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イスラ・イナビターダ無人島エンディング8(分岐B)

「くそ、いっそのことここに永住して」
「テッ……」
「すんげえ猟師になって山岡さんを土下座させちゃる」
 ノエルはぽかんとし、次の瞬間、蒼穹を突き抜ける勢いで爆笑した。
「鉄人のアホー!」

 次の日。
「ぜんっ、ぜん、わかんねえ」
 遙兵は頭をぼりぼりと掻いた。
「1950年から1973年にかけての冷戦時代で、以下の先進国と経済成長率の組み合わせで、正しいものはどれですか」
 なんべんも無駄に繰り返したその問題をまたぶつぶつとつぶやき、つまんだシャーペンをくるくると回す。
「わかんねえもんは、わかんねえ」
 机代わりの画板を地面にぽんと置く。
「ギブアップか、猛地」
「や、この問題それ自体はなんとなく頭のスミッコにこびりついてんスけど」
「だろうね。期末試験の問題そのまんまだからね」
 樹花は腕組みを解いて、しかめっつらをした。
「世界史もペケねえ。よく高等部にスライドできたね、キミ」
「裏金使ってませんよ」
「当然でしょ。牡鈴学園が金で動くもんかい」
 樹花は愉しげに嗤った。遙兵はやぶ蛇の軍団を思い描いた。
 樹花は霧流に視線を移した。
「燕……」
「はいはいはい、まかせてください、先生」
 今日も今日とて霧流は余裕のよっちゃん然とした表情を浮かべ、勝ち誇ったようにふふっと笑った。
 遙兵は憮然として言った。
「また燕か」
「燕にとってもちょうどいい復習になるからね」
 画板のプリントとにらめっこしていた鉄人が無言で頭をあげた。
「弓ノ間と魁にいまさら復習はいらんだろう」と樹花。
 鉄人はすぐに興味を失ったようにプリントに目を戻した。
 だがシャーペンがまったく動いていない。眉間には皺。
 またか。
「どれどれ」
 遙兵は性懲りもなく背後から興味しんしんで鉄人のプリントをのぞき見た。
 硬直する。
 A4判の紙にはハインリッヒご一族様とフリードリッヒご一族様の名が核家族化した現代日本ではあり得ないような階層構造で書きこまれていた。
 相変わらずの汚い字が難解さをさらに増幅させている。三十秒も眺めていたら吐き気がこみあげてきそうだ。
「ん、だ、これ」
「え? 十世紀の、神聖ローマ帝国の三王朝の系図だけど。ザクセン朝と、ザリエリ朝及びホーエンシュタウフェン朝、ヴェルフェン朝の皇帝の名前と在位年をざっと一覧にしてみた」
「は?」
「ドイツの偉い人の家系図。ヴォセ、エスタ、エンテンデンド(わかる)?」
「わからんわい」
 銀河英雄伝説じゃあるまいし。
 レベルが違う。ちがいすぎる。遙兵の常識からいってそらで作図できるたぐいの問題ではない。
 鉄人はさっきから深刻な顔をして、最後の欄に視線を釘づけていた。
『設問の意味をよく考えて解答せよ。
 鉄人、人にはね、いくら求めても手の届かないものってのがある。その島にいたら、わかるんじゃないのかい。領域を越えたら、謙虚でいなければね。銀町絵麗亜
 現時点における自己の見解を述べなさい。(15点)』
「はい、タイムアップ。プリント回収」
 樹花は涼しげに宣言したあと、四枚の紙を赤ペンでいじくった。
 うち二枚は参考書らしきものと照らしあわせながらかなりの時間をかけて採点する。
「弓ノ間、85点。どうでもいいけどもう少し読める字で書けないのかい。こればっかりは小学生のほうがマシだね。魁、85点。燕、今日もパーフェクト。猛地、そろそろ地下牢かな、おなじみ0点。猛地だけ残って補習。燕、毎度のことだけどよろしく。弓ノ間と魁はヘリポートに行って草むしりをしてきなさい。本日の授業はここまで、起立」
「ありがとうございましたーっ!」
 鉄人とノエルは意味深な表情で、ちらりと互いの顔を見た。
「いこっか」
「ああ、草むしり、か……ってヘリポート?」
 魂の宿っていない会話を交わしたはいいが、すぐに頓狂な声にとって変わる。
「ヘリが発着できるとこがあるんですか? どこに」
 樹花はゆっくりと、山の中腹あたりに不自然に存在する緑ぼうぼうの草むらを指さした。
「使い物になるかどうかは、あんたらの努力にかかっているが」

「今日はなんだった」
 草刈り鎌を忙しなく動かしながら鉄人は切り出した。
「それがね、微妙に謎だったの」
 軍手をはめた手でイネ科の帰化植物を力まかせに引っこ抜くノエル。
「領域を越えたら、謙虚でいなさいってさ」
「あれ」
 作業の手がぴたりととまった。
「同じだ」
「鉄人も?」
「うん。空欄で出したけど」
「ぼくも空欄」
「意味は、なんとなく理解できるような気もしたな」
「そうだね」
「どう思う」
「自分を過信するなってことじゃないの」
「謙虚になれっていわれてもなあ」と鉄人は滝のように流れる汗をぬぐいながら言った。
 真冬の太陽がまぶしい。
 曇天続きだった一週間がうそのように晴れ渡っている。
「学校のあたりも晴れかな」
「西高東低の冬型の気圧配置なら冷えこんでるかもしれない」
「こんだけ遠いと、わかんねえもんだな」
「情報がなんにもはいってこないしね」
「ちがう世界にいるみたいだ」
 野鳥の声。
 この島で確かなものは、それくらいだ。
 ひとつだけわかることは、あした全員がスベスベマンジュウガニの毒に当てられて死んでも、鳥はさえずり続けるということ。
 大自然はなにも変わらない。
 いや、目に見えないくらいゆっくりと変わっているのだが、人間ごときにそれを実感するすべはない。
「急ぎすぎだよね、みんな」とノエルはつぶやいた。「ハルモニアも、ぼくたちも」
「そうだな」
「不可能はないなんて、思いあがりだ。世の中こんなに、不可思議なことだらけなのにさ」
 泥んこで真っ黒な軍手で鼻をこする。
 鉄人も同感だった。
 森で遭った、年老いたヤギの瞳がフラッシュバックした。
 ヤギは、見抜いていたのかもしれない。
 鉄人がいまだ未熟な生き物であることを。
「なあ、ノエル」

物語分岐

  この島で、おれとずっと暮らさないか。

  帰ろうか。本来の場所に、さ。

まだ先がある


2006-07-05