突発小説です。幻水4のあとのテッド。名前は出てこないけどアルドとのお話です。死にネタ注意。イチイの花言葉「哀しみ」「死」
ああ、この木。懐かしい。
見上げるような高さまで赤い実をざくざくつけたイチイ。その赤い色彩は、遠目にも鮮やかだ。
懐かしさを覚えたのは、テッドが南から来たからだ。それまで滞在していた群島諸国には、標高の高い山岳がなく、気候も温暖なためにイチイは分布しない。北の大陸に渡り、山越えの街道で何年かぶりに再会した赤い実には、思い出がたくさんあった。
子供のときに暮らしていた小さな集落の、周囲の森にたくさん自生していた。イチイの木は薄暗いところが好きなので、拓けた草原などでは育ちにくい。実りの秋になると森のあちこちが真っ赤に染まる。鳥たちが集まってきて実をついばむので、まるで集会場のような賑わいになる。樹の下にいると糞に混じって種だけ降ってくる。
この赤い実がほんのり甘くて美味しいことを子供のテッドは知っていた。砂糖なんて手に入らなかったはるか遠い時代の、貴重なおやつだったのだ。しかし食べられるのは赤い果肉だけで、中の種には毒があり、うっかり呑み込んだら大変なことになると教わった。祖父などは死ぬぞと脅すので、ドキドキしながら口の中で転がしたものだ。
あとから知ったのだが、種の毒は比較的強いもので、小さい子供はその影響をとくに受けやすい。祖父の忠告は単なる脅しではなかったらしい。今から思うとふたつみっつ、いや、それどころではない個数が胃に紛れこんだような気もするのだが、腹を壊すこともなくこうして生きているのだからきっと運がよかったのだろう。
テッドは手を伸ばして実をつまみ、口に入れた。甘みはあるが、さしてうまいわけでもない。子供の俺はこれをむさぼり食っていたのかと、おかしくなった。菓子だのなんだのを知ってしまった今となっては、好んで食いたいとも思わない。なんとも贅沢になったものだ。
故郷の村は動物を狩って食料にしていたこともあって、弓を使う者が多かった。弓を作る材料となるのがイチイの木であり、資材小屋には赤い色をした丸太が常に置かれていた。
テッドも大人たちからやり方を教わり、指を怪我しながら小さい弓をこしらえた。自分だけの弓を手に入れたのがものすごく嬉しくて、はしゃぎすぎて祖父からたしなめられたのを覚えている。おじいちゃんは他人にも自分にも厳しい人だった。
イチイは日の当たらない場所でひどくゆっくりと成長するために、節が詰まって硬く、弾力としなやかさが求められる弓に適している。テッドが木の弓にこだわったのは、使い慣れたその素材がもっとも手になじんだからだ。
ふと。
ちくりと胸が傷んだ。背中の矢筒がずしんと重みを増した気がした。
そこには鉄の弓が入っている。木の弓よりも頑丈で、威力もある分、重量も桁違い。勝手が違いすぎるため、まともに扱うにはまだ相当の訓練が必要だと覚悟している。
以前持っていた弓は、イチイの木で作られた高価なもので、腕のよい職人の銘品だった。手に入れるのに苦労したが、よい買い物だったと思う。使いやすさは言うまでもなく、随分と長いあいだ、ともに旅を続けてきた。
その間に目に見えない小さなキズが刻まれていったのだろう。修理なども億劫がってほぼ自分でしてきたものだから、経年劣化は避けようがなかった。船の鍛冶屋にも問題点を指摘されたのに、面倒だから無視をしてしまった。
全くもって、自分の落ち度である。芯にヒビが入っていることに気づかずに、己の腕を過信してしまったのだから。
木の弓は、もっとも失敗してはいけない場面で無情にもぽっきりと折れた。その一撃が当たっていたら、大切な人を守ることができただろうに。
自分には弓を扱う資格もない。傲りだとか、非力だとか、そんな攻撃的な言葉が渦巻いてわが身を罵倒した。後悔の他に脳内を占めるものなどあるはずもなく、終いには紋章の呪いに全責任を押しつけて、苦しみから逃れようともがいた。
ある夜、折れてしまったイチイの弓に火をつけた。ぱちぱちと火の粉が爆ぜて、月のない闇をほんの短いあいだだけぼんやりと照らした。送り火だ、と彼は思った。失われた命に、幾度も謝った。どんなに悔やんでも取り戻せないその人に。
木の弓は二度と持つまい。ふらつきながらもようやく立ち上がったテッドは、鉄の弓を握った。守れなかった人の形見になってしまったそれは、ひやりと冷たかった。矢筒に収めると、小さな背中に重くのしかかった。
こいつは、俺にとっての戒めだ。
どこまでも連れていく。地の果てにぶち当たったら、握って飛び降りてやる。
同じ過ちを繰り返さないように、直ぐ側で俺を見張っていろ。わけのわからないこの糞ったれな人生に、最期まで付き合ってくれ。
もう子供ではないのだから、イチイの実を無邪気に頬張ったりはしない。
毒のある種を呑み込みたくなることならひょっとしたらあるかもしれないが、その時はその時だ。
2023-10-12 初出
