくさんあつめて、ノーパ●ミニスカートのだっさい制服着せて、カモにたくさん貢がせて、同伴させたりそのままホテルに派遣しちゃったり、たまにボックスで●尺させたり素●させたり、イベントで●●板ショーさせられた子もいるし、つまりはそーゆーコトよ!」
ハーヴェイ、リアル年齢二十五歳。
テッド、推定年齢百五十歳。
ナルクル、ネコボルト年齢十八歳。
そろいも揃って、”そーゆーコト”に対する免疫は情けないほどぽっちりであった(当サイト比)。
どうん。
バルバラ山がひときわ大きく火を噴いた。
orz orz orz~
少女の名前はバルバラ。
有り難くも火の神と同じ名前を賜った、マグロ一本釣り漁師の溺愛する孫娘であった。
話を続けるのもおっかなかったが、はいそれまでにするのはもっとおっかなかったので、かなり退き気味ながらも三人のヘタレはお言葉を拝聴することに妥協した。
「こういうチラシ? ああ、裏通りに行けばいっぱい貼ってるわよ。公認のギルドでは学生は雇ってもらえないから、友だちどうしで誘ってそっちに行くの。新しい子を紹介すればお金もらえるし。ま、こんなのはジョーシキね」
「き、きみ、ラズリルの学生なの」
「そうよ。ラズリル音楽学院の中等部」
学校なんて縁もゆかりもない三人のことだからそのビックリ学校名に過剰反応するわけもなかったが、群島にその名をとどろかす超ハイクラスのお嬢様学校であった。
なかでも優秀及び容姿端麗な学生はフィンガーフート家の園遊会に招かれたりもするのであるが、この際そういう下世話な話題は関係ないからおいといて。
「でもびっくりしたわあ。長期休暇で帰ってきたら家にこのエロジジイがいて、おじいちゃんたちだんなさまって呼んでるんだもん。あたしも一応、おじさまって呼ばせられたけど、腹たつのよー。だってあたしのことぜーんぜん憶えてないんだもん。そんなに印象薄いかしらあたし。ふう。もっとガンバラなきゃだめ?」
が、がんばるって、なにをで御座いますか。
愛くるしい少女バルバラは、変死体が足元にあるという特殊な事態も別段どうってことないわというように、白バラのごとく可憐にほほえんだ。
「あーあ、でもザマアミロだわ! どーせ田舎娘だから楽勝だなんて思ったにきまってるでしょうけどね。フン! あたしにえっちな真似するなんて百年早いわよ。見なさいよ、中性脂肪の塊のくせにハアハア興奮しすぎるから心臓停まっちゃってさ。それにほんっとに運の悪いジジイね。これこそバルバラ神の錨、ってね。怒る方のイカリじゃなくて船のイカリよ。きゃははははっ」
少女の熱いパトスがほとばしる。
真実の裏側がそこにあった。
あーそういやーフィリッポさんいってたっけなー。
『バルバラ神の罰に決まっています!』
あれは罰の紋章よりも数段恐ろしいバルバラおじょうさまを暗喩していたのか。
バルバラは目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、こみあげる笑いにひきつりながらひとつの疑問を口にした。
「アハハ、ハハ、は、でも不思議よね。あのサイコーにケッサクな錨はどこいっちゃったのかしら」
渦中の三人は互いに困った顔を見あわせたが、フィリッポおじいちゃんの気持ちをおもんぱかって、その場は誤魔化すことにした。
バルバラ山の言祝ぎなるイベントがどのように遂行されたのかは知るよしもないが、翌日テッドが例の現場をのぞいてみると死体は予想通り犯罪の痕跡とともに消えていた。
その夜、テッドは最期の晩餐かとも思える恐怖体験を味わうことになった。
テーブル一面のオール魚料理。魚の満漢全席。おさかなフルコース。キュイジーヌ・ア・ラ・ポワソン。
「いやあ、第16番目の真の温泉はすばらしかったです。おれたちはオベル王リノ・エン・クルデス様の部下ですから王にもぜひあそこを訪れるよう、進言してみたいと思っています。それから島の売買契約は不当ですからこちらで書面をお預かりいたします。おそらく先方の権利書も紙切れになる可能性が大ですね」
ジャンケンで負けたテッドが事前に決めておいた台詞を棒読みすると、フィリッポは感極まって大御馳走を準備してくれたのだ。有り難すぎて涙が出る。
「テッド殿! 思う存分お好きなものをおあがりください。ハーヴェイ殿もナルクル殿もご遠慮なさらずにさあさあさあさあ!」
「おーっ、うまそうだなあ、テッド! よかったなあ、しあわせだろ?」
ハーヴェイはわざとらしく言ったあと、テッドの耳元で声をひそめた。「あんだけ大風呂敷ひろげたんだから、食えよ、全部」
いちばん年齢が近いと見るや(誤解である)、バルバラはテッドにぴったりとくっついて離れようとしなかった。かいがいしくお皿に魚料理を盛ってくれる。てんこ盛りにしてくれる。
「食べてね♪」
百五十歳、四面楚歌でいまにも泣きそうだった。
だがこの試練を乗り越えたら船に帰れる。身も心も胃袋も疲弊しきっても、今宵を過ぎたらふたたび自由な大海原だ。プラス思考で考えると今回のハプニングもけして悪いものではなかった。
息詰まる毎日のなかでフッと与えられた、魂の休暇。
ビッキーに感謝する気は毛頭ないが、正直ちょっぴり楽しかった。
「バルバラも新学期がはじまりますので、ラズリルへ送っていきます。オベル王様の船はミドルポートにおありなのでしょう。途中ですのでお送りいたしますよ」
「有り難いなあ。これでやっと帰れるぜ」
ハーヴェイは何の気なしに口にしたが、ある重大なことに気づくのにさほど時間はかからなかった。
マグロステーキに刺したフォークが止まる。
テッドも息を呑む。
ナルクルの毛が逆立つ。
訊きたくなかった。だが口は意志とは無関係につい訊いてしまうのだ。訊かなくては先に進まないのだ。永遠に終わりは来ないのだ。
「送る、って……なにで」
フィリッポはすまし顔で、何をあたりまえのことを訊きなさるかお客人、といった感じを気弱そうな相貌に満々とたたえて、答えた。
「船に決まってるでございましょう」
ぞわり。
こういう感触を、肌が粟立つというのである、諸君。
とどめの一撃はバルバラのかわいらしい口から発せられた。
「大型船ならたっぷり一週間はかかる距離だけど、おじいちゃんのお船は特別よ。燃料補給しながらぶっとばして三十六時間くらいかしらね、おじいちゃん?」
ハーヴェイ、大海賊キカの自称片腕。
テッド、重い運命を背負った時の放浪者。
ナルクル、未来の大商人チープーさんに憧れるチンピラネコボルト。
一斉に大合唱した。
「いやだ~~~~~~~~っ!!!」
バルバラ神から下された最大の試練は最後の最後に待ちかまえていたのだった。
第16番目の真の温泉のモデルは日本の第一級秘湯、諏訪之瀬島の作地温泉でございます。行ったことないけど行ってみたい。近くの小宝島湯泊温泉は筆者踏破済です(いばれない)。モルド島を見た瞬間からこのネタはありました。
【サイトリニューアル追記】諏訪之瀬島は現在ガチで噴火しているので、温泉探訪の際は現地の情報をご確認くださいませ。
2005-11-24
