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罪を背負う者たち

スマホ執筆SSです。まとまりがつかなくなってしまったので供養。親友とマクドール家。シリアスです。

 大丈夫だとテッドは言った。逃げ切ってみせるから、と。
「俺はお前を信じるから、お前も俺を信じてくれ」
 今になって友の遺した言葉が刃となってティルを苛む。あのときはまだ、そこに隠されたあまりにも重い真実に気づくことすらできなかった。
 置き去りにされたあの子はまだ、ぼくと交わした約束を信じているというのか?
 いや、テッドは忘れているに違いない。でなければティルと初めて対面したとき、もう少し驚いていただろうから。
 助けてくれると信じたお兄ちゃんが土壇場で裏切り、一人だけ山深い夜の闇に取り残されたあの日、彼はまだ十にも満たない子供だった。
 人は過剰なストレスに晒されたとき、心を守るために記憶を捨てることがある。テッドがそうしたかどうかはわからないが、いずれにせよあの時のお兄ちゃんがティルその人であるとは彼は夢にも思わないだろう。
 無理もない。三百年も前の話なのだから。人の寿命はせいぜい八十年、だから当時の出来事にティルが関わっているはずもなく、やはりテッドの中でその線はつながっていない。
 一度は自分を見捨てた人間とも知らず、テッドはティルに心を開いた。いや、それも彼のフリだったのだろう。適度に近づいて、利用して、危険に晒す前に離れる。幾度も繰り返してきた処世術。どんなに上手に演技しても、真の紋章はお見通し。失敗したことだってあったはず。その度に彼は大切な人を喪ってきたのだ。
 テッドがそわそわして、「大事な話があるんだ」と言いかけては先送りにしたあの頃、離れるタイミングを伺っていた彼の、その胸の寂しさはいかばかりか。慣れているとは言うものの、絶対に過ちは犯せないという重圧と、せっかく築いた人間関係を断ち切る勇気は相当なものだろう。
 あと少しだった。ウィンディさえ現れなければ。
 いや、はたしてそうだろうか?
 ティルは考える。自分こそが予め定められた終着点であった可能性について。何もかも夜の紋章の仕業だ。あの剣が気まぐれに時空を歪め、ティルたちを翻弄したせいで。
 約束された場所。それこそがティルであり、テッドの呪われた生を解放できる唯一の鍵だった。
 嗚呼! そんな馬鹿な話があるだろうか。真の紋章は、宿主となる人間の苦しみなどどうでもよくて、都合のよい器くらいにしか思っていない。そもそも意思があるのかすら定かではない。
 人と紋章の関係など、ティルは考えたこともなかった。テッドもきっとそうだったのだ。長い年月をかけてテッドが学んできたことを、ティルは一から学んでいく。
 もしも再びテッドに会えたなら、何を話そうか。たくさん話しをして、笑いあって、それから今度こそ謝ろう。
 置き去りにしてごめん。
 そして「頑張ったね」と抱きしめたい。「ありがとう」と言いたい。生きてくれて、ありがとう。
 こんな自分をひたすらに信じた友の純粋さがどうしようもなく悲しすぎて。申し訳なくて。
 ソウルイーターがあの子を宿主として選んだことが、あまりにも悔しくて。
 人を不老にしたり、過去に送りこんだり。およそ耐え難い矛盾に、ティルは人と紋章が共存することの如何に困難であるかを思い知ったのだ。




 ティルの記憶は鮮明である。あの悲しい出来事から、さほど日も経っていない。三百年を遡るのは、真の紋章の力をもってすれば実に気軽で苦もないことだった。
 人はそんな力を持たない。だから長い時間と距離を、テッドは二本の脚で歩いた。どんなにか辛く孤独な三百年だったか。
「ぼくも連れていってよ」
 煤と涙で顔をぐしゃぐしゃにしてそう懇願したテッド。彼は憐れなほど幼く、呆れるくらい非力で、生き延びるための武器や食料、なんなら防寒着の一枚すらも持っていなかった。襲撃された家から着の身着のままで逃げてきたのだから、無防備そのものだ。
 ティルの右手につながれたその手はショックで冷たくこわばり、がくがくと震えていた。
 村に火を放たれ、逃げ惑う住人が剣で斬られたり、火だるまになる阿鼻叫喚を目の当たりにしたのだ。それはティルでさえも目を覆うような凄惨な光景だった。生き延びたのはおそらくテッドだけで、文字通りの皆殺しである。きのうまで暴力とは無縁の世界で穏やかに生きてきた少年にとって、それはまさしくこの世の地獄であったに違いない。
 テッドは程なく気づいたであろう。襲撃者の真のターゲットが最後に残された自分、いや、今し方受け継いだばかりのその右手に宿るものであることを。祖父から「たからもの」であると教えられた紋章の禍々しい正体を、その身も凍るような呪いの意味を、今はまだ正しくは知らなくとも、己に託された役割は理解したはず。
 幼かろうが何であろうが、隠された紋章の村の縁者である限り、運命からは逃れられない。
 どれだけ怖かったか。
 そこから始まった三百年もの旅路。途方もなさすぎて、想像すら追いつかない。あまりの酷さにティルは胸が張り裂けそうになる。
 一個に課すには些か残酷すぎる試練である。こうなることを見越してテッドの祖父が彼を育てたのだとしたら、それもまた許されざる話。有事の際は甘んじて贄となる掟があの村にあったかどうかはわからないが。
 孤児になってテッドは悲しんだろう。しかし、悲しんでいるうちはまだいい。悲しみはやがて怒りへと性質を変える。怒りと戦うのは悲しみに耐えるよりもはるかに辛い。
 いまのティルがまさにそれとの葛藤だ。グレミオを死なせてしまった怒り、父殺しの罪を背負った怒り、それから親友を見捨ててしまった怒り。それらは尽くぶつける矛先がなく、結局は己に向かってしまう。仕方がないので自傷で気を紛らわす。ティルの手袋に隠された部分は突き立てられた爪で傷だらけだ。
 眠れぬ夜が続く。明けぬのではないかとも思う。寝なくてはと焦るほど、休むことが困難になる。
 テッドがベッドで頻繁にうなされているのをティルは見て見ぬふりをしてきた。これまで辛い環境で育ってきたから、心にたくさん傷を追っていて、それは時間をかけて癒やすものだと。彼がマクドールの家ではなく別宅で暮らすのも、うなされる姿を見られたくないからだと勝手に解釈していた。
 自分の番になってようやくティルは理解した。紋章を宿した身で、ぐっすり眠ることなどできるわけがない。居もしない人の気配に怯え、魂を喰らう夢にかき乱され、身体と心の痛みに悲鳴を上げながら朝を待つのである。こんなことを続けていたら精神はどんどん壊れていくだろうが、身体は紋章によって生かされる。最悪だ。
 悲しみは癒せることもあるが、ひとたび怒りに変わってしまったが最後、どうあがいても消えてくれない。悲しみを怒りに変貌させるのは実に簡単で、孤立させればよい。そうすれば外部に逃げ出せない悲しみが身体の内側で渦を巻いて、怒りという泥水に変質していく。
 ソウルイーターは実に合理的な捕食システムである。宿主を孤立させて怒りを育み、逃げる気力を奪う。うまくいけばその身体は、上質な魂の流れ込んでくる器だ。
 ティルはまだ宿主となって日が浅く、さほどの深読みはできない。だが、ソウルイーターに関しては一家言ある。生と死を司る紋章の名の下、それには死の匂いしか感じない。生のきらめきは何処を探せば見つかるのであろうか。
 幼いテッドがそんなものに支配され、絶望的な苦しみを与えられるのを黙って見てはいられない。彼を救うためには過去を変えるしかないが、それも致し方ないだろうとティルは思った。テッドを連れて帰ろう。ぼくがこの子を守ろう。
 だが、世界の理が歴史の改ざんを許すはずがない。
 時の祠が輝き、寸前でやはりティルは躊躇した。テッドを連れてはいけない。隠された紋章の村の最後の日に立ち会ったのは真の紋章たちの温情、あるいは単なる気まぐれに過ぎない。これ以上の介入はさすがに見逃してはくれまい。
 つないだ手のぬくもりを、ティルは己の意思で離してしまった。
「行っちゃうの?」
 大きな瞳が真剣にティルを見据えた。不安にゆらぐその虹彩は、ティルのよく知っている親友のものだ。明るくやんちゃで、だけどどこか本物ではないような、触れると壊れる脆さを秘めた海緑石の色。ああ、この子はほんとうにテッドなのだ。
 ひとつ屋根の下で過ごし、おかずを分け合い、ふざけて、笑って、転げ回って、たくさん喧嘩もしてその度に仲直りして。彼のことなら大概はわかっているつもりでいた。ティルの初めての親友のテッド。
(ぼくは何も知らなかった)
 だからテッドは、あの家でもずっと孤独だったのだ。
 今もきっと――
「ねえ、いっしょうのおねがいだよ。ぼくも連れていってよ」
 その一生が無情にも閉ざされたであろう今、無茶なお願いをされることももう、ない。
 



 テッドは囮になることを自ら願い出た。あの時点で、他に方法もなかったのは確かである。
 深手を負った彼を動かすことは不可能で、かと言って敵は話し合いで解決できる相手でもない。屋敷を包囲している連中はともかくとして、黒幕であるウィンディはテッドの村を焼いた張本人だ。
 目的の物さえ手に入れば、魔女は情け容赦なくテッドを殺すだろう。ティルに関しても同様だ。紋章がすでに譲渡されていることを知れば彼女は怒り、もっと惨たらしい方法でテッドに復讐するに違いない。
 囮となって帝国に捕まるというのは、すなわち楽ではない死を意味する。それでもいいとテッドが思うくらい、彼の宿命とは重いものであった。
 けれど、テッドはほんとうは、その身ごと連れて逃げてほしかったのではなかろうか。もう幼い子供ではないから、あんな悲壮な覚悟でティルを守ろうとしただけで。
 死が恐ろしくないわけがない。長生きしたかどうかは関係がない。泣きながら連れていってと懇願した小さいテッドと、俺は大丈夫だからと虚勢をはる老いたテッド。本質はいっしょのはずで、彼はきっと生きたかったのだとティルは思う。
 大丈夫だから。逃げのびてみせるから。そうやって、わかりきった嘘をつく。せめてティルがこの先、少しでも罪悪感を持たずに生きられるように。
 痛々しいほどの思いやりである。数多の困難を乗り越えてきた彼だからこそ口にできる、下手だけど崇高な嘘。だけどティルは、そんな悟ったふうな答えをテッドに求めたいわけではない。俺をおぶって逃げろとか無理難題を突きつけられても、きっとウンとうなずいた。
 置いていくのは嫌だと首を横に振り続けたらよかったのだろうか。テッドが音を上げるまで、一歩も退かずに。
 三百年前も、あの雨の夜も、諦めずに戦う道はあった。軍師マッシュだったらどう切り抜けただろう。やはりテッドを切り捨てることを選ぶか、それとも根気強く寄り添うか。
 ティルの現在の居場所は、ティル自身が取捨選択し続けた結果だ。けしてその地位を彼は望んだわけではない。
 帝国五将軍テオ・マクドールの一人息子として生まれ、周囲の期待を一身に受けて士官したティル。彼はいま、赤月帝国を倒さんと解放の御旗を掲げる。人生とは予測のつかないもの。まさに亡き父の言った通りになった。
 誰かの思想に感化されたわけではない。ティルがその目で見、その耳で聞き、己の頭で考えて行動した答えである。だが世間はそうは考えてくれない。
 誉れ高きマクドール家の凋落に、国家の栄光を信じる帝都グレッグミンスターの人々は失望し、蔑んだであろう。ましてや、マクドールの御曹司を誑かしたというテッドに対しては、さらに激しい処罰感情が渦巻いたはず。当然の報いを受けるべき少年に、大っぴらに味方できる者など帝都にいるはずもない。下手に庇い立てすれば、危険思想として拘束されてしまう。
 謀反を企てた罪で公開処刑されたアキレスと同じ運命をテッドがたどったことは容易に想像がつく。噂が聞こえてこないのは、軍主を動揺させたくないマッシュが情報遮断を命じたからだとティルは思っている。
 繰り返すが、ティルにとって、解放軍のリーダーとなることはけして望んだ未来ではない。未来が自由に選択でき、どの道を選んでも正しいとか誤りだとか言われないのなら、ティルはテッドとずっと一緒にいたかった。
 こんな気持ちはどこにも吐き出せない。クレオは黙って聞いてくれるかもしれないが、打ち明けたからと言って何かが変わるわけでもない。
 俺が囮になるというテッドの無謀すぎる提案を受け入れたのは、その時はまだ事の重大さをティル自身が認識していなかったのもさることながら、なにか見えない力に導かれたのが大きな理由だ。明らかに自分のものではない衝動。しかし、そんな不可思議な精神論を持ち出すと、責任は己にはないとうっかり錯覚しそうになる。それはよくない。
 あくまでも決断したのはティル自身であり、それに伴う結果については、よいことも悪いことも、全て責任を持つ。他の誰かに任せるものではない。
 親友を囮にして逃げた罪は、どんなに悔いても消すことはできない。リーダーのそんな過去を、現在の仲間たちは知る由もない。
 解放軍の士気を落とさないために、理想的なリーダーをティルは演じる。人々を率いる器は、けして弱き者を盾になどしない。ティル・マクドールの行動理念は正しくなければならない。
 オデッサの死に際をティルは回顧する。彼女もまた、解放運動に命を捧げ、理想的なリーダーを演じきって去った。
「私が死んでも、その意志が残れば、私は私の命に、流された血に、誇りを持つことができるわ」
 その思いの凄まじさ。オデッサは心からこの国を愛していた。「誇り」という言葉に込められた壮絶な重みたるや。
 最期の時にティルも同じことを言えるだろうか? そんな誇りが果たして己にあるのだろうか。或いは、これから持つことが果たしてできるものなのか。
 ティルとともにそれらを見てきたクレオは、静かに口を閉ざす。彼女もまた、内で葛藤しているのである。
 過去への旅もクレオは経験した。思えば、大事なときにはいつもクレオが側にいた。
 魔術師の塔に任務で赴いたとき、レックナートはクレオを呼び止めて言った。
「あなたは、ティルを守るのが役目」
 それが事実なら、なんとも重い役目だ。
 トラン湖に解放軍の本拠地を設けて以降、クレオのティルに対する忠誠は以前にも増して強くなり、呼び方も「坊っちゃん」から「ティルさま」になった。距離は遠くなったように感じるけれど、ティルが彼女を姉のように慕うことには変わりはない。
 隠された紋章の村で、別れ際にクレオはテッドに言った。
「つよい子になりなさい、けして負けないこと」
 呪縛ともとれる恐ろしい言霊である。過酷な世界に放り出される子供に、もう少し他に言いようがあったかもしれない。それでもクレオはあえて直球を投げた。短い時間で、テッドに約束を植えつけた。
 小さい子の人生を誘導した責任の重みを、クレオはずっと噛み締めている。その言葉がテッドをどれだけ振り回したか、考えるだけで気が重くなる。だけどクレオは自らの責任を無かったことにはしない。彼女もその罪を、墓まで持っていこうとしている。
 パーンの後悔はティルやクレオの比ではあるまい。泰然と振る舞っているが、テッドのことを帝国に密告した罪悪感と戦うための自己防衛であると思われる。本来はもっと感情的で、うるさいくらい口数の多い男なのだが、近ごろはやけに静かだ。黙考している姿など滅多に見ることはなかったのに、いまは修行中の僧侶よろしく、居ないと思えば屋上で背筋を伸ばして座禅している。
 マクドールの屋敷からテッドを連行する際、歩くことのできない彼を城までおぶったのがパーンである。門前で身柄を引き離され、中まで連れていくと抗議したものの認めてもらえず、テッドを見たのはその時が最後とのこと。会話をしたのか、とティルが訊ねると、
「ごめんなさい、と言ってた」
 それだけ呟いて黙してしまった。
 パーンは、己の浅はかな行いがテッドを死に追いやったと思っている。忠誠心からしたこととは言え、取り返しのつかない結果を招いてしまった。悔やんでも悔やみきれないとはこのこと。
 誰もが口にはしないし、正式な通達があったわけでもないが、テッドが生きている可能性は万にひとつもありはしない。なんなら、連行されたその日に激高したウィンディに殺されたかもしれない。
 パーンはテッドを弟のように可愛がっていた。テッドが叛乱軍のスパイであるはずがない、近衛隊がなにかとんでもない誤解をしているのだろうと考え、少年の無実とテオ将軍の名誉を同時に証明しようとしたのだ。
 テッドからティルに継承されたソウルイーターの話を、パーンが素直に呑み込めたかどうかはわからない。彼はこれから長い時間をかけて、それを理解していこうとしている。己の罪と向き合うのはけして容易ではない。
 クレオとパーンは恋人同士ではないが、実に息のあったパートナーで、互いの欠けたところを補い合うよい関係だった。しかしあの事件以来、互いに距離を置いているふうである。ぎくしゃくしていると言うわけではないが、双方の扉に蝶番がひとつずつ増えたような感じ。
 暖炉であたためられたマクドール邸で、未来を祝福しあいグラスを傾けた夜。グレミオ特製シチューの香り。いまも昨夜のことのような感じるのに、六人家族は半分になってしまった。
 ティル、クレオ、パーン。
 生き存えた者たちはその身に背負った罪の重さに苦しみ、黙し、もがく。それでもあの日誓った未来を向こうとする。
「わが息子ティルと、帝国に祝福あれ」
 終わらせるのもまた祝福であると、彼らは胸に刻みつける。




 テッドが生きていた。
 ほんの少し顔つきが大人びたのと、髪が伸びたのと。きちんと切り揃えられてはいるけれど、以前とだいぶ感じが違う。
 彼はティルを認めると、きのう別れた友人のようににこりと笑って、「久しぶりだな」と言った。
 ひどく痩せていた。それに顔色があまりよくない。牢に収監されて、ろくな食事も与えられなかったのだろうか。それにしても違和感がある。
 身体拘束されている様子はなく、それどころか矢筒を背負い、まるで狩りにでも行くかのような出で立ちで。
 ぼくを狩りにきたのだ、とティルは直感した。
「俺だけ置いて逃げるなんて、ひどいことするなあ」
 ティルは唸った。魔女の用意した台本のなんと安っぽいこと!
 登場人物がどんな人間で、どんな性格で、どんな口調か、にわかの脚本家には興味すらないらしい。ましてやテッドが親友を逃がそうとした心理など、あの女にわかってたまるものか。
 人を操り、人を騙し、人から取り上げる。皇帝の懐にもぐりこみ、何百何千という民を私欲のために使い捨てた女。今また、ティルの最も大切な親友を玩具にして、薄ら笑いを浮かべている。
 そして、テッドも。
 作られた笑みを浮かべる。
 身の危険を感じ、一步退こうとして、ティルはハッとした。右手がズクンと疼き、それからちりちりと火照りだした。
 まさか、テッドの魂を喰おうとしているのか?
 反射的に固く握りしめ、”それ“をテッドから遠ざけようと背中に回す。だが力は溢れ続け、抑え込むことができない。
 だめだ!
 思わず叫びそうになったその時、テッドと目が合った。
 真実を奥底に秘めた、海緑色の色。

 ――俺はお前を信じるから、お前も俺を信じてくれ

 ティルは理解した。ソウルイーターを目覚めさせたのは自分ではない。テッドだ。彼が長いつながりを利用して、真の紋章に言葉なく語りかけたに違いなかった。
「ぼくも、信じる」
 ティルは言った。
 その決断を待ち望んだかのように、闇の帳が二人を包みこんだ。
 生と死の混沌で、親友たちは再会する。
 そこは命の匂いに満ちあふれていた。
 二度も離してしまったその手を、今度こそティルは力強く握りしめた。




2023-11-10 初出