第六題「悪態をついて」
体温であたためられた毛布に守られて、まどろむ朝のひとときはだれしも心地よいものだろうと思う。べつに時間に束縛されているわけでもないなら、自分には思う存分それを享受する権利があるはず。そこから考察して結論づけるにすなわち、この眠りを邪魔する者はすべて悪党なのである。決まり。
テッドは薄目をあけて、悪党をにらみつけた。彼はいい匂いの湯気をほかほかと立ちのぼらせているトレイを手に、悪党には似つかわしくない満面の笑みをうかべて近づいてきた。
「おはよう。熱が下がったみたいで、よかった。なにか胃にやさしいものをと思って、スープをつくってみましたよ。少し飲んでみませんか」
いらない、と言いかけて思いなおす。空腹を感じる余裕もなかった胃袋は、健康的にぎゅうと鳴っている。ぐあいがよくなったとたんに、現金なものだ。
テッドは肘をつかって身体を起こした。両の手は肘から指先にかけて包帯でぐるぐる巻きで、右手はさらに石膏で固められて肩から吊るされている。負担のかかった首も同様に、がっしりと固定されて横を向くことすらできない。
「食べさせてあげますね」
フレッドはどこかうれしそうに、スプーンに口を寄せてふうふうと吹いた。
「はい、あーん」
子ども扱いするその態度が気にくわないが、ぐっとこらえて口をあける。とろりと口中でとけるくらいやわらかく煮られた野菜が、喉をすべり落ちていく。
「お味のほどは」
「まあまあかな」
「ああ、よかったです」
テッドがスープをぜんぶたいらげたのに満足すると、フレッドは苦い粉薬と林檎のジュースを飲ませた。さすがにオレンジ・ジュースは避けたな、とテッドは苦さに顔をしかめながら思った。
「痛み止めですから、苦くてもがまんしてくださいね」
飲んでから言うな。
薬のたぐいがどの程度、自分の身体に有効なのかはわからない。代謝が活発な年頃なのだからゆっくり静養してリハビリすれば、もとのようになるとフレッドは診断したが、骨はほんとうにきちんとつながるのだろうか。こんな大怪我をしたことがないから予測がつかない。
それに、医者のいいつけどおりゆっくり静養しているひまなど、こちらにはない。爪が伸びないとか、そういう些細なところから怪しまれたらのちのち危うくなる。人とは異なる特殊な体質がばれないうちに、ここを去るのが正解だ。
しかし、困った。テッドは州議会の監視下に置かれたようだ。名目は証人保護だが、よけいなことをしゃべらないように軟禁されているのにも等しい。国境越えはおろか、診療所から一歩でも勝手に抜けだしたらあっという間に連行されてしまうだろう。
「うかない顔をしていますね」
フレッドはテッドの機嫌がよくない理由を完全に誤解したらしい。不安をやわらげようとあれこれ世話をしてくれる心遣いはありがたいけれど、本音はどちらかというとあまり構ってもらいたくない。気のない返事を返すだけでも相当の労力なのである。
「チェスターも心配していますよ。あ、呼んできましょうか」
「いいよ」
「そういわず、元気な顔を見せてあげてください。ゆうべもほとんど眠っていないみたいなんです。がさつに見えても、けっこう繊細なんですよ」
最初からそのつもりだったら、聞くな。
いちいち遠回しなフレッドの態度はむかつくが、この医者には恩がある。借りは八掛けで返すのが主義だ。
「ヨォッ、ちびすけ、けさは顔色がいいじゃねえか」
最大の悪党は呼びもしないのにどかどかとはいってきた。なにをするにも大きな音を立てるので、目を瞑ってもどこにいるのかがわかる。この熊男のどこが繊細だというのだ。
チェスターはベッドの端に腰を下ろした。
「手、痛くねぇか? そんなんじゃ便所にもいきづらいよな。ションベンしたかったらおれが手伝ってやるからよ、遠慮なくいいな」
「結構です。どうぞおかまいなく」
「しっかしゆうべのちびすけ、カッコよかったぜえ。あんがいやるな、おまえ。あのキックはスカッとしたぞ。護身術かなんか習ってたのか?」
「べつに」
「こんど旧市街の武闘大会があんだけどよ、エントリしてみる気……」
ぎろりと睨まれて、チェスターは苦笑いをした。
「あ、ああ、無理だよな、その怪我じゃ……うん、また来年、ってことで」
願い下げだ。来年どころか、ひと月だって居たくない。右手がこれでは武器を扱えるのもだいぶ先になりそうだが、身の回りのことができるようになったら意地でもここを離れてやる。いざとなったらど派手に関所破りだ。お尋ね者になったところで、二度と戻ってくるつもりはないのだから構うものか。
ふとカミラのことが気にかかって、テッドは訊いてみた。
「あの……カミラ、さんは」
「あ? ああ、台所で鼻歌うたってやがっぜ。元気なもんさ」
言ったそばから、ばたばたと階段をあがってくる音がした。ドアをお尻でぽんと押し開けて、お皿を手にしたカミラが姿を見せた。
「さあ焼けたわよ! はちみつとバターとお好みでシナモンをのせて、熱いうちに、どうぞ」
ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。おいしそうな匂いの正体はホットケーキだった。
「テッドくん、よかった! 起きてたのね。チェスター、テッドくんに食べさせてあげて。いま次のを焼いてるから、戻るね。どんどん運ぶわよ。ああ、焦げちゃう、焦げちゃう」
なんたる慌ただしさ。たんぽぽのような色をしたエプロンがにぎやかに去っていくと、チェスターがぼそりと言った。
「あいつ、カラ元気だしやがって……」
「昨夜はかなりのショックを受けていました」とフレッドが継いだ。「診断はしましたが、いまはまだなんとも判断できかねます。妊娠している可能性はかなり高いと思います」
妊娠。避けがたいその仮定に、テッドはぴくりと身体を硬直させた。テッドの目の前で、複数の男たちに乱暴されたカミラ。おぞましい光景が、じわりとよみがえってきた。
カミラは泣き叫んでいたのに、だれひとり欲望を萎えさせようとしなかった。人とは命令されたというだけで、そこまで残酷になれるものなのだろうか。
男たちの身体はけして傷つかない。傷つくのはカミラひとり。無抵抗の女性を地獄に突き落として、やつらはみな、笑っていた。
人間ではない。
ヒトの姿をしたケモノ。
くらりと目眩がする。折られた指がずきんと痛む。
「チェスター、もしもということはあります」
フレッドは遠慮がちに口をひらいた。
「最悪のことはいまから考えておきましょう。ぼくは堕胎には反対の立場ですが、今回は許される事情があると思います。カミラちゃんの身体にも、かなり負担はかかりますが、経験豊かな医者を紹介しますので……」
「先生」とチェスターはさえぎった。「そいつぁ、カミラと相談して決めます。けどあいつ、ぜったいにやるっていわねえでしょう。むかしっから、そういうやつなんですよ、あれは。ぜってぇに、見殺しにはしねえ。産んでもらうのが最大の幸福だっちゅうのが、口癖なんですから」
癇に障り、テッドは眉をひそめた。なんという思いあがった、一方的な死生観なのだろう。つまりは産んでやって幸せだろう、感謝しろということか。
少なくともテッドは、この世に生をうけてありがたいと思ったことなど一度もない。その考えに反対だからといって非難されるいわれもない。
「父親がだれかもわからない子ども、あんた育てる覚悟あんのかよ」
テッドはいらだって、チェスターにつっかかった。
「口だけならなんとでもいえるだろうけどな。くそったれ野郎にそっくりなその子の顔を見ただけで、反吐がこみあげるかもしんないぜ。それでもあんた、耐えるってのか。あ、いや……あんたは、いい。生まれてきた子どもが、不幸になるとは思わないのか」
「思わないね」
即答。チェスターは挑むような目つきで、テッドを見据えた。
「カミラの子はオレの子だ。文句あっか」
「ご立派なことで」
「ま、たしかにオレも親に捨てられたくちだからな。けど、どうだ? これっぽっちも不幸じゃねえぞ。胎ンなかにいるときに殺られるほうがよっぽど不幸だ。ちがうか、ああ?」
「あんたと議論したら百年先まで平行線だ」
テッドはぷいとそっぽをむいた。その視線がぎくりと凍りつく。
ドアのところにカミラが立っていた。
「次、焼けたから、もってきたよ」
カミラはにっこりと笑って、皿をテーブルに置いた。
テッドを向く。
「テッド、心配してくれてありがとう。やさしいね」
テッドは息を呑んだ。
「でも、わたし、産むよ? だって、それは神様がきめたことだから。おかあさんになっても大丈夫だって、神様が認めてくれてはじめて、子どもって授かるのよ。テッドも、子どもができたらきっとわかるわ。ああ、こういうことだったんだなあって」
「わかるかよ。そんなの一生わかるわけねえだろ。知ってるくせに、なんだよ。あんたらの理屈、チョー身勝手だ」
口をへの字に曲げるテッドを見て、チェスターも笑った。
「おお、そうやっていつまでも拗ねて悪態ついてろ。身勝手ってのはな、悪いコトばっかりじゃないんだぜ。ま、理解しろといってもちびすけにはまだちいと早いかな」
カミラは困ったようにチェスターとテッドを交互に見て、いきなり目尻をつりあげた。
「なによ、熱いうちに食べてっていったのに、ぜんぜん手をつけてないじゃない。チェスター? ちゃんとテッドくんに食べさせてあげてよ。わざとフォーク、のどにつっこんだら、承知しないわよ。あっ、いけない、焦げちゃう!」
いったい何十枚焼く気なのだろう。もしかしたら隣近所にもくばって歩くつもりではないか。
フレッドはくすくすと笑って、ホットケーキを口にいれた。
「おいしい。カミラちゃんは料理がじょうずですね。いい奥さんになりますよ」
「ホットケーキは料理か?」
チェスターは丸のままを半分に切っただけのやたらとばかでかい一片をフォークで串刺しにし、テッドの鼻先につきつけた。顔をそむけようとしたが首が固定されてそれもままならず、テッドは口を二枚貝よろしく結んだ。
「拗ねるのはあとまわしにして、とにかくひとくちでも食っといてくれ。カミラを怒らせたらあとが怖い」
弱りきった胃が焼いた小麦粉を消化できるのかどうかは微妙なところだが、テッドはしぶしぶ大口をあけた。
調合した痛み止めをいやがるテッドに飲ませて、チェスターの一日の仕事は終わった。
「もう飲まなくてもかまわないだろ、これ。あんまり痛くないし」
「やかましい。薬くらいでピーピーさえずるな。口の悪いのが治る薬も混ぜてあんだから、当分だめだ」
「そんなら自分で飲みやがれ」
これまで育んできた危機管理能力が、苦いものは毒だと認識している。チェスターの調合する薬など毒も猛毒、先日むりやり飲ませられたあれよりもはるかに危険物にちがいない。
苦いだけではなく、変なあんばいに眠くなるのだ。深く寝入ってもしもの事態になったとき、すぐに対処できないのはまずい。飲んだふりをしようにも、チェスターがわきで見張っているので如何ともしがたい。
しかたなしに嚥下する。夜中になにごとも起こらないことを願うしかあるまい。
チェスターは白衣を脱いで壁に掛け、診察室を出て行った。すぐとなりの部屋にカミラとふたりぶんの寝床を用意してある。ただしチェスターは床の上だ。
テッドをひとつしかないベッドに寝かせたので、フレッドはソファを使うことにした。
「この診療所も、もう少し設備をきちんとしたいのですけどねえ。恥ずかしながら、あんまり儲からなくて、アハハ」
フレッド・ヤンスが儲け主義の医者ではないことは、日中の診察を見ているとだいたいわかる。金に困っている患者からは代金を受け取らず、ツケで構わないからと笑ってはすぐに忘れる。これでは永久に貧乏な町医者のままだろう。
「薬代、あとできちんとお返ししますから」
テッドが言うと、フレッドはたしなめた。
「そんなことは考えなくてよろしい。もしくは、大人になって自分で稼げるようになったら、思いだしてください。もちろん、利子はつけません。ぼくが勝手にやっているのですから、気にしなくていいんです。きみはただ身体を治してくれればいいんですよ」
「……すみません」
「謝るのは、子どもの仕事ではありませんよ? 大人の身勝手できみをひどいめに遭わせたのですから、むしろ謝らなくてはいけないのは、大人であるぼくたちでしょう」
まただ。大人。子ども。この人の論法はすべてそこに基づいている。いくら自分の見かけがまやかしだと主張しても、彼には通用しない。
根本ですれ違っているのだから、議論は無意味である。口をつぐむことくらいしかテッドにはできない。
「あかり、消しますね」
フレッドは三つあるランプを消して回った。闇夜ならいちばん暗いひとつを残しておくのだが、今夜は月明かりでじゅうぶん足りる。
ソファに手足を伸ばすと、フレッドはテッドに訊いた。
「テッドくんは、孤児院にいたわけではなさそうですね」
「あ……はい」
「生まれも、ひょっとしたらよその国でしょう」
「わかるんですか」
「言葉の感じがね、すこしちがいますから。生まれは、どちらですか」
テッドは少し戸惑って、「知らないんです」と答えた。
「ああ、ごめんなさい。詮索しようというわけじゃないんです。ただ、きみのことも知っておくべきかなと思って。ほら、乗りかかった船という、あれですよ」
「おれ、いろんな国を旅してきたので、小さいときのことはよく憶えてないんです」
「そうですか、旅を。うらやましいです」
テッドはおかしくもないのに微笑して、「楽しいことばかりじゃありませんでした」と言った。
「それでも、さまざまな国を知っているというのは、よいことです。体験はそのまま知識になり得ますし、知識は力です。きみはまだ小さいのに、人生でたくさんの得をしていますね」
馬鹿をぬかせ、と怒鳴りたかった。うらやましかったら、交替してやってもいっこうにかまわない。できるものならば、いますぐに、ここで。
テッドにとって、幾多のつらい体験よりも、名前を刺繍された帽子のほうがよっぽど価値があった。テッドという名前は、人々のあいだを風のようにとおりすぎ、同じ場所には二度と帰ってこない。だから、持ち物に名前を記す理由もない。
羨んでいるのは、こっちだ。父と母がいて、定住する場所があって、慕う人々があつまるフレッド・ヤンス。あなたは人生でたくさんの得をしている。そのことに気づかないあなたを、おれは憎むしかないではないか。
「テッドくん……もう、寝ちゃいましたか」
「いえ」
フレッドは口調をわずかに変えた。
「あの、もしいいたくなかったら黙っていてもかまいません。教えてください。きみが何者かに執拗に狙われる、そのわけがあるはずなんです。きみは捕まっているとき、なにか重要なものを見てしまったかもしれません。テッドくんはそうは思わなくとも、だれかにしてみれば非常にまずいことです。思いだしてほしいんです。なんでもいいです。心当たりを」
たしかに、それはもっともだ。
順をおって説明すれば、そのなかにヒントが隠されているかもしれない。テッドはその提案に賛成した。
「さいしょは、旧市街の南エリアに住んでました。ああ、住んでたっていうか、日雇いの人たちが寝泊まりしてるところに混ぜてもらったっていうか、そんな感じ。けっこうそれなりにやってたんだけど、みつかちゃって、保護施設に連れていかれました」
「施設では、何日か生活したんですか」
「ええ、まあふつうに。一週間くらいだったかな。あれもまた監禁っぽかったですけど、世話をしてくれる人もいたし、おかしいとは思いませんでした。そして教会で十人引き取るからといって、ええと、男の子がおれをいれて七人。女の子が三人。迎えに来たのは神父さんの格好をしたふたりの男の人で、馬車に乗せられました」
テッドは話を句切った。できるだけ正確に思いだそうと試みる。
「馬車は二時間くらい走ったかな。降ろされたところは廃墟みたいだったけど、けっこうしっかりとした建物でした。まわりには……森と、すぐそばに塩湖が見えた。おれたちは建物のなかにある一室に全員いれられて、床に座れと命令されました。その部屋に窓はなくて、家具もなにも置いていなかった。あかりもないから昼でも薄暗くて、ひとつだけしかなかった扉は鍵がかかるようになってました。食べ物は、三回くらいもらったかな。茹でていない芋をすこしと、あと、ネズミを食べさせられた子もいた」
フレッドが呻くのがきこえた。ほんとうのことだから言ったまでだ。
「水はもらえた。たぶん雨水かなんかだと思うけど。でも立つのは許されなくて、トイレもその場所でした。何日もそうだったから、すごい臭いがしました。見張りの人もいやがって、あまり部屋にははいってこなくなりました」
「神父の格好をした人たちかい」
「ちがうと思う。たぶん毎日、いれかわりでちがう人が見張りに来ていた。あんまり賢そうな人たちじゃなかった。あいつら、泣く子とか、錯乱しておかしくなっちゃった子を、叩いたり蹴っ飛ばしたりした。殺すなって命令だけど、一歩手前までだったら好きにしろって感じだったな。目をつけられた子は、悲惨でした。火のついたたばこを眼球に押しつけられたり、爪を剥がされたりして叫んでた」
「……なんてことだ」
「おれは、おとなしくしてたからそこまでされなかったけど、目つきが気にくわないっていわれて……錆びて折れた鉄格子の棒が鋭いエッジになってて、そいつで肩んとこを鋸引きにされた。偉そうなやつが、とめたけど」
「その人は?」
「殺すなって命令してた人。たびたび見たから、顔は覚えてます。でも同情じゃなくて、金になるまで生かしておけって意味ですよ。だって、あいつが命令したんだ。欠伸しながらさ。助成金をがっぽりもらったから、もう飼っておく必要はないって。例のところに”運んで”埋めろって。そして、逃げようとした男の子をつかまえて、あいつ、首をひねった。ボキッて音がして、のどから骨がつきでてるのがみえた。血がたれて、服が汚れた。きたないってあいつ怒って、もう息をしていないのに、足で頭を踏みつけた。頭が割れて血とかいろんなものが床にとび散って、それも、次のがくる前に掃除しておけって……」
「もう、いい、もういいよテッドくん」
フレッドがどんな顔をしているのかが見なくともわかった。虐殺された子どもたちが死の直前に味わった地獄が、想像を絶していたにちがいない。淡々と語るテッドの話に偽りも捏造もなく、それがフレッドの胸をはげしくえぐっている。
どうだ、先生。事実はあなたが思うよりはるかに悲惨だろう。金のために人は悪魔に変貌できる。どんなに否定しても、性善説を唱えようとも、それがこの一見平和な町で起こっている現実なのだ。
もぞり、とフレッドがうごめく気配がした。やろうとしていることはわかっている。地獄を目撃した少年をなぐさめようと、よけいな思惑をめぐらせているのだ。
「テッドくん、つらいことを思いださせてごめんなさい。ぼくの認識が、甘かったみたいだ。もう話さなくていいから、眠りなさい。ぼくがそばにいよう」
ここまで話をさせておいて、いまさらなにを。テッドは腹の底で嘲笑して、眼をとじた。
ベッドがわずかにきしみ、あたたかい体温が寄り添ってくる。
愚者のなぐさめ。はねつけたところで、この人は自己を押しとおそうとするだろう。利用する価値さえなければ、まっ先に縁を切ってやるのに。
あたたかみが鬱陶しい。自由な眠りを妨げる者はすべて悪党だ。独りで眠る夜のどれほど心やすらかなことか。
はやく、孤独に戻りたい。この町にはもう居たくない。
逃げたい。逃げなくては。手遅れになるよりも先に。
最終更新日:2006-10-04
