もしあなたが私の栄光を、私のこの力強い右手に与えたくないなら
アレッサンドロ・スカルラッティ
それをあなたの眼に与えなさい。
そしてあなたのまなざしの矢が、私を殺し
そして私を消滅させればいい。
「貴女が私の死の栄光を」
オペラ『十人委員会の凋落』より
流水のバスティーユ2
いにしえの時代にはハルモニア神聖国の聖都であり、現在は赤月帝国の首都として栄える黄金の都グレッグミンスター。白亜の壁がつらなる旧市街は皇帝の居城と石畳の道で結ばれ、政治、経済、文化の中心地として発展している。迷路のように複雑に入り組む小路からは、高台にそびえるグレッグミンスター城を目印にすればどこからでも帝都のシンボルである中央広場にたどり着くことができる。
規則正しく敷きつめられたその石畳を蹂躙し轍のあとをつけて回るのは、武装した兵士を乗せた帝国軍の馬車だ。オデッサ・シルバーバーグを中心に解放軍が組織されて一年、帝国は革命を蔑んで叛乱軍と称しこれを糾弾し、粛正を宣言した。解放戦争の始まりである。
市門より連日のように、軍の馬車は勇ましく出立していった。彼らは街道を外れ、山岳地帯や放棄された町にまで足を伸ばした。そして造反者を見つけて拘束する。ところが実際には捏造した嫌疑を吹っかけての逮捕という荒っぽい手口がまかり通っていた。誰もがそれを皇帝直々の命令と受け止めていたので、粗暴なやり方と思いながらも口をはさむことはしなかった。
帝国は迅速に兵士の頭数を増やしたい。それには支持無し層の民間人を引き込み、教育するのがもっとも手っ取り早い。叛乱軍にこれほどの強引な勧誘は不可能だろうから、こちらは権威を傘にしても人集めを優先させる。流出を防ぐ意味でも効果がある。
まだ記憶に新しいバルバロッサ皇帝の偉業はたやすく貶められたりはしない。官僚の腐敗を訴えるのはおもに地方の貧しい人々で、帝都に住める恵まれた人々のあいだでは皇帝を支持する声がいまも圧倒的に多い。帝都は人々に思想教育を施すには最適の場所だ。
政情不安が杞憂であることを民衆に示したい帝国軍は、啓蒙活動に力を入れはじめた。帝都の軍事色は日を追うごとに色濃くなり、情報統制も厳しくなった。『黄金皇帝』という巨大なプロパガンダをもう一度信用させることが勝利するために必要不可欠であると考えたルーグナー派の貴族や元老たちは、過去の戦争で故ゲイル・ルーグナーが採ったような芝居がかった強硬なやり方を演出したのだ。
民間人を軍事参加させるのは、第一に叛乱軍への人材流出を防ぐためである。軍隊というところは善くも悪くも人間から自由な思想を奪いとる能力に長けている。人は正しさを示されてそれに納得すると、それ以上考えることをしなくなる。それを逆手にとって私腹を肥やしていた官僚たちもいるが、近衛隊隊長や軍政官らが失脚したことで遅まきながらことの重大さに気づいたようで、現在は息を殺している。少なくとも自浄が効いたわけではない。
太陽暦454年、夏。軍靴の音が響きわたるグレッグミンスターは、八年前に勃発した継承戦争まで時を巻き戻したかのようだ。
老人は竹細工のごみ籠を腰にベルトでくくりつけて、捨てられたアジビラや、空気の抜けた風船などをていねいに拾って歩いた。日中に催された軍事パレードは天候も後押しして盛況のうちに終わってくれた。運営も胸をなで下ろしているだろう。
このたびは女性や子供たちも大勢動員された。黄金の皇帝を讃える歌や赤月帝国の国歌を合唱するのは相当な練習を積んだはずだ。それは帝都に住む者の義務であって、税金と同じように平等に課されるものであり、けして個々が望んだ活動ではない。もちろん個人の思想などつけいるすきもない。だが、どのような思想にもとづいていようと団体行動は高揚するものであり、お祭りのように胸が騒ぐ。刺激の少ない日常であればなおさらのことである。沿道での物品販売の売り上げを傷痍軍人への支援にあてると聞けば、情に篤い市民は喜んで金を落とす。広報担当官は目のつけどころがよろしい。
今年に入って夜間の外出が制限されるようになり、取り締まりも厳しくなったため、人々はパレードが終わると早々に自宅へと引き揚げた。まだ明るいのに市庁舎前の中央広場は閑散としている。
老人は黙々とごみを拾いあつめた。籠が一杯になると、広場の外にある焼却炉に運んでわきに積んだ。焼却処分は勝手にできないので、あとから来るであろう都の担当者に任せる。何往復かすると広場はだいぶきれいになった。ほんとうはデッキブラシで石畳の泥を落とすところまでやりたいのだが、広すぎてひとりでは手に負えない。それに、きれいにしたところですぐまた汚されるだろう。
彼は噴水のわきのベンチに腰を下ろした。ここから眺めるグレッグミンスター城がもっとも美しい。先客のいることも多い、知る者ぞ知る特等席である。
たばこ入れを懐から取り出し、刻みたばこを煙管につめる。紙巻きたばこを老人は好まず、古いやり方にこだわっている。手先が震えて、ひざの上にぱらぱらとこぼれた。ようやくくわえた煙管に燐寸を近づけるが、今度はなかなか火がつかない。こまかい作業でいちいち難儀するようになるなんて、まったく歳はとりたくないものだ。
たばこは身体によくないからやめろと先立たれた女房に散々言われてきたが、頑として聞く耳を持たなかった。この時間にこの場所でくゆらせる煙は、もはや人生そのものだ。こうなったら死ぬまで吸い続けてやるつもりだ。どうせ短い老い先である。
脳内までくゆる魔性の煙にうっとりと目を細めながら、噴水の中央に立つ美しい女性を眺めるのも老人の日課であった。彼女は布地を贅沢に使った優雅なドレスをまとい、手にはなめらかな壺を持っている。壺からは清廉な水が絶えることなく蕩々と湧き出している。水は地下深くから汲み上げられた湧き水で、年を通じて一定の冷たさを保ち、銘水としても知られる。
流れつづける水は永遠の安泰を、金箔の黄金は繁栄を、背中のあたりで大きくひろげた二枚の羽根は守護神の姿を象徴している。御名を女神クラウディアという。
石像でなければ二番目の妻として求婚したのに、惜しいことだ。
夏ともなれば噴水は水浴びする子供たちに占領されたものだが、今年は様相が一変した。広場は軍隊の馬車が行き交うので、轢かれたらいけないからとそこを遊び場にすることを禁じられてしまったのだ。叛乱軍は子供をさらってトラン湖の古城に連れていくという噂も広まったせいで、大人は神経質にならざるを得なかった。こんな時代になっていちばん迷惑しているのは遊びたい盛りの子供たちだ。
老人が奉仕でするごみ拾いも、いつか子供たちの笑顔が戻ってくるのを考えてのことだった。軍隊にできることと老人にできることはまったく別だし、影響も比べものにならない。しかし目的はそう違わない。
帝都グレッグミンスターはいまは傷あともまったくないが、八年前は瓦礫の街だった。それを短期間で復興させたのは現在の黄金皇帝だ。遷都という消極的な案を笑い飛ばし、戦争によって職を失った技術者たちに働く場を与えた。臨機応変、適材適所という具体的な考え方こそが復興の原点であり、大枠で支配者階級の名誉などを論ずるのは二の次でよし。そうやって皇帝は広く人民を掌握し、奇蹟ともよべる偉業を為した。
帝都がどれほど泥まみれになろうとも、老人は無言で箒を動かす。これが彼にできる奉仕である。汚れたら何度でも掃除する。見返りなどは求めない。徒労だからやめろと皇帝陛下が笑わないかぎり、彼の誇りは失われることはない。
道をゆく兵士はごみ拾いの老人に対してきちんと歩を止め敬礼する。なんと美しい躾であろうと老人は思う。その美しさが赤月の魂であり、それを踏みにじるものこそが真の敵である。威厳とは、目に見えるものだ。この目に映ったものだけが正しいのだ。
グレッグミンスターは今も昔も美しい。
老人はグレッグミンスターで生まれ、年老いた今日までただの一度もよそで暮らしたことがなかった。この街のことはすみずみまで知り尽くしていた。グレッグミンスターの人々もまた、彼の名前は知らなくとも、彼の役割とその穏やかな人となりは誰もが知っていた。
彼が故郷を愛するように、彼自身も街の人々に愛された。この街にとって絶対に欠かすことのできない大事な仕事をこなすただ一人の職人だったからだ。
日没が迫っても広場から立ち去らない老人を追い立てる兵士はいない。もしも老人を知らぬ新米が礼を失したら、若者は怒った先輩に引きずられて謝罪に来させられるだろう。
もうじき本業の時間だ。
たばこもちょうど尽きた。老人はゆるりと立ち上がった。ごみ籠は公共のものなので所定の位置に戻し、広場を南方面へ斜めに横切った。色とりどりの薔薇が植えられている花壇の切れ目から、いったん外の通りに出る。薔薇の植樹が盛んになったのはバルバロッサの時代からだ。
商店街の中ほどに、掘っ立て小屋のような常設屋台が並ぶ路地がある。老人は通りを折れて路地へ入った。ふたつめの屋台で足を止める。看板には『グレッグミンスター名物!世界で二番目においしいコロッケ』と書かれているが、店は営業していない。
ごろつきのような風貌の店主は以前から気まぐれで休む男であったが、近ごろはのれんを架けもしない。牛肉か男爵芋の仕入れが難しくなったのか、持病の腰痛が悪化したのかはさだかではないが、かれこれ一週間は姿を見ていないような気がする。ついに徴兵を食らったか、あるいは店をたたんで帝都を出たか。革命への共感を日頃から口にしていたから、あんがい最後のが正解かもしれない。ここで培ったノウハウをもとに、トランの古城とやらで『世界一おいしいかもれないコロッケ』を揚げて売っているやも。ちなみに世界でいちばんおいしいコロッケは、俗に言うお袋の味だそうだ。その理論で看板を掲げるのなら、もう少し謙虚な宣伝文句でもよかった気はするが。
さて、べつにコロッケが目的で来たわけではない。となりとの境にあるわずかな隙間から裏手に回ると、微妙に傾いた倉庫がある。南京錠がかけられているが、借りている合鍵で開ける。建て付けのよくない木の扉は密集したドクダミに引っかかって半分ほどしか開かない。
軒下には足長蜂が営巣していて、働き蜂がすかさず威嚇してくる。刺されるのは慣れっこになっているので、まとわりついても無視をする。取るものを取ってさっさと退去すれば問題ない。踏みつけられたドクダミの臭いがむわりと鼻をつく。ドクダミはいまが開花期で、ミルク色の花をたくさんつけている。地味な花であまり美しいというわけでもない。すでに土台にまで地下茎がはびこり、屋台を取り壊しでもしないかぎり駆除は不可能だと思われる。
倉庫には大事な仕事道具を置かせてもらっている。その都度南京錠をかけるのはやはり泥棒に遭うのが不安だからだ。まさかこんなものを盗むやからがいるとも思わないが、念には念を入れてのこと。どこにでもあるものではないから失うわけにはいかない。家から持ってくるには重すぎるので、広場の近くに保管場所を探してここを見つけた。屋台の持ち主が変わったら、またどこか別の場所を契約しなくてはなるまい。
ほかに収納しているものもなく、作業が終わるまで扉は開けたままにしておくのが常だ。引き返して通りに出ると巡回中の憲兵が「ごくろうさまです!」とにこやかに笑んで敬礼してきた。ご苦労さまなのはお互い様。老人も敬礼を返す。軍に属したことはなくても、正規の作法は心得ている。
倉庫から取り出して肩に担いだのは、たすき掛けのできる膨らんだ鞄と、ずっしりと重い脚立、それから背丈ほどもある鉄の棒である。鉄の棒は先端に火打ち石とバネ仕掛けのハンマーを仕込んだ着火装置だ。柄の部分は内部が油壺になっていて、燃料用の菜種油が入る。油は先週補充したばかりなので当分もつ。鉄砲を撃つ要領でハンマーが火打ち石を叩き、発生した火花で灯芯に着火するしくみだ。
太陽はまだバナー山脈の上にあるが、すべての仕事が終わる頃ちょうど日没になるように計算している。だから仕事に取りかかる時間は、冬は早く、夏は遅い。それとは反対に朝の仕事は冬に遅く、夏が早い。一日も休むことなく朝と夕に同じことを繰り返す。そんな生活をもう何十年も続けている。
老人は瓦斯灯の点灯夫である。
グレッグミンスターに瓦斯灯をはじめて設置した技術者は老人の父親だ。また、父は帝都で最初の点灯夫でもあった。
アールス地方中部に点在する炭田で産出される化石燃料ガスは、新たな資源として当時はかなり注目された。それまで石炭を運ぶだけだった街道の地下に配管を埋設して帝都と結ぶ計画は、赤月帝国の威信を懸けた国家プロジェクトとしてもてはやされた。老人がまだやんちゃだった子供のころである。しかし産出量は当初期待された値の十分の一にも満たず、巨額を投じた大工事は貫通こそ成し遂げたものの、世紀の大失敗として負の歴史に刻まれてしまった。
結局のところ、帝都が得たものは中央広場の夜を煌々と照らす明かりのみであった。それでもこのささやかな変化は、市民の生活を強く支えることとなった。
初期の瓦斯灯は裸火のためにうす暗く、よいのは趣きくらいのものであった。ほどなくしてマントルが採用されたことで燭光は六倍にもなり、実用性は劇的に高まった。それにともない点灯夫の仕事も格段に増えることとなった。
マントルは麻で円形に作られた袋状の織物片に特殊な薬剤を含ませたもので、火をつけて灰にするとガスの供給が続くあいだは何時間でもまばゆく白熱する。取付部はガラスの火屋で守られているため、灰になっても少々の雨風では容易に崩壊しない。そのかわりマントルは使い捨ての消耗品である。ガスの供給を止めたあと、灰は小さな箒で丁寧に取り除かれる。そしてまた新しいマントルをかぶせて糸で結ぶ。その数が多ければ多いほど作業にも根気がいる。
点灯夫の仕事は、夜が明けたらガスを止め灰の掃除をすることと、日が暮れる前にマントルを取り付けてガスを送り、着火することだ。真冬の天候がよくない日はまれに日中でも灯すことがある。対象となる瓦斯灯はおよそ百二十基。嵐の日も、雪の日も、老人の手によって地道に繰り返される。
父親は息子が幼いうちから仕事をする後ろ姿を見せてきたのに、彼があとを継いで点灯夫になることを強くは望まなかった。その仕事は地味だけれど見た目以上に過酷で、奉仕と見なされがちなため収入も期待できないからだ。なのに息子はまったく迷うことなく点灯夫としての生き方を選択した。父はなにも言わなかったが、決意を固めた息子のために師匠となることを承諾した。灯す技術もさることながら、配管工事やガスの扱いなど学ぶことは膨大だった。それから数年間は父と息子、二人三脚で明かりを灯した。
息子はやがて城勤めの女性と結婚し、働き頭となって家庭を支えた。その知識と技術は父親以上と周囲が褒めたたえはじめたころ、父はガス配管の技術指導のため北方のモラビア城に招かれた。その城下町で酔いの回った都市同盟の若者と小さな諍いを起こし、ぽくりと殴られたのが原因で命を落としてしまった。
最初に言いがかりをつけたのはどちらかという捜査はろくな展開もないまますぐに終了となった。冷戦のさなか、国家間の問題にしたくないという双方の思惑が働くのも必然であった。
喧嘩の相手は国に強制送還され、息子には労災支給金という名の口止め料が支払われた。額を盛るから不満は胸にしまっておけということらしかった。結構な枚数の札束から彼は五千ポッチだけ抜き、安物ではない煙管と鞄を買った。そして残った札束と釣り銭をすべて妻に渡した。彼女はあらまあと言って小銭をがま口にしまい、札束は紙袋ごと箪笥の二重底に押しこんだ。
夫婦には子どもがいなかったので、大金は使われないままだった。質素な暮らしをしていれば使い道などそうそうあるわけでもない。何かのための箪笥預金は結局のところ最後まで手をつけられることはなく、妻の葬儀費用としてふたたび五千ポッチが抜き取られたあとも箪笥をすみかとした。
やりくりも楽ではなかったろうに、妻は夫の収入と、趣味と実益を兼ねて手伝っていた茶店のわずかな給料だけで満足していた。そういう生活が身の丈にあっていたとはいえ、たまにはお洒落でも楽しめと言ってやればよかったと老人は悔やむ。あの金はそういう意味で渡したのだが、どうも言葉が足りなかったようだ。茶店の店長は妻の幼なじみらしくて葬儀にも来ていたが、彼女と食事や旅行に行ったり、芝居を観たりすればよかったのにと思う。それから、酒を飲まない夫に遠慮して下戸のふりをしなくてもよかった。店に飾ると言ってせっせと縫っていたパッチワークの材料、あれだって古着を裂いて調達しなくても買えば済んだことなのに。
あの世に向かっていじいじとつぶやくと、妻がおっとりとした口調であらまあと言う。城下で見かけて一目惚れから強引に娶ったのに、文句も言わずほほ笑んでいるような女だった。口論はたばこに関してのことだけだった。クラウディアに比べたら多少は寸足らずでぽっちゃりしているけれど、妻こそが自分にとっての女神だった。
老人はたすきがけにした鞄を大切そうになでた。あのとき煙管といっしょに手に入れた群島帆布の丈夫な鞄である。古くて重いし、使いこまれて色あせているが、これも持ち主と同じく生涯現役。むしろ持ち主よりも破れにくい。
金のことなど長いこと思い出しもしなかったのに、今日はそのことが頭にこびりついて離れない。
あの金は使ってしまわなければいけない。持っていてもいつかは国家の金庫に移されるだけだから。それも気楽でよいけれど、戦争資金になるのではと思うと心穏やかではいられない。
中央広場をぐるりと囲む瓦斯灯も、父がここに建設してから一日も欠かさず明かりを灯し続けて半世紀、頻繁に壊れるようになったことが議題にあがってから足すことの四半世紀。だましだまし使い続けるにも限界があるのに、対策は毎回のように先送りにされてきた。地下に埋設した配管も老朽化が著しい。整備をはじめるには時が経過しすぎていて、やるとしたら撤去か新設かの二択となるだろう。ガスは可燃性なので事故が起こってからでは遅い。
継承戦争後の復興事業に組み込むチャンスはいくらでもあったのに、ふたたび戦争が始まってしまった。ここにきて土木工事の予算など回ってくるはずもない。産業基盤の整備はまた何年か後、ごたごたに決着をつけたあとになるだろう。技術者もみな兵役にとられて人手がない。
老人もいつまで身体が動くのかわからない。仕事ができなくなったあとの生活資金は箪笥の金に手をつけなくてもじゅうぶんに足りる。持て余すのがわかりきっている財産は元気なうちにどこかへ寄付するか、後継者をみつけて相続するのが理想なのだが、日々の生活にかまけてなかなか頭が回らない。いつだったか、妻が働いていた茶屋に百万ほど寄付できないかと訪ねていったら店はもうなかった。
老人の財産など知れたもので、歳入しそびれたところで国家の財布は揺るぎもしない。しかしいま行動しなければ瓦斯灯の維持には絶対に使ってもらえなくなる。子供がいたら、いや、せめて妻が生きていてくれたらとむなしいことをぐるぐる考えている。
世界で二番目においしいコロッケの屋台からもっとも近い瓦斯灯の前に立った。ここを起点にして時計回りに広場を一周する。すべて灯し終えるまでおよそ三時間かかる。コツさえつかめば基本的には単純な作業のくり返しで、灯すだけならば誰でもできる。ただ、その単調さが災いしてやりたがる者はいない。休みもないとくれば誰もが敬遠する。
脚立の上り下りにしろ、重い道具の持ち運びにしろ、若い頃とは比べようもない重労働である。以前は一時間とかからず仕事を終えていたのだから、老いにはあらがえないものだなと寂しく思う。
火屋の留め金を外して開け、灯芯にマントルを一枚かぶせて糸で巻いてとめる。脚立から下りて根元に設置されたバルブを緩めると、かすかなシュッという音とともに天然ガスが灯芯に供給される。
ガチン。
ハンマーが火打ち石を叩く音。流れるような動作で鉄の棒の先端がマントルをなでる。
マントルは最初オレンジの炎をあげてめらめらと燃え、その炎が小さくなると同時に発光を開始する。周囲はまだ明るいのでまぶしさは感じないが、暗くなったら期待通りの光源となる。首尾よく着火したことを確かめると、老人は着火棒の先端を器用に動かして火屋の留め金をかけた。
バルブが不意に回らないように安全鐶を固定して終わりだ。
ガス漏れや不完全燃焼、パイプの詰まり、亀裂。不具合がないか老人は目視で丁寧に確認する。瓦斯灯は二世代で育て上げた孫のようなものである。一基一基の個性やちょっとした癖まですべて熟知している。なにか言いたそうならば耳を傾けるし、元気のない子はぽんぽんと叩いて励ます。
作業しながら昔を回想した。
八年前、バルバロッサ・ルーグナーが皇帝の座を奪還した日。その夕方も老人は瓦斯灯を灯そうと道具を持って広場へ向かった。グレッグミンスターの象徴であった白亜の壁はバルバロッサの騎兵隊に対する籠城軍の激しい弓弩攻撃を受けて崩れ落ち、積みあがった瓦礫が寒々しく雨ざらしになっていた。路上には幌馬車や大砲が放置され、石畳は大量の泥でぬかるみになっていた。
しとしとと降る雨のなかで市民は歌い、踊っていた。昨日までの陰鬱さを払拭するかのように、どの顔もみんな笑っていた。復興への期待はすでに始まっていた。
日中から酔いの回った連中が老人の背中を叩き、肩を組んできた。老人が苦笑いしながら脚立を広げると、ほっぺたを紅潮させた町娘が「じいさんも飲もうよ」と言って彼を輪の中へ引っ張っていこうとした。
「すまんのう、わしはこう見えても下戸なんだ」
「なあんだ。お仕事、がんばってね。いつもありがとう!」
娘はあっさりときびすを返した。禁制品だった酒をどこに隠し持っていたのだろう。そのあっけらかんとした自由さを見て、愉快な気分が伝染したように感じた。よい、よい。今宵はグレッグミンスターの祭りだ。戦争は終わり、明日からは砲弾や弓に替わって槌音が飛び交うであろう。
終盤には市街地が壊滅状態になるほどの大規模な戦闘があったにも関わらず、市民から犠牲者はほとんど出なかった。軍隊はけして一般人には武器を向けず、戦闘が起こりそうなときは危険区域から事前に住人を退避させたからだ。
敗北したゲイル・ルーグナーも、勝利したバルバロッサ・ルーグナーも、ともに無意味な殺生を好まなかった。しかし帝位継承権を話し合いで決めようとも思っていない。力で奪い合う以上、望む望まないに関わらず軍隊から死者が出ることは避けられない。そんな緊迫した状況の中で、できる限り市民に危害は加えないという点においてのみ対立する叔父と甥の意見が一致した。
正直な話、どちらが帝位を勝ち取ってもたいした違いはなかった。城の外に派閥は浸透していなかったので、勝利した皇帝に従うという選択肢で市民はひとまず満足しただろう。当時のバルバロッサは際立ったところもなく、ただ正統な帝位継承者という程度の世間の認識であった。叔父のゲイルに至っては何人も兄弟のいる前皇帝のだいぶ年下の弟であり、知名度が低すぎて、騒動が起こってはじめて存在が取り沙汰されたほどだ。にも関わらず突如勃発したお家騒動への関心は異様に高かった。それは市民らが退屈していたことの表れではなかっただろうか。赤月帝国の安寧がそれほどまでに長かったのだ。
猿山のサルと同じである。強い者が頂点に立ち、集団は彼に従う。国家に必要なのは誰かが決めた名ばかりのリーダーではなく、常勝の指導者である。赤い月の帝国は強い皇帝が治めるのがふさわしい。
ガチン。
広場のどこにいても聞こえてくる重厚な金属音をいつか市民が思い出すとしたら、老人が去り、中央広場の瓦斯灯がその役目を終えた時。記憶は残り、未来へと語り継がれるだろうか。それとも、三四半世紀の光景とともに歴史の闇へ没するのか。
没すのもよい。歴史に記される記憶などほんの一握りである。ほとんどが人の死とともに滅ぶ。それが世の習わしであり、さだめである。名が残ったところで死んだ者はそれを知るすべすらない。
老人にも、ひとつの忘れられない記憶がある。
あれは継承戦争の少し前だったと思う。季節は夏から秋へ向かうころ。老人はその日も黙々と仕事をこなしていた。
半分ほどの瓦斯灯に点火し終わり、広場の北側に回ったところで、一服しようとベンチに腰を下ろした。
北側は裕福層の住む閑静な区域で、その中には高名な将軍の屋敷もいくつか建つ。花将軍の屋敷にはいつも大輪の薔薇が咲きみだれている。グレッグミンスター城の正門に続く目抜き通りにはプラタナスが植えられ、周囲はよく整備されて美しい。市庁舎もこの一角にある。
灰入れにたばこ殻をポンと落とし立ち上がったところで、老人を見つめる幼い瞳に気づいた。
「こんにちは」
男の子は目があうとすぐに挨拶した。七、八歳くらいだろうか。賢そうな顔で、身なりはきちんとしている。
老人はにっこりとして、どこの子だったろうかと考えた。見覚えはあった。男の子の背後にある屋敷を見て、すぐに思い出した。
「こんにちは、マクドールの坊ちゃん」
少年、ティル・マクドールははにかんだように笑い、「お仕事、見ていてもよいですか」と聞いた。
「ああ、かまわんよ。面白いものでもないがね」
「いえ、面白いです。いつも、うちの窓から見ていて、すごいなっておもってました」
「そうか、そうか」
まだ小さいのに礼儀正しく、ただごとではない品性を感じさせる。少年は帝国六将軍のひとり、百戦百勝のテオ・マクドールの息子だ。数年前に誘拐されて大騒ぎになったこともあり、界隈ではちょっとした有名人であった。テオの功績を妬んだ一味のしわざとも、営利誘拐とも言われているが、無事に解放されたと聞いてほっとしたのを覚えている。
それにしても、熱っぽい視線でジッと見つめられると存外緊張するものである。
「あの布は燃えちゃわないんですか」
「燃えて灰になってから、光りはじめるのさ」
「なんでだろう。ふしぎです」
「あれは、布に金属をふくませているんだ。光っているのは、燃焼した金属なんだよ」
「あっ、金属だから、燃え尽きないんですね。そして、灰に支えられているんだ。発想がすごいや。だれが発明したんだろう。ぜんぜん考えつかない。ふーん……」
キラキラとした表情で熱心に瓦斯灯を見上げている。ほほえましい光景だ。
老人は仄々とした気分で、次の瓦斯灯に脚立をかけて上った。すると、火屋にカタツムリが張り付いている。何日か雨が降っていないので、殻に閉じこもっているようだ。
ぺりりと引き剥がし、ティルに向かって差し出した。
「坊ちゃん、このでんでん虫をそのへんの花壇に逃がしといてくれ」
「せっかくがんばって高いところにのぼったのに?」と少年は子供らしく抗議した。
「ああ、がんばってのぼったな。勇敢なやつだ。でも、選んだ場所が悪かったなあ。瓦斯灯は火をつけると、ものすごく熱くなるからな。這って逃げても足が遅いから、ほっといたら焼きでんでんになっちまうかも」
「えっ」
「こういう無謀な冒険家の救助も、おれの大事な仕事というわけだ」
花壇にもマイマイカブリなどの天敵がいるけれど、それには触れないでおく。邪魔だから取ったと身も蓋もないことを言うよりはよっぽど響くだろう。
「わかりました!」ティルは弾かれたように言い、伸ばした両手でカタツムリを受け取った。「おまえ、もうあそこにのぼっちゃだめだよ。元気でね。ばいばい」
小指ほどの生命体にまできちんと挨拶する。なんというできた子だろう。
ティルはその後も老人について歩いた。邪魔にならないよう控えめに質問をし、うなずき、マントルが発光するたびに感嘆の声をあげる。
太陽が建物の屋根に隠れ、西の空がオレンジ色に輝きはじめた。だいぶ日が短くなったように感じる。残る瓦斯灯は十基ほどだ。
「坊ちゃんは、瓦斯灯が好きかね」
老人が聞いた。
「瓦斯灯というか」
ティルはちょっと小首をかしげ、考えた。
「……瓦斯灯のある、この町が好きなのかなあ。まいにち瓦斯灯にあかりをつけてくれるおじさんのことも好き」
そして、照れくさそうな表情で「ぼくは、グレッグミンスターが大好き。このまちを誇りにおもいます」と言った。
びっくりして、老いた点灯夫は少年ティル・マクドールを見た。
ティルは老人に、
「おじさんは、グレッグミンスターが好きですか?」と聞き返した。
返答のかわりに、老人はほほ笑んだ。彼は深く感動していた。この子供はグレッグミンスターの未来を担うであろう。成長したらどのような青年になるのか。楽しみだ。
「坊ちゃん、ごはんですよー」
マクドールの屋敷からエプロン姿の男が走ってきた。長い髪をうなじのあたりで束ね、左の頬には大きな傷がある。しかしエプロンは時代がかったコテコテの割烹着スタイルで、レースがひらひらとついていた。ふわりと胃袋をくすぐる匂いがただよう。振りかざした棒状のものは、よく見るとお玉だ。
「はーい!」
ティルは元気に返事をして、老人に向かっておじぎをした。エプロンの青年もにこやかに笑い、
「すみません。うちの坊ちゃんがご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか」と言った。
「いやいや、ぜんぜん。楽しいおしゃべりをさせていただきました」
「よかった! 好奇心旺盛な年頃なもので、ひやひやしますよ、あははは。坊ちゃん、ごあいさつをしましょう」
「ありがとうございました、おじさん。いっぱい勉強できてうれしかったです」
ティルは青年と手をつないで帰っていった。
その後もたびたび、ティルの姿を見かけた。継承戦争の一年間は疎開をしていたのか、マクドールの屋敷は門もカーテンも閉ざされひっそりと静まりかえっていたが、戦争が終結したあとは住人がまた増えた様子だった。屋敷からはいつも楽しそうな笑い声とあたたかな明かり、それから食欲を刺激するいい匂いがもれてくるのだった。
そして現在。
かの屋敷は、扉も窓もすべて木の板で打ち付けられていた。そこに住人のいないことは明白であった。近衛兵が見張りに立っているのは、住人が戻ってきたときに捕まえるためだ。
あるじのテオ・マクドールは、身内から叛逆者を出した懲戒として北方の任を解かれ、討伐軍の指揮を任ぜられた。すでにここには住んでいないようだ。屋敷は軍部の管理物件となっていて、民間人は近づくことさえ許されない。
実の息子を討つまで戻ること叶うと思うなという、皇帝の命令だ。継承戦争を勝利へ導いた偉大な武将に与えるには、いささか厳しすぎる仕打ちである。
帝国は六将軍のうちゲオルグ・プライムとクワンダ・ロスマンをすでに放出し、解放戦争に関わった軍師たちも傍観を決め込んだのか、城には寄りついていないとの噂だ。最近はトラン湖西方のカナン地方あたりで戦闘が激化していて、花将軍ミルイヒ・オッペンハイマーの守るスカーレティシア城に兵が集められていると聞く。
戦死者も現時点でかなりの数出ていて、このままで推移すれば継承戦争の犠牲者数を上回るのもそう遠くない。帝都がおもな戦場となった前回とは違い、このたびの戦いは赤月帝国全土が舞台である。兵力を分散させると帝都の守りが手薄になる。各地で強引な人集めが行われるのは、不足しがちな兵士の補充が目的だ。
継承戦争時代とは状況から何からまったく違う。皇帝のやり方もだ。少なくともあのときは、民間人を短期間で教育してにわか兵士に仕立てあげ、流れ作業のように地方へ派遣するといった人材の使い捨ては行われなかった。
厭なことを思い出して、老人は顔を曇らせた。四ヶ月前、春先の身を切るような寒い日のことだった。皇帝バルバロッサの命により、まだ十代半ばの少年が酷たらしい方法で公開処刑された。
老人はその様子を見はしなかったが、見物人が散ったあとの市場広場に足を運んで、ごみ拾いの奉仕を行った。
石畳が広い範囲で黒く焼け焦げていた。そこに近づくと、たとえようもない異様な臭いが鼻を突いた。死刑囚はこの場所で生きたまま火をつけられ焼き殺されたのだ。拾い集めたごみの中から、藁くずや木炭に混ざって、燃え残ったとみられる白い木綿の切れ端が出てきた。
遠くから聞こえてくるひそひそという話し声は、遮断しようと思っても脳内に侵入してきた。ほんの数刻前にここであった地獄の光景は容易に想像できた。老人は身震いし、頭をたれた。深いしわが刻まれた鼻の横をつたって涙が落ちた。
処刑された少年は、叛乱軍の首謀者であるオデッサ・シルバーバーグが放った刺客であった。少年が反政府の思想に傾倒していたのか、それともただ言いくるめられただけなのかは定かではない。マクドール将軍の屋敷にスパイとして潜り込み、皇帝を暗殺する機会をうかがっていたそうだ。彼は歳の近かったティル・マクドールを言葉巧みに懐柔し、略取に成功した。あるいはオデッサと接触させたのかもしれない。
解放運動が激化しはじめた昨年、秋も深まったころに少年はついに行動を起こした。
ティルが近衛兵に採用され、城に出入りをはじめたことを利用して、皇帝に接近する計画だったらしい。だが、そのことに気づいた宮廷魔術師ウィンディによって寸前で阻まれ、暗殺は未遂に終わった。失敗した少年はマクドールの屋敷に逃げ帰ったところを逮捕され、ティルは混乱に乗じて姿を消した。ティルが同居する付き人ふたりを連れて叛乱軍と合流したことはあとになって判明した。
もうひとりいた付き人は誘いに乗らず、テオ・マクドールのもとにとどまった。彼の口から犯行を起こした少年の詳細が語られた。少年の名前はテッド。戦災孤児を自称する身元不詳の子供で、テオ・マクドールが拾ってきた。屋敷に住まわせようとしたが聞き入れず、やむなく旧市街の空き家を借りてそこから屋敷へ通わせた。当初は口数も少なく卑屈で陰気な子供だったが、テオの息子ティルと交流することで徐々にマクドール家に打ち解けていった。
老人はもう少し詳しいことを知っている。テッドがマクドールの家に来てからおよそ二年のあいだ、その姿はいつだってティルのそばにあった。老人が孫のような気持ちで成長を見守ってきたティルだからこそ、テッドが彼に与えた変化を見逃すはずがなかった。
名のある将軍家の御曹司という肩書きは、見た目以上の重圧であっただろうと思う。誘拐で受けた心の傷もあったろうに、幼かったティルは事実を受け入れてまっすぐに育った。父親の名に恥じることのないようよく勉強し、武道の稽古をし、礼節を学んだ。それが同世代の男の子たちからある種の反感を買う原因になったのだろう。ティルはトラブルに巻き込まれやすく、頬に傷のある青年が悶着を起こした子供の親にぺこぺこと頭を下げるのを通りすがりに目撃したのは一度や二度ではなかった。
昨今はいじめも陰湿になり、表面化しづらい。ティルは成長するにつれてだんだん表情が暗くなっていき、近寄りがたい雰囲気になったのを老人は案じていた。
テッドが現れるまでは。
テッドと一緒のときのティルは、年相応によく笑った。ティルは大人が教えてくれない喧嘩のやりかたをテッドから学んだと見えて、理不尽ないじめに対して怒りをあらわにするようになった。保護者代理の青年は以前にも増して飛び回るようになったが、彼の口調からも以前のような卑屈さは消え失せていた。
ティルは幸せそうだった。彼はもうなにがあっても大丈夫なように思えた。よい親友を得てよかったな、と老人は心で語りかけた。
いったい、少年たちになにが起きたというのか。
聞こえてくる話をすべて鵜呑みにするわけではない。しかし火のないところに煙は立たない。話には真実も含まれているにちがいない。だが、違和感までなかったことにしては脳がだめになる。どんなに歳をとろうとも、考えるのをやめるのは怠慢という名の責任放棄であると思う。
きっとどこかにまだ見ぬ真実が隠されているはずだ。真実を知られては困る者がいるはずだ。
テッドの正体が、はたして伝えられた通りなのか。じつは彼もまた被害者だったとしたらどうする。処刑されたのは口封じのため。ティル・マクドールはそのことに気づいたせいで、『真実を知られては困る者』の手によってどこかに隔離されたのではないか。叛乱軍というのは何者かが用意した舞台設定のひとつだとしたら。ああ、なんということだ。これほど簡単なことはない。罪はすべてそこに背負わせればよいのだから――
背筋が凍る思いだ。
どちらが皇位継承権を獲っても同じという、あの時のような楽観で物事を見たらこの国は滅びに向かう。予感からの、それは確信であった。
皇帝陛下のやり方が変わったのも、名のある将軍が離反するのも、冷静に考えればじつに奇妙な話なのである。誰もそのことに言及しないのが逆にうすら寒い。
「おじさんも、グレッグミンスターが好きだよ」
あの日、小さなティルが立っていた石畳に向かって老人はつぶやいた。
「坊ちゃんはいまでもグレッグミンスターが好きかね? それとも……」
それから暮れなずむ空を見上げて、ひどく疲れた様子で笑った。そこは妻がいる場所だ。いまこそそばにいてほしかった。あらまあとおっとり言って、年をとって神経質になった夫の恐ろしい妄想を否定してくれたらどんなによかったか。
なのに遠い。指が触れそうなのに、はるか遠い。
夕焼けは血の色をして不気味だった。烏が山へ帰っていく。南から湿り気の多いねっとりとした風が吹いて老人にまとわりついた。やがて来る嵐の前触れかもしれなかった。
はたして、これが帝国の落日か。
老いた瞳に映るグレッグミンスターは、彼の大好きだった街を巧妙に模した偽物のような気がしてならなかった。
